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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

     ◆

 この屋敷内に居る面々は、それぞれがそれぞれに思惑持っていたり、それぞれに何かを考えてみたり。真剣だったり適当だったりと、それこそ十人いれば十人の答えや思いがある訳で。月谷 要(つきたに・かなめ)月谷 八斗(つきたに・やと)の二人にしてみれば、この出来事はある意味で、ちょっとしたご愛嬌が含まれる。
「なあなあ……八斗」
「ん? なんだよ」
「君が何で凄いやる気になってるのかはもう、この際聞こうとおもうんだけどさ」
 恐る恐るそう言いながら、辺りを見回した。
「うん。まあそれは聞かれれば答えるがな」
「いや、聞く気もないから別にいいんだけど。でもね? でもさ。確かにやる気満々なのはわかったよ? わかったけどさ………それに対してのこの人の集まり方って、どういう事よ」
 要が指を指した先。随分としらっとした表情の八斗の視線の先には、何やら辺りにひたすら雪だるまを並べ続けている奏輝 優奈(かなて・ゆうな)、辺りをきょろきょろと見回している若松 未散(わかまつ・みちる)と、そんな彼女に何wを言うでもなくただ苦笑を向けているハル・オールストローム(はる・おーるすとろーむ)の姿があった。
「いや、皆偶然此処に居てさ。話したら一緒にやろうよって事になって、今此処にこうやって集まってる訳だ。確かあと三人くるぞ」
「いや、『確かあと三人来るぞ』じゃなくてさぁ……って言うかもう皆何を――」
「ごめんなさぁい! 遅れちゃいました!」
「遅いぞー」
「いやいやいや。そこ完全に待ち合わせに遅れちゃった 的な勢いで来なくていいしね!? って言うか八斗も『遅いぞー』とかじゃないし。もう何これ。どういう状況か全く分からないんですけど?」
ひたすらツッコミを入れ続ける要と、たった今やってきてその要を見てけらけらと笑う神崎 輝(かんざき・ひかる)シエル・セアーズ(しえる・せあーず)神崎 瑠奈(かんざき・るな)一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)の三人は、他に待っていた彼等に挨拶をして回っている。
「うっしゃ。雪だるま君たちはこんくらいでええやろな。うん、準備は順調やね」
「なあなあ、それ何やってんだ?」
「こらこら未散君……折角彼女が頑張って並べていた雪だるまさんたちを勝手に拾い上げてはいけませんぞ」
「ああ! こら! それそこから離したあかんて! あらららぁ……ま、また並べるから良いねんけど……」
「お、なんか悪ぃ。で、これは?」
「ちょっとなぁ、うち試したい事あるやんか。やからその下準備ですわ」
「いや、『試したい事あるやんか』って言われても、私わからんぞ?」
 優奈と未散、ハルの会話が聞こえたらしく、要がそこにやってきた。
「あ、あのさぁ……」
「おっす。で? 此処でラナと共闘できるって聞いたんだけどさ、そいつから。ラナは何処いるんだ?」
「ラナ? ラナ……?」
「え、いや。ラナロック」
「いや、まだ来てないけど……」
「は? うん。え? は? 来てないのかよ。え、ほんとに?」
 にこにこと話していた彼女の顔がそのままに、しかし明らかに声のトーンを落とし名gら、要と八斗を見やった。
「え、来るんだよな? 来る……あれ? え、来るんだよな?」
「未散君、少し落ち着きなされ」
「やだちょっとこの人怖いわぁ」
 思わず八斗が口を挟むが、流石にこのままでは少し怖いと思ったのだろう。要が辺りを見回して、「ラナさん遅いなぁ」とその場を誤魔化した。
