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All I Need Is Kill 【Last】

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All I Need Is Kill 【Last】

リアクション

 十九時四十五分。空京、街外れの廃墟。
 アユナ・レッケス(あゆな・れっけす)は<殺気看破>と<ディテクトエビル>により、害意を抱いた者達がこの廃墟に向かってくるのを感じ取った。
 彼女はその感じ取った気配を、ヴィータと雑談を交わしているうちの一人、松岡 徹雄(まつおか・てつお)に伝えるために駆け寄る。

「徹雄さん。どうやら、こちらのほうに何人かの契約者が向かってきているようです」
「……まぁ、そうだよね。そう簡単に諦めてはくれないかな――っと」

 徹雄はさざれ石の短刀を抜き取ると、背後に向かって振りぬいた。
 飛燕の速度でヴィータ達との間合いを詰めて、攻撃の構えを取っていた瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は、紙一重でその斬撃を回避し後方に跳躍する。

「なんや、気づいとったんかいな」
「そりゃあ気づくよ。契約が切れた瞬間に、そこまでヴィータに敵意をかもし出してたらね」

 徹雄は抜き取った短刀を構え、裕輝と対峙する。
 裕輝はくくく、と薄っぺらい歪んだ笑顔を浮かべながら口を開いた。

「あんたは契約が切れても、ヴィータの肩を持つん?」
「ああ。契約が切れたからといってすぐに裏切るのは、おじさん的にはナンセンスな行為だからね。
 それに、まぁ、美人の同業者ってのは稀少だから。不純だけど」
「くくく、そっか、そっか。それもまぁアリやろ。
 オレはただ単に狂人やから殺り合ってみたいなぁ、と思っただけやし。薄情やけど」

 相対した二人は互いに小さく吹き出すと、各々の武器を構え始めた。
 徹雄の背後にいたヴィータはそんな彼を手で静止して、一歩前へ踏み出す。

「あら、徹雄の言葉はありがたいけど。ここはわたしに任せてくれない?」
「君がそう言うなら構わないが……その身体、憑依したばかりだろう。大丈夫なのかい?」
「大丈夫、大丈夫。この身体、前よりずっと動かしやすいから。戦っているうちに慣れると思うわ。それと――」

 ヴィータは廃墟の入り口に視線を移し、口を開く。

「後からいっぱいお客さんが来るだろうしね。
 まずはそっちのお相手を迎え撃つために、ここでは狭すぎるから外に出ましょうか。場所はそうねぇ……出来れば暴君の近くがいいかな? 戦いながら、空京の行く末もみたいし」
「ん、分かったよ。ヴィータ。先に行っておく」

 ヴィータの言葉を聞いて、徹雄は小さく頷くと、短刀を鞘に納めて歩き出す。
 裕輝はそれを見て、彼女を薄っぺらい笑みをたたえて静かに呟いた。

「くくく、さあ……死合おうやないか」

 タップリの狂気に凶気に邪気に毒気。たんまりの悪意と殺意と敵意と害意。
 それらを含めた裕輝の笑みを受けて、ヴィータも嬉々とした表情を浮かべた。

「きゃは。困っちゃうなぁ。そんな魅力的なお誘いを、断るわけにはいかないしね」
「そりゃ重畳。ほな、早速――」

 裕輝は言い終えるやいな、地面を強く蹴りだし、ヴィータとの間合いを詰める。
 それに応じるように彼女は素早く狩猟刀を引き抜くと、肉迫した彼に向けて振り下ろした。
 放たれる銀色の縦の一閃を裕輝は身体を逸らすことで回避すると、すかさず裂帛の気合をこめた拳をヴィータ目掛けて振りぬく。
 が、ヴィータはその一撃を身体を回転させながら避けると、流れるような動作でそのまま裕輝の懐へと潜り込んだ。

「ばあっ」

 おどけたようにそう言うヴィータは、もう一方の手に持つ小刀を強く握り締める。
 と、二つの刃を巧みに操り、目にも止まらぬ斬撃を裕輝に向けて放った。

「まだまだ、全然――」

 裕輝は無拍子と呼ばれる武術武道の技術を用いて、踏み込みも何も行わず、素早く堅強な拳を真っ直ぐ突き出した。
 二つの凶刃が彼の身体に届くよりも先に放たれたその一撃はヴィータの鳩尾に直撃。彼女は勢いを殺しきれず、地面に足を滑らせながら後退する。

「そんなもんやないやろ? なぁ、ヴィータ」

 裕輝は拳を突き出したまま、変わらず笑っていた。闘争が大好き。楽しくてしょうがない。そういった類の笑み。
 対するヴィータは俯きながら小さく笑い声を洩らす。と、片方の腕を伸ばしてパチンと指を鳴らした。瞬時に<降霊>したモルスが、彼女の背後で降霊者にしか聞こえない咆哮をあげる。

「ええ、そうね。あなたがお望みとあらば、もっと本気で行きましょうか。
 でもあなたがリクエストしたんだから、切り刻まれて殺されても、喰い散らかされて殺されても、恨み言は言わないでね?」
「おお、怖いこわい。ほな、そっちもオレに殴り殺されても文句は言わん約束な」

