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「それじゃ、そっちは頼むよ、ルカルカ、ダリル。何かあったら連絡を」
「オッケ。そっちも気をつけてね!」
 ルカルカはそう言って手を振った。
 結論から言えば、このチーム分けは成功だった。
 ルカルカとダリルが進んだ通路は、程なく扉に突き当たったのだ。
 動力の絶えた状態で、本来なら扉を開ける算段をせねばならない状況だったが、今回その必要がないのは一見してわかった。
「例の何かは、ここから出てきたらしいな」
「人間……よねえ、この形からして」
 扉の真ん中の人間大の大穴をのぞき込み、ルカルカが呟く。
 用心深く穴から入って、ライトでぐるりと内部を照らす。
「あ、ビンゴ」
 内部には古代遺跡でよく見るタイプのコンソールやパネルが並んでいる。
「ここがコントロールルームで間違いなさそうね」
「そうだな」
 部屋の奥の暗がりで、ダリルが短く答える。ルカルカが振り返ると、ダリルは何かの装置の前にかがみ込み、調べているところだった。
「何かあった?」
「ああ……いや、なかった、と言うべきだな」
 立ち上がって、ダリルは言った。
「システム管理者のコクピットだ。ここのシステムは機晶姫が管理していたらしい……今は、空席だが」

「機晶姫?」
 海は通信機越しに、聞き返した。
「じゃあ、今俺たちが追ってるのも……」
『おそらく、そいつだろう。こちらももう少し調査してみるが、状況からして狂っている可能性が高い。用心しろ』
「……まさか、いきなり襲ってきたりしませんよね」
「さあな」
 三月が思わず口にした問いに短く答えて、通信を切る。
 それから、周囲の空気が凍りついているのに気がつき、慌てて続けた。
「いや、システムコントロール用の機晶姫が、いきなり重火器で攻撃ってことはないさ。用心に越したことはないっていうだけの話だよ」
「わ、私……海くんのことは守りますからっ」
「……え」
 見ると、柚が可愛らしい青い瞳に決意をたたえて、じっと海をみつめていた。
「僕も、ぜったい海さんは守りますっ」
 負けじと真剣な声を上げるシュクレ。
 困惑して三月に目をやると、三月はにっこり笑ってガッツポーズをした。
 ……何のガッツポーズだ?
 海は何となく大きく咳払いをして、3人の視線から逃げるように通信機を取り出した。
「あ、えーっと、雅羅!」

「ああう、こっちはそれどころじゃ……」
 雅羅は情けない声を上げた。傍らでは助役氏が例によっていつ果てるともしれないレヴィ=エーベルストの未来像を語り、それを今にもぶち切れそうな表情で夢悠が睨みつけている。
『とにかく、遺跡のシステムについて、何でもいいから情報を聞き出せ。ダリルが復旧作業をしてるが、情報が無さすぎるんだ』
「うう、わかった」
 がっくりと項垂れるように通信を切る雅羅に、夢悠はそっと歩み寄った。
「……じゃ、やりますよ」
「あああ、ちょっと待って」
 目をギラリとさせて指を鳴らす夢悠を、雅羅は遮った。
 それから、何かを決心するように深く息をつき、夢悠の顔を見て恥ずかしそうに笑った。
「……あたしが聞く。ちょっと恥ずかしいところを見せるけど、引かないでね」
 可愛いな、と夢悠は思った。

「機晶姫の名前はオランピア。システムコントロール用の機晶姫で、特に武装はしていない筈ですって」
 足早に通りを抜けながら、雅羅は海に報告した。
「遺跡内部は、街を立てる前の予備調査の資料が役場にあるかもしれないって。アテにならない気もするけど、とにかく向かうわ」
 腑抜けになっている助役さんを引きずりながら雅羅の後を追って、夢悠は雅羅の「恥ずかしいところ」をぼんやりと思い返した。
 ……ちょっと乱暴で、ちょっと強引で、ちょっと品のない言葉を吐いてたけど、そんなに恥ずかしいかな?
 あのくらいだったら、素でやってる人がいくらもいるんだけど……それを恥ずかしいと思うところが雅羅の可愛いところ、の、ような。
 うん。きっとそうだ。