「そっかぁ……まだ来てないのかぁ……。なんかほら、最近っていうか、ウォウルと一緒に居ると、あいつツイてないことばっかだからな。ちょっと泥棒が来る前に励ましてやろうとか思ったんだよ」
「ラナロック、やったけ。あのお姉さんやんな? うちも声掛けられたんその人やよ」
 未散が拾い上げた雪だるまを再び並べ終った優奈が会話に混ざる。
「なんやろね、あの人、随分疲れ切った顔しとったけど、そんな可哀想な人なん?」
「可哀想、とかではない気がしますがね。確かに気苦労は多そうですな。何せウォウルさんがパートナー、ですからね」
「へぇ……パートナーに恵まれてないんやね。カワイソーやねぇ……」
 そんな話をしている彼等、彼女等のもとに。輝と瑠奈が慌ててやってきて指を指す。
「ねえねえあれ! あれってラナさんじゃないですか!?」
「何やら外見特徴的に本人さんです〜」
 どれどれ、と一同が二人の指差す方に目を向けると、確かにそこにはラナロックの姿が。
どうやら彼女、追いかけていたパフュームが行きそうな場所に先回りをする算段らしく、『誰かを探している』と言った様子はない。
「おいラナ! こっちこっち!」
「あら? これはこれは皆様」
 言いながら、彼女が笑顔になってやってきた。
「単刀直入ですが、泥棒さん、こちらに着てはいないですか?」
「いや、わかんないなぁ。見てはないけど……」
 困った様子を浮かべていた要が、ふと急に、何かを見つける。
「あれ、その泥棒って、どんな人だろうね」
「えっと………私が見たのは、髪の短い女の子、でしたわね」
「あんな感じの?」
「そうそう、あんな感じの。って、あら」
 要が指を指している先、その一行は後ろを気にしながらひたすらに走っていた。走りながら、少しも警戒を緩める事無く、廊下を進む。
「ああ、あっちに行ったらあかんよー、うちが此処に折角並べたのに……ちゃんとつくっとったのに……」
 優奈の言葉を聞いたラナロックが、辺りを見回し合点する。ああ、成る程。と。故に持っていた通信機を取りだし、其処に向かって話しかける。
「そちらに向かって敵が進行中ですわ。出来ればそちらから追って、私達のところへ誘導してください。場所は――」
 ラナロックが言い終ると、短く「了解しました」という言葉が聞え、通信が途切れる。
「これで彼女たちはこちらに来るより他にないでしょうね」
「うはぁ、めっちゃ優しいお姉さんやぁ。ありがとなぁ!」
「ラナさん! ボクたちも頑張りますからね!」
「はい」
 輝たちの言葉に返事を返したラナロック、と、何やら会話が聞こえてきた。遠くの方――パフュームたちが逃げて言った方角から。
「ねえ、待ってくださいよ。ちゃんとお話を」
「いやよ!」
 声――声。
「何でこんな事、するんですか?」
「何であんたに話さなきゃいけないのかな!? あたしたちの素性をあんたたちにわかられる必要ないし!」
 声に次ぐ、声。
「いや、それは良いです。貴女たちの為に、とかそう言うのではなく、あくまでも興味本位です。で、そこで少し何かお役に立つことがあれば――」
「それは興味本位じゃないでしょ! お願いだからついてこないでよ!」
 近付いてくる。声と声。
「わかったわよ! 説明するからついてこないで!」
 聞こえていた足音が停止し、声が響く。姿ないまま。否、ラナロックたちからでは姿が見えないまま、会話は展開されていた。
「大事な人の物なの! それを集めてる訳で、一つずつ買っていったら途方もない額になっちゃうから、仕方なくよ!」
「でも、だったらもっと穏便な方法が――」
「そりゃああるかもしれないけど、交換条件が飲めなかった場合、あたしたちが手に入れるのって難しくなるでしょ!」
「そうですか?」
 聞こえてくる声に耳を澄ませ、貼っているトラップ共々に息を殺し、そのやり取りを聞き続ける。
「話を着けにきたら、顔がばれちゃうじゃない! そしたら困るから!」
「ああ、成る程。わかりました」
