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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

リアクション

 月夜の第二幕

 十九時三十分。空京、街外れの廃墟。
 エッツェルと融合した盲目白痴の暴君を見上げて、ヴィータ・インケルタ(う゛ぃーた・いんけるた)は呟いた。

「きゃは。なんだかより一層と面白そうな事態に発展しちゃった。……ねえ、今の状況をあなたはどう思う?」

 ヴィータの視線を受けたマリス・マローダー(まりす・まろーだー)は、静かな声で語り出した。

「……人の命は脆く、万物はいずれ滅びを迎える。
 そして、その宿命をほんの少し引きのばすためだけに、人は他人を妬み、憎み、殺して奪い合う。
 世界はかくも冷徹で無慈悲だ。そもそもあの怪物自体が、世界を妬み滅びを望んだシスターのなれの果て」

 マリスは物でも見るかのように冷酷な瞳のまま、暴君の前に立ちはだかろうとしている契約者を見据え言葉を続ける。

「そして彼女をそこまで追い詰め、あれを生み出したのは紛れもなく彼ら人間の『悪意』だ。
 そういう意味ではこの状況は、自業自得とも呼べるのかもしれないね」
「……きゃは。面白いことを言うのね、あなた」

 ヴィータはくすくすと笑いを零し、マリスを見つめた。
 マリスも彼女を見上げ、歪んだ笑みを浮かべたまま、言い放つ。

「ヴィータ、キミとは上手くやれそうだね」
「いやーん。嬉しいこと言ってくれるのね、マリスちゃん」

 ヴィータはマリスに頬ずりをしようと抱きついた。
 そんな二人のもとに歩いて近づいてきたのは、ピエール・コーション(ぴえーる・こーしょん)だ。
 彼は値踏みするような視線でヴィータの身体を隅々まで見て、彼女に声をかける。

「ヴィータ殿、貴殿のその体、本来の御自身のものではなく、かつての御仲間の体とか」
「ええ、そうだけど。それがなに?」

 ヴィータの問いかけに、ピエールは下品な笑みを浮かべて口を開く。

「自分のものでない、いくらでも取り換えのきくものならば、引き裂かれようが辱めを受けようが、どうということはありますまい?
 オルレアンの乙女を騙ったあの魔女も、この儂の処女検査で快楽地獄に堕ちましたからなあ……グフフ」

 ピエールの言葉を聞いたヴィータが、目を細めて不愉快そうな表情をした。

「……あーあ、せっかくいい気分だったのに汚されちゃった」

 ヴィータは吐き捨てるかのようにそう呟くと、パチンと指を鳴らす。
 それと共に<降霊>されたモルスが、ピエールの顔の前で大きく口を開き、いつでも彼を喰い殺せるように静止した。

「それ以上言うと食べちゃうわよ? あなた」

 残忍な笑顔でそう口にしたヴィータに、ピエールは堪らない、といった様子で低い笑い声を洩らす。
 それがまた気に入らなかったのか、彼女は少しばかり頬を膨らまして、もう一度指を鳴らそうと親指と中指を交錯させ――。

「止めなさい、ピエール。それにヴィータも」

 御東 綺羅(みあずま・きら)の一声に、ヴィータの動きが止まる。
 そしてヴィータはつまらなさそうにピエールから視線を外すと、綺羅に向けて問いかけた。

「あらぁ、綺羅ちゃん。まだいたの?
 てっきり、もうあの契約者達の妨害に向かったのだと思ったのだけれど」
「ふふ、心配せずともすぐに向かうわよ。
 つまらないからね。勇者様が化物を倒して世界を救うハッピーエンド、なんて」

 綺羅は見下すような目で暴君に立ち向かう契約者達を見て、言葉を続ける。

「愚かな人類がエゴの限りを尽くし、自ら世界を穢した罰を受けて滅亡。
 幾度となく黙示録の予言に謳われてきたように、それこそが真に人の求める未来なのよ」
「真に人の求める未来……ねぇ」
「だって、飽くなき欲望の追求と圧倒的な力による支配こそが、生存本能に基づく美徳であり、正義や道徳なんて人の本能を抑圧する偽善に過ぎないんですもの。
 人は正義の名の下に戦争を、愛の名の下に淫欲を美化し、大量虐殺と環境破壊を正当化する。違って?」

 綺羅の言葉を受けて、ヴィータはくすくすと笑いを零す。

「きゃは。そうかもしれないわね」
「ふふふ……やっぱり、あなたは私に似ている」

 綺羅は僅かに口元を吊り上げて、ヴィータに視線を移すと、片手を差し伸べた。

「ヴィータ、あなた素敵よ。その残酷で無慈悲な瞳。他人とは思えないわ。
 どうせならそんなところで突っ立ってないで、一緒に殺し合いを楽しまない?
 そして、最後にあの化物に食われるのは、あなた。その不遜な笑みが、恐怖と絶望に歪む、美しい瞬間を見たいわ……」
「あらあらぁ、わたしが恐怖と絶望に堕ちるところが見たいの?
 でも、ざんねーん。わたしは痛いの嫌いだし、死ぬのなんて真っ平御免なの。それにね、なによりわたしには、」

