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オランピアと愛の迷宮都市

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オランピアと愛の迷宮都市

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 愛は非常に大切なものだ。
 もちろん、家族愛とか人間愛とか、そういう愛の話ではない。
 特に、目の前に豪華な天幕付きの寝台があって、とびきりいい女がいるような場合、愛はすべてに優先すると言ってもいい。
「何なの、これは」
 目の前にある意味不明としか言いようのない光景に、セフィーは唖然として立ち尽くした。
「ここ、神殿の地下……よね?」
 祭壇の下の隠し階段の先に続いた通路を通り、怪し気な扉を開いて入って来た。その事実を心の中で確認して、もう一度目の前のソレを見る。
 部屋自体は通路と同じ殺風景な部屋だが、その奥には豪奢な彫刻のある金色の天蓋が、紗のカーテンを揺らしている。その奥に鎮座しているのは、たっぷりキングサイズのベッドだ。
「神殿じゃなくて、ラブホテルだったのか、ここは」
 セフィーが思わずそう呟いたのは、そのベッドの奥から、艶かしいピンクのライトが周囲を照らしていたからだ。
 剣の柄に手を掛けて、セフィーはベッドに歩み寄った。
「……まさか、何かの罠じゃあるまいな」
「かもな」
 息のかかるほどの耳元でオルフィナの声がして、セフィーは咄嗟に振り返ろうとした。が、その動きは背後から抱きすくめてくるオルフィナの手で封じられた。
「あ、おい……っ」
 抵抗する間もなくベッドに押し倒されて、セフィーは身をよじった。外套の下の長い金の髪が跳ねて、白いシーツに散る。
「こんな時に、何をふざけてるん……お、おいっ」
 耳の後ろにオルフィナの唇が押しつけられ、セフィーの抗議などおかまいなしに首筋をなぞっていく。微かに身を震わせて狼狽えた声を上げると、オルフィナが喉の奥で低く笑った。
「そうカリカリするなよ……もふもふー、ってな」
「こンの……」
 悪ふざけもいいところだ。
 いつもなら、蹴飛ばして怒鳴りつけて終了……というだけのこと、なのだが。
 どういう訳か、今はその一撃が出ない。
 むしろ……背中に押しつけられた、もふもふ越しのオルフィナの胸の感触が、やけに気持ちがいい。
「俺だって、人肌恋しいんだよ……お前も、溜まってるんだろ?」
 煽るような言葉を耳元で囁くオルフィナに、セフィーは低く答えた。
「……あんたも、もふもふが好きなの?」
「ん?」
 意表をつかれたオルフィナが僅かに力を抜くと、セフィーはするりとオルフィナの体の下から抜け出した。
 そして、オルフィナの方に向き直り、からかうように笑う。
「いいわよ、オルフィナ。久し振りに遊んであげる」
 そう言って、纏った外套を肩から滑り落とし、腕に絡めた。
「……で、どっちと遊ぶ?」
 いやに艶かしいピンクのライトの中で、セフィーは婉然と微笑んている。
 挑発的なその視線を真っ直ぐ受けとめたまま、オルフィナはセフィーの腕の外套に手を伸ばす。
 そっとその端を握ってそこから剥ぎ取り……床に落とした。
 そして身を乗り出し、唇が触れるほど近くまで顔を寄せて、笑った。
「……こっち」
 そして、唇を重ねる。
 もちろん、セフィーは、抵抗などしなかった。


 それも愛、これも愛、だ。
 ある意味まっとうな方法で愛を暴走させていた「白狼のセフィー」のもう一人のパートナーは、遙かに初々しい少年の愛の形に、すっかり毒気を抜かれていた。
「愛とは、何なのでしょうか」
 そうオランピアに問う秘色の表情は、大真面目だ。
「ここでは、皆は貴女の力で「愛」に囚われています。貴女が言うように、それはきっと、皆もそれを望んだからなのでしょう。でも……」
 秘色は悲し気に表情を曇らせる。
「……私には、それがわからない。私は、鈍いのでしょうか。或いは、人として何かが欠けているのでしょうか」
 さて、それでは……少年の真摯な質問に、この機晶姫は何と答えるのだろう。不思議な期待を込めてエリザベータが視線を移すと、オランピアは奇妙な反応を見せていた。
 何かに打たれたように目を見開き、両手で胸を押さえるようにして立ち尽くしている。
「オランピア……?」
 自分の言葉が彼女に及ぼした「何か」に戸惑い、声をかけようとする秘色を、エリザベータはそっと手で制した。
 今は、刺激を与えない方がいい。
 彼女の中で、何かの答えが出かかっているのだとエリザベータは感じた。或いはそれは、決定的な崩壊を意味するのかもしれないが……その時は、戦乙女として、この剣で終わらせよう。
 だが、せめて彼女自身に答えを出させてやりたいと、エリザベータは思った。
 そして、オランピアの次の言葉を待った。