 案外に、素っ気なく。
「まあでも、やってる事は悪い事ですよね?」
「うっ………」
 そして発言は、容赦なく。
「だからまずは一度落ち着いて、皆さんでお話しましょうよ」
「それは無理。あたしの一存じゃ決まらないもん。もー! 説明したんだからついてこないでよ!」
「わかりました。私たちは持ち場に戻ります。でも、だったら“あなたたち”に一つだけ助言、あげますね」
 その声の主は、何処か含みを込めて、そう言った。
「こっちにあるハープ。お探しの物ではないと思います」
「……なんでよ」
「多分、偽物ですから」
 声の主は、それを偽物と知る人物。偽物と知った上で、その護衛を請け負っている者。
「答えはそこを曲がった場所に、ありますから。さ、行きましょう、マーキー」
 声の主――即ち、それは本宇治 華音(もとうじ・かおん)。彼女が名を呼んだのは、自らのパートナーであるマーキー・ロシェット(まーきー・ろしぇっと)の名だった。
足音が二つ、遠のき、そして新たな足音が、彼女たちの潜むその空間へとやってくる。
「なあなあ、今の姉ちゃんの言葉、本当に信じてえんやろか?」
「わからない以上、それらしきものは全部見なきゃ、だよね。そう思わない?」
「せやなぁ……何とも言われへんねんけどな?」
 祐輝とパフュームのやり取り。そしてそれは、そこで停止した。
「雪だるま……?」
「おかしいでしょ。明らかに」
 口を着いた単語に対し、パフュームの想わぬ一言に対し、託がツッコミをいれる。が、事実彼女たちの前にあるのは無数の雪だるま。その物。だから自然、身構える。身構えて、次の瞬間にはこれが罠であると知り、そして同時に、『もう逃げられないかもしれない』と知った。
「残念だけど、罠ですよ」
 ゆっくりと、まずは先頭を切って出て行ったのは輝たち四人。
「お兄ちゃん、攻撃するけど、良いよね」
 瑠奈と瑞樹がゆっくりと輝の横を過ぎ、パフュームたちとの距離を縮めた。
「皆さんで力を合わせましょう! 私、頑張ります!」
 大きな大きなその声は、聞こえる全ての物を鼓舞するものであり、力を与える呪われた声。力をみなぎらせる、神聖なる声。

 クライ・ハヴォック――。

 爆発力を有した動きは、恐らくそこからくるものなのだろう。瑠奈と瑞樹が一足で以てパフュームたちとの距離を縮め、攻撃行動に移る。
「下がって!」
 託が守りを固め、次いでセルファが二撃目たる瑞樹の攻撃を捌き落とす。
「真人!」
「ええ!」
 セルファの後ろ、そのすぐ背後から現れた真人が何やら手をあらぬ方向へと伸ばすと、その延長線上にサンダーブラストを放つ。それはもう、攻撃としての攻撃ではない。あくまでも攪乱として。そして追撃の妨害として放った物。雷特有の、瞬間的な、しかし爆発的な音が辺りにこだまし、不意を突かれたかたちの彼女たちが思わず足を止める。
あらぬ方向――。即ち輝たちに直撃しない様に放ったのは、威力を落としたうえでの使用用途を考えて。だからこそ、威力を期待できないからこそ、その音でもって補助として使った。ただただ、それだけの話。
「ただしこっちも四人だけじゃあねぇんだよな」
 ひょいと飛び出した八斗と要が攻撃行動に移る。要はブラックコートを羽織り、その姿を消した。わざと相手に認知させ、辺りを警戒させる為に。隣にいた八斗は斧の様な剣を手にし、足を進める。
「ヴェンジェンスは切断こそできないが、とりあえず当たると痛いぜ?」
「じゃあ思いっきり辺りさえしなきゃあ良いのよね!」
 セルファが彼の動きを止めたところで、しかし体勢を崩して転倒する。よくよく見れば、足には、託の武器であるチャクラム。
「もう! 今日ずっとこんな感じぃ!」
「ごめんねぇ……あはは」