 ヴィータがそう口にするやいな、空京の街外れに<幸せの歌>が響きわたる。
 彼女はやっと待ち人が現れた恋人のように目を輝かせ、魔法陣の描かれた手袋を整った唇にあて、きゃは、と笑った。

「――先客がいるから」

 ――――――――――

 空京、街外れの通り。
 ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)は上空から、ロウ・ブラックハウンド(ろう・ぶらっくはうんど)は地上から、ヴィータの居場所を探していた。

「わうわう……わうっ(犯人……ヴィータと名乗った人格は愉悦を重視する傾向が見られた)」

 傍から見れば犬が吼えているだけに見えるロウは、独り言を呟き自身の考えを整理する。

「わう……(そんな彼女が戦場にいない……高見の見物か)」

 ロウはそう考えると、人より何倍も優れた嗅覚を頼りに、ヴィータの匂いを探り始めた。
 廃倉庫での戦い、街外れでの戦い。血の香りと肉の悪臭に塗れた空京の空気の中、やがてロウはかすかに忘れもしない匂いを探り当てた。
 それは先ほどまでウォルターがぶっ放していた拳銃の火薬の匂い。ロウはその匂いがするほうへ、疾走する。しかし。

「……わんっ(これは外れ、か)」

 ロウが駆け寄った先にあったのは脱ぎ捨てられ、地面に放り捨てられた黒一色のスーツ。
 ヴィータが辿られると思い、途中で捨てたのだろう。どうやら相手は用意が周到らしい。

「わんわんっ(……ならば、特等席になるような場所は……)」

 ロウは顔を振り上げ、上空で捜索しているノールに連絡を入れる。

『ガジェット氏。こちらで犯人が着ていたと思われるスーツを発見した。そちらはなにか進展があったか?』
『うむ。あの可愛い子……ではなく犯人の性格を考えれば、あの化け物が召喚された周辺にいるのが濃厚だと思うが』
『だろうな。この通りも、進んでいけば盲目白痴の暴君が現れた廃墟へと至る』

 ロウはまだ見えない廃墟のほうへ視線を向け、匂いを嗅いだ。
 人間では分からないだろうが、血の匂いが薄っすらと濃くなっている。きっと、進めば進むほど人でも分かるほど濃くなっていくだろう。
 それは盲目白痴の暴君を召喚した他にも、第三勢力として活動する者達の身体に染み込んだ、血の匂いも少なからず関係しているはずだ。
 そう考えたロウはしばし思考した後、ノールに連絡を入れた。

『ガジェット氏。恐らく、犯人がいるのはあの廃墟で間違いないだろう。
 私はこのまま、他の契約者と共にその廃墟へと向かう。人影を発見すれば、すぐに連絡をお願いする』
『うむ。任せるが良い。
 それと、そのスーツはあくまで状況証拠として後で我輩が回収しておこう。決してやましい気持ちなどではないぞ。あくまで状況証拠だ』
『……ガジェット氏。その欲望にどこまでも忠実な様は尊敬するよ』

 ロウは小さく笑い連絡を切ると、廃墟に向けて風よりも早く駆け出した。

 ――――――――――

 空京、街外れ。
 <幸せの歌>を口ずさんでいたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、<殺気看破>で敵意を返してこない人物を探していた。
 それは心に幸福を呼び起こすこの歌が、今の状況には不似合いなため。普通の人なら幸せなんて感じない、むしろ敵意を返してくるはず。そう考えたからだった。

(……自分の知らない過去だからちゃんとこれるか不安だったけど、実際きてみたらさらに状況は変わってしまっているわね。
 私の世界では、ホープによる過去の自分の殺害が成功してたけど……こっちでは当時のお仲間が話してた通り、醜悪な化け物がいるし)

 いつの間にか現在の自分と入れ替わったリカインはそう思いつつ、<幸せの歌>を歌い続ける。
 そして、彼女は敵意の返ってこない人物を探し当てた。そう、それが真に排除すべき化け物と同質の連中だ。

(さて、彼らがこういう事件を繰り返す敵とみなして叩き潰しますか)

 リカインは廃墟を見る。そこに佇んで、見物を行っている人影を確認。
 それと共に彼女の口ずさむ歌に共鳴して、装着したレゾナントアームズが光り輝いた。

(……変わった未来でのうのうと生きてるってのは結構癪だしね)