「……ワタシは……壊れて、いる」

 静かに、オランピアが言った。驚いたように自分を見る秘色に、どこか優しい瞳を向け、もう一度繰り返す。
「ワタシは、壊れていたのです。「愛」を知りたい……ただ与え続けるのではなく、人々が求める「愛」を、ワタシも知りたい……そう、願って」
 言葉を切る。
 僅かに迷うような沈黙の後、ぽつりとつぶやいた。
「……願って、”彼”を作った」
 それは、彼女にとっては絶望と同義だったに違いない。穏やかな締念すら感じさせる抑揚のない声だった。
「すべて、紛い物の夢。彼も、この愛の都市も、ワタシの愛も。ワタシは……」
「はーい、オランピアさん、そこまで!」
「……練?」
 秘色が弾かれたように振り返った。
 先刻まで、階段の上で魔法灯を相手に愛を語っていた筈の練がそこにいた。
 チラッと秘色を見ると、ぐっと拳に親指を立てて笑った。
「アカリちゃんなら、すっかり元気になったよ!」
「……ああ、名前、つけたんですね」
 緊張の糸が切れたような秘色の言葉に、悪戯っぽい笑みを見せた。
「しかし、ひーさんも中々の修理屋だねぇ」
「え?」
 面食らって聞き返す秘色には答えず、とことことオランピアに近づく。
「だいじょうぶ。あなたは壊れてるけど、狂ってはいないよ」
 オランピアが小さく首を傾げる。練はその仕草を可愛くて仕方がないといった表情で眺めた。
「思考の破綻を自己認識できてるんだもの、たいした障害じゃないよ。ちょっと騒ぎは大きくなったけど……」
 と、街の方に目をやって、肩をすくめて笑った。
「ま、お祭りの余興みたいなもんってことで、いいんじゃない?」
「……アナタは?」
 ようやく、オランピアが聞いた。
 練は、待ってましたというように胸を張り、目を輝かせて言った。
「あたしは、通りすがりのアーティフィサー、木賊練。……オランピアさん、付き合って……もとい、メンテナンスさせて下さい!」


「あれ、もふもふのお姉さんたちは?」
 最後尾を進んでいたレキが、セフィーとオルフィナの不在に気づいて周囲を見回した。
 迷う要素があるとは思えない一本道だった筈だが、二人がいつの間にいなくなったのか、気配も感じなかった。
「や、やだな……ホラーじゃあるまいし」
「まあ、門が男子トイレに繋がってる街ですからね。何があってもおかしくないですが」
 カムイの言葉に、レキが顔をしかめる。
「……ドアだ」
 先に進んでいるカンナの声がする。
 二人は顔を見合わせてため息をつく。とにかく、ここは進むことに専念するしかない。
「ピッキング、お願いできますか」
「あ、今行きます」
 ローズの声にそう答えて、カムイは先に進んだ。

 ドアが開き、ローズの光術が室内を照らし出す。
 浮かび上がったのは、ずらりと並ぶ見覚えのない古代の機械類だ。
 おそらくコンソールやパネルの類いだと思われたが、動力の供給がされていないのか、室内はしんと静まり返っている。
「ここが……制御室っぽいね」
 カンナがつぶやいた。
「そして、眠り姫……か」
 全員の視線が、コクピットに……そこに座して静かに目を閉じている機晶姫に注がれている。
「……あ、この人」
 レキが小さく声を上げた。さっき街で出会った奇妙な機晶姫が、そこにいた。カムイも息を飲む。
「眠っているんですか? 死……いえ、壊れている訳では?」
「だいじょーぶ!」
 いきなり傍らで元気のいい声がして、全員が飛び上がるようにそちらを見た。
「重大な障害を検知して強制スリープに入ったのね。オーロラ姫のレベルじゃない時間眠っていたみたいだけど、大丈夫。これなら十分リカバリー可能だよ」
 練の声は暗い遺跡の中の光のように、頼もしく響いていた。