 謝る託に対し、しかし自分を守った事を知っているだけに、笑みを浮かべたセルファはすかさず何が起こったのかを確認する。八斗と鍔迫り合いをしていたが、一体何があったのか。よくよく見れば、自分の頭があった辺りの位置に、無数の穴が開いていた。散弾銃の弾痕――。
「おいおい、姿が見えなくても避けられるってちょっとズルいと思うんだけど?」
「全くだね。いやぁ、困っちゃったなぁ」
 武器を構えなおす八斗と、ぼんやりと姿を現した要がぼやいた。と――二人の後ろから、彼女はやってくる。
「あははははは! とりあえず前もって不毛と思うてた手段を省かれてしもたから、このまま行くわぁ! はてさて上手く行くやろかぁ! コメット――ダイブッ!」
 ひらひらと、まるでそれは髪の様に。
 ひらひらと、それはまるで紙の様に。
 ぎらぎらと、どうにもそれは神の様に。
彼女は声高らかに叫ぶと、パフューム目掛けて飛んで行く。風の様にと言うよりは、風その物だったように見えるそれ――。
「ラナ! こっちは援護回るぞ!」
「ふふふ、そうですわね。こういうのも嫌いじゃないですわ」
 未散はラナロックにそう言いながら、苦無をパフューム目掛けて投げつけた。投げるまでは他だの苦無。投げた後――それは発火する苦無。まるで手品のように、投擲していく苦無全てが発火し、着火し、炎上する。
「ラナ、お前ならこの後どうするか、見せて貰いたいもんだ」
「ふふふふふ。過大評価は怖いですわね、怖いですよ」
 着弾は恐らく、ないのだろう。何より投擲している本人、未散がそれを考えていない。攻撃は全て受け止められ、遮断される事を前提としたもの。が、もしそれが、途中で軌道を変える性質を得たとしたら――。
ラナロックは次々に、出鱈目に、引き金を引く。しかしてそれは敵を追わず。敵を持たず。未散の放った苦無に全て当たるのだ。当たれば軌道は変化するが、まるでそれがそれぞれに意志を持っているかのように、例えば空中で停止したままだったり、例えばそれは弧を描いて飛んで行ったり、その動きがまるで、統率された火の妖精に見えなくもない。
「へぇ……やっぱりお前、凄いな」
「貴女の投擲も、なかなか良い場所ですわ」
 賞賛と、讃え合いと、そして理解と認識と。
信頼と言って遜色ないやり取りの後、ラナロックは空の弾倉を地面に転がす。スライドが固定され、弾切れを現す独特のその形状になる頃には、パフュームたちの周り。しっかりと円形、囲う様にして、炎の灯った苦無が全て、突き刺さっている。
「お見事。これで相手は動けない。ってな。ハル! 防御用意!」
「かしこまりましたぞぉ! 未散君!」
 機晶爆弾を手に、もっともパフュームから近い距離に出た彼。優奈がパフュームたちに到達するのを確認するや、それを放り投げる。

 一度目は、爆発。人へと向けられ、人に当たった、文字通りの攻撃的用途と結果が故の、爆発。曰く――コメットダイブ。
 限界まで火力を高め、動きを封じ、相手目掛けて零距離を、それこそ恐ろしい速度で以て仕掛ける行為。 起爆と同時に自身は通過し、転換する。二撃、三撃が可能な動き。
 二度目も、爆発。これは完全に、誰かに向けられたものではなく、爆発と爆発を相殺するための、そのためだけの、ハルによって巻き起こされた爆発。防御的な用途の爆発。
「へっ! どうよ!」
 未散が得意げに爆風を眺める。が、彼女たちの元に帰ってきた優奈が、何とも残念そうな顔を浮かべていた。
「駄目やったぁ……ちょっと威力絞りすぎたわぁ……」
 煙が徐々に晴れると、そこに彼女たちの姿はない。
「威力絞りすぎやったなぁ……みんな、ごめんなさい……」
「まあまあ。お気を落とさずに。それにしても、良い攻撃でしたわね」
 新しい弾倉を詰め終えたラナロックがにっこりと笑ってそう言った。
「自信持てって。いきなりであれだけ出来れば、次は絶対成功するからさ」
「うぅ……ありがとうなぁ……」
 項垂れる優奈へ向けて、励ましの笑顔は尚も続く。