「やあ、お疲れさま」
 ようやくたどり着いた町役場の奥の資料庫で、先客に笑いかけられた雅羅は思わず目を瞬かせて相手をまじまじと見つめた。
「……天音、いつ来たの」
 思わずそう聞くと、天音は不満そうに顔をしかめる。
「ご挨拶だね、せっかく色々と調べたのに」
「あ、ごめん」
 雅羅は苦笑して肩をすくめた。
「だって、私たちもここまで来るのに随分苦労したのに」
「今回はヤマ勘が当たったんだよ……ブルーズのね」
 天音が笑って、資料庫の奥を顎でしゃくると、積み上がった資料の間から顔を出したブルーズが挨拶を返す。
 ヤマ勘というよりは私情で選んだのだが、ブルーズは何食わぬ顔を装ってみせた。
「色々と興味深いことがわかったぞ」
 特技とスキル、もちろんそれ以外の知恵と知識を動員して、未整理で突っ込んであった資料や書類の中から情報を拾い出したブルーズは、ちょっと誇らしげな口調だった。


「エネルギーは、愛……だって?」
 あきれたようにダリルが声を上げた。
 回線をオープンにした通信機の向こうで、天音のくすくす笑う声が聞こえる。
『面白いよ、愛の拡大再生産工場だったんだ、ここの神殿は』
 訪れる参拝者が神殿に捧げる祈りをエネルギーに変換し、そのエネルギーで「夢」を作る。
 「夢」は参拝者の「愛」を増幅し、「愛」は祈りになって再び神殿に捧げられる。
 そういうサイクルでこの神殿が動いていたのだと、ブルーズは説明した。
『システム管理者の機晶姫は、その「夢」を創造するのが主な役目だった訳だ。今回の事件も、その辺の能力に原因があるかもしれない』
「……なるほど」
 バイパスしたシステムを繋げたノートPCに目をやり、ダリルがうなずく。
「今回の祭りで、眠っていた神殿にエネルギーが供給され……機晶姫が目覚めた、ということかも知れないな。むろん、まだ推測に過ぎないが」
『……こっちは、神殿の前に出た』
 海からの通信が割り込んで来た。
『ここから地上に出た跡はあるが、その先は追跡不能だ』
 ダリルが何やらキーボードに打ち込みながら、言った。
「だいたい把握したよ。不完全になるが、システムの修復を試みよう。機晶姫「夢」とやらが住人を捕らえているのだとしたら、システムが動けば、こちらから「夢」に強制終了を掛けられるかもしれん」
「……オランピアの目を覚ますってことね!」
 ダリルがちょっと黙る。
 散文的な表現としては、間違ってはいないのかもしれないが……どうも調子が狂う。
「……まあ、いい。俺は作業を始める。何か新しい情報が見つかったら知らせてくれ」

「ブルーズの調査能力はさすがだと思うんだけど……ねえ、天音?」
 質素なソファが豪華なカウチでもあるかのように気怠げに身を沈めている天音を、雅羅は訝しげに見た。
 30センチほどの彫刻を腕に抱え、怪しげな手つきでその腰の周りを撫で回している。
「あなた、さっきから何をしてるの?」
 天音はくすくす笑って、
「さすがに、オリジナルはいい腰つきをしてるよ」
「え?」
 雅羅が慌てて覗き込んだ。
「まさか、これ……」
「そういうこと。小さすぎて映えないと思ったのかな。本物をこんなところに放り込んでおくなんて、どうなんだろうねぇ」
 つまりブルーズの私情は、思い切り裏目に出ていたのだ。
 資料の向こうで、ブルーズは小さくため息をついた。