 二人は軽口を言い合うと、互いに濃厚な殺意をこめた笑みを浮かべた。
 同時に、背後から天を轟かせる爆発音が響く。どうやら暴君のほうでも戦いが開始したらしい。

「――きゃは♪」

 ヴィータはそれを耳にして、ぞっとするような冷たさを持った微笑みのまま、強く地を蹴りだし弾丸のような速度で駆け出した。

 ――――――――――

 空京、街外れの廃墟の周辺。
 そこには、独自に動いていた笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)が<カモフラージュ>で周りに溶け込むように潜伏していた。

「さて、これからどうしようか……」

 紅鵡は小さく呟くと、状況を整理するため、今までの行動を思い返す。
 自分は路地裏で別れた後、倉庫のほうに向かったのはいいが、その途中でナタリーと契約者を見つけ気づかれないよう尾行していった。
 そして、廃墟に入って行くのを見て突入せず外で見ていたら、おぞましい化け物がいきなり出現して空京に向かう姿を見た。そして、今の状況に至る。

「……うん。とりあえず、今のボクがするべきことは」

 紅鵡はそこまで思い返すと、廃墟の入り口に目をやった。

「助けられる人命の救助だ。
 多分、ナタリーさんにはもう用は無いと思うけど。慎重に動かなくちゃ」

 紅鵡はそう呟くと、集中するため目を瞑り、大きく深呼吸をした。
 そうしてもう一度目を開けると、静かに行動するため息を潜めて、すり足で慎重に動き始める。
 しかし、その足は突然止まった。それは、廃墟にリヘイとアリーセがやって来たからだった。

「……君達は?」
「ひっ!?」

 紅鵡が二人に声をかける。驚いたリヘイはびくっと身体を震わせた。
 対するアリーセは紅鵡に敵意がないことを感じて、端的に事情を話した。

「……そうか。君達もナタリーさんを――!?」

 紅鵡は急に言葉を遮った。
 それは廃墟の入り口からナタリーを抱えて、天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)がやって来たからだ。

「っ。……動くな。止まれ!」

 紅鵡は対物機晶ライフルを素早く構え、銃口を葛葉に向け警告した。
 葛葉はそれを見て、構わずナタリーを抱えたまま紅鵡に近づいていく。

「そう構えないでください。あなたと戦う意思はこちらにありません。
 僕はただ信用の出来そうな人物に、彼女を届けに来ただけですので」

 葛葉はそう言うと、紅鵡に衰弱したナタリーを手渡した。
 紅鵡はライフルの構えを解き、小さな彼女を受け取ると、すぐさま地面へ寝かして安静にさせる。

「……呼吸が浅い、けど生命に関わるほどではないか」

 紅鵡はナタリーが死ぬ可能性がないことを確認すると、ほっと胸を撫で下ろした。
 そして、去ろうとする葛葉に、紅鵡は問いかける。

「……君は確か、この事件の黒幕に加担した人だよね。
 君にとってナタリーを助けることに何のメリットもないはず。……なんで、助けたの?」
「助ける理由? あの女が嫌いだったり、事前に未来の僕の娘から頼まれた事もありますが。
 ……その子に同情しただけですよ。非力だった頃の僕に似たその子にね」

 葛葉の言葉を聞いたナタリーは、仰向けのまま力を振り絞りキッと睨んだ。
 その視線を受けた葛葉は、小さく無力な彼女を見つめ、静かに言い放った。

「悔しいですか? あなたの幸せを壊した僕達が憎いですか?
 ……なら、強くなりなさい。そしてあなたが全てを変える希望になりなさい」

 葛葉は踵を返して、去っていく。その背中を見つめるナタリーの目尻に水分が溜まっていく。
 悔しい。憎い。辛い。様々な負の感情が心で混じりあい、幼い少女は嗚咽と共に涙をこぼした。

 ―――――――――――

 街外れの廃墟でのヴィータと裕輝との戦いは佳境に入っていた。

「きゃははははっ!」
「くくく、ははははっ!」

 二つの刃による斬撃と無拍子による予測不可能な卓越した武術による体術。
 呼吸によって生じる隙にさえ気をつけなければならない戦いの中、ヴィータは名残惜しそうに呟いた。

「あなたとの戦いは楽しい。楽しいわ。ほんっと、ずっとしていたいぐらいね。
 でも、御免なさい。他にも人と戦わなくちゃいけないし、ここら辺で終わりにしなくちゃね。だから――」

 ヴィータは一歩後ろに下がると、眼前で双刀を交差する。

「わたしが持つ最高の技で、止めを刺してあげる」

 そして向かってくる裕輝を見つめ、「<エンドゲーム>」と小さく呟いた。
 ――瞬間。

「!? っ、が……!」

 ヴィータに向かって伸びた裕輝の腕は切断され、地面を踏みしめる両足も断ち切られた。
 そして宙を舞う彼の胴体を片手の狩猟刀で一息に突き刺すと、容赦なく傍の汚れた壁へと叩きつける。
 縫い付けられた裕輝は口から鮮血を吐き出すと、笑いながらヴィータに声をかけた。

「……あーあ、残念。届かへんかったか。まあ、楽しかったで、ヴィータ」
「そう、わたしも楽しかったわ。
 英霊になったら再戦しましょ。待ってるから。じゃあ名残惜しいけど――ばいばい」

 ヴィータは踵を返して振り返り、片手を伸ばして指を鳴らす。
 パチンと廃墟にその音が響くと同時に、モルスが大きく口を開けて裕輝にかぶりついた。