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リアクション
「とぅッ!」
鋭い呼気と共に石像が地面に叩き付けられる。
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)にとって、本棚に挟まれた狭い場所における戦闘はなんら苦になるものではない。むしろ無手を最大の武器とする彼女にとって、これほど有利な戦場はなかなかない。
「ほらほら、次ィ来ないの? もうちょっと楽しませてよね」
どうやら図書室内の警備をしているはずのガーゴイルが、魔導書の影響で管理術式が変わったらしい。他のボランティアよりも奥に入った透乃たちは格好の標的というわけだ。
もっとも、彼女にすれば願ったり叶ったり、だが。
「透乃ちゃん、私も“掃除”のお手伝いした方が良いですか?」
「ううん、こっちは私がやるから、陽子ちゃんは“整理”に集中してよ」
透乃の返事に、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)はにこりと頷いて作業に戻る。
作業と言っても、彼女がしているのは本を揃えたり近場のものと並べ替えたりする、ごく簡単なものだ。もし他のボランティアが見たら、やる気を疑われるだろう。
それもその筈、陽子の本当の目的は整理ではなく、本の“内容”を持ち帰ることなのだから。
「うふふ……さすがイルミンスール魔法学校の大図書室。素晴らしい本がたくさん置いてありますね……あら……」
上気した頬を押さえながら、次の本に手を伸ばす陽子。その傍らでは巨大な芋虫のようなモンスターが、“脚の生えた口”に丸呑みにされるところだった。反対側では赤髪の“暗殺者”が六本足の黒犬を細切れに解体していた。従者やペットに守られながら、禁忌の探求者は貪欲に知識を漁る。
「ふふ……部分訳だけど屍食教典の独文訳が載っていますね……さすがに本物は脳が耐えられないでしょうから、ちょうどいいです。あとでゆっくり愉しみましょう」
陽子は次々と本を開いき、パラパラと捲っては元に戻す。目にした箇所を記憶術で頭に流し込み、あとで活用するつもりなのだ。開架書庫の本なので違法というわけではないが、あまり褒められた行為ではない。
「陽子ちゃん、楽しそうだね。来てよかった……っと、こっちは少し物足りないかなぁ?」
突っ込んできたガーゴイルを右拳で一撃。石塊に還った様を一瞥もせず、透乃は次の突撃を左腕で受けとめる。常人であれば骨折程度では済まない衝撃も、薄紅色の闘気を身に纏った透乃にとっては小石がぶつかった程度のものだ。
「ほらほら、大図書室の番人が、その程度でいいの!?」
強引に掴み、後続へと投げつける。大きな衝突音が響き、二体はそのまま本棚の角にぶつかって砕け散った。もちろん衝突した本棚も無事では済まなかったが、そんなことは透乃にとっては些細な問題だ。
「んー、まぁどうでアイツらが暴れてたら壊れてたんだし、気にしないでいいかっ!」
とんでもない言葉を明るい口調で言ってのけ、透乃は恋人の方を向いた。
「どう、陽子ちゃん。何か面白い本見つかった?」
「えぇ……ほんと……うふふ、すごいですね……さすがです」
一体何を目にしたのか、完全に蕩けた目で本を仕舞う陽子。その頭上ではファンシーなオバケが巨大蜘蛛に口から発射した砲弾を叩き込んでいる。まったく、冗談のような酷い光景だ。こ
の本棚でめぼしいものは全て見終ったのか、閉じた本を棚に戻して、満足げなため息をついた。
「そろそろ次に行きましょうか、透乃ちゃん」
「ん、いいよ。ねぇねぇ、どんな本見たの?」
「とっても……素敵な本です」
透乃の言葉に、顔を赤らめて陽子は答える。
「帰ったら、今晩試してみたいですッ……」
…………語尾にハートマークが付いているのは、気のせいではないだろう。
二人は物騒で背徳的な図書室デートを続けるのだった。
* * *
「これは……痛みが酷すぎて修復は無理か。残念だけど……」
そう呟いて非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は手にしていた本を箱の中に収めた。
大図書室の浅い場所。危険が少なく作業に集中できる場所で、近遠たちは本の整理や補修を行っていた。奥に行くにつれ複雑に入り組み、危険度が増してゆく大図書室では、安全な場所の利用者数が増えるのは当然のこと。したがって、並んだ本の傷み具合や並び順の乱れも他の場所より激しいものがある。
「これで、あの棚の本は全部終わったのでございますね」
そう言ってアルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)が修復していた本を閉じる。閲覧スペースを借りた修復作業は、近遠たちが思っていたよりも大変な仕事だ。痛みが酷すぎて修復が難しいものや、落丁でページが足りない本などは廃棄しなければいけない。
机の上には積まれた山のような本を見て、ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)はむむぅ、とうなる。
「さて、次はこの本を綺麗に戻さないといけないですわね……どうしたら良いでしょう。ねぇ、イグナ?」
「いや……それを我に訊かれてもな……」
ユーリカに尋ねられたイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)が困ったような表情になる。自分ではあまり図書室を利用しないイグナとしては、今日の仕事はモンスターの相手や力仕事のつもりだったのだ。
「何もなくても本の場所を分かる人よりも、あまり図書室を使わない人の意見の方が、参考になると思いますの!」
「うん、ボクもユーリカの言葉には一理あると思います。もしイグナが探している本があって、それを見つけたいとすれば、どうしますか?」
「ぇ……あぁ……そうだな、本のタイトルとか著者……は、カウンターで聞けば分かるか」
「そうでございますね。それから、どうしますか?」
腕を組んでう〜んと考え込むイグナ。普段しない彼女の表情が楽しいのか、周りの皆は少しだけイジワルな笑顔になっている。
「うん、そうだ。不慣れだと、本がどこにあるか分からないのだ。同じ棚にも、いろいろな種類の本が収められているから、どこを見て良いのか分からなくて、困る」
「なるほど……本を探すためにどこを見るのか分からない、ということですね」
「なるほど、ですの。となると、本は整理整頓するとして、他は何をすれば良いですの?」
「そうでございますね……」
考え込む一同。
そこに、とことこと小さな人影が通りがかった。
「おやや、どうしたですぅ?」
「あ、エリザベート校長」
どうやら整理の様子を見て回っているらしい。慌てて会釈する近遠たちに近寄ってきたエリザベートは、ことりと首を傾げる。
「なにか困ったことでもあるです?」
「えぇ、実はこの辺りの本を、もう少し見やすくするにはどうすればいいか、相談していたんです。良い案が浮かばなくて……」
「エリザベート校長は、何か良い案がございますか?」
アルティアの言葉に、小さな校長は考え込む。
「う〜〜ん……と……そうだ、書いてある言葉が小さいと、読むのが大変ですぅ」
「書いてある言葉……? あ、そうか。分類用の仕切り板に書いてある文字のことですね。たしかに、ちょっと小さいし、古くなっているなぁ……」
「ああ、もともと本を探すことに慣れた者ならともかく、我のような不慣れな者にとっては仕切り板や区分の文字が見やすいと、とても助かるぞ」
そう言って、イグナは仕切り板を一枚手にとる。
かなり年季が入っているせいか、書かれた文字はかすれ、かなり見にくくなっていた。また、“その他”の項目にたくさんの本が溜まっている。
「探すのが大変だと、あまり来たくなくなってしまいますものね」
「ユーリカの言う通りですね。エリザベート校長、この辺りの古くなった仕切り板や分類表示を、ボクらが書き直しても良いでしょうか」
「もちろん、本の補修や整理もいたします。でも、やはり多くの人が来やすいような場所にしたいのでございます」
近遠とアルティアの言葉に、エリザベートはにっこりと笑った。
「もちろんですぅ。イルミンスールの学生が、そんなことを考えてくれるなら、校長としてもはなが……えと、鼻がたかいですぅ! 頑張るです!」
手を振って去ってゆくエリザベートに一礼して、近遠たちは改めて本棚に向き直る。
「さてと……ボクは引き続き、本の補修や分別をしようと思います」
「アルティアは補修のお手伝いをいたします。奥から運ばれてくるものもございますし、回収されてきた本には補修が必要なものも多いですから」
「では、我は本棚を回って、書き直しが必要なものを回収してこよう。補修や分類は、我が手伝うと却って足手まといであろう」
「じゃあ、あたしは紙とペンを借りてきて、文字の書き直しをしますわ! 任せておいてくださいませ!」
「よし、じゃあみんな、頑張りましょう」
「「「お〜〜っ!」」」
近遠の声に、元気よく応える三人。
大図書室を少しでも使いやすくするために、彼らの仕事はまだまだ続く。
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