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大図書室整理作戦!!

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大図書室整理作戦!!

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◆ 第3章 借りたものは返しましょう! ◆

「まずい……まずいぞ」
 沢山の専門書が積まれた私室で、犬養 進一(いぬかい・しんいち)はブツブツと呟いていた。
 事の発端は、彼の部屋に「大図書室整理ボランティア募集」のチラシが投函されていたことによる。研究者である進一にとって専門書や参考文献は必要不可欠なのだが、面倒くささに借りた量の多さも相まって、気が付けば目の前に置かれた本の山である。
「どうせ誰も読まない本だろう? 俺が持っていた方が有効活用出来る……はずだ」
 考えろ考えろ考えろ。
 リストは間違いなく作成されている。さすがにリストを細工して名前を抹消するのは無理だし、そこまでするつもりも無い。まず避けるべきは、巡回してきたボランティアに返却を求められ、こってりと怒られることだ。
(……そうだ! 俺がボランティアの未返却本回収係になって手伝えば良い! 確か募集は途中参加も可だった筈……整理をやり過して、ほとぼりが冷めたころに返せばいいッ!)
 眼鏡がキランと光った。
「よし……誤魔化し通す! 何としてでも!」
「シンイチ、どうかしたのか?」
「ぅおおおおぅッ! な、なんだ……驚かすなトゥトゥ」
 扉から顔を出したトゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)は、進一の様子を見て首を傾げる。
「いいかっ、トゥトゥ!」
「お、おう、なんなのだシンイチ」
 進一は、トゥトゥの両肩をがしっと掴む。
 目がマジだった。
「今日一日、誰が訪ねて来ても出るんじゃないぞ。返事もするな、物音も出来るだけ立てるな。ゲームはヘッドホンを着けてやるんだ」
「むぅ、なんだそれは。面倒臭いのう」
「いいから! どうしてもだ! カップ麺買ってきてやるから。な?」
「まぁ、そこまで言うなら。誰か来てもドアを開けたり返事をしなければいいのだな?」
「その通りだ!」
 好物のカップ麺を交渉材料に使われ、しぶしぶトゥトゥは納得する。その様子に大きく頷くと、進一は凄まじい勢いで身支度を調える。
「じゃあ俺は行ってくるからな! おーし、蔵書改めである! 図書室の共有財産を私物化する不埒な輩め、この俺が成敗してやるぜっ!」
「…………なんなのだ、一体?」

 ややあって。
 進一の言う通り、何度か扉をノックされたり「犬養進一さん、いらっしゃいますか?」という声が聞こえたが、トゥトゥは言われたとおり返事をしなかった。
 進一が部屋を出て30分ほど経ったころ。郵便受けでカコンという音がした。どうやら誰かがハガキを入れていったらしい。
「いったい何なのだ?」
 好奇心にかられたトゥトゥは、投函されたハガキを手にとってみる。そこには「未返却図書返却のお願い」という文字と、返していない本の名前。
「なんじゃ、シンイチのやつ借りた本を返しておらんのか。しかも、こんなに沢山とは! ……えぇい、だらしのないヤツじゃ。余が代わりに返してやろう」
 進一の部屋に入り、リストにあった本を片っ端からダンボールに入れていくトゥトゥ。数箱に渡った作業を終え一息つくトゥトゥの表情は、まるでピラミッドでも作りあげたかのような達成感と満足感に満ちていた。
「しかし、これを余が一人で持って行くのは無理じゃの。巡回している者がいるようじゃ、から、手紙を添えて外に置いておくか」
 よいしょ、とダンボールを持ち上げるトゥトゥ。
「“自分から外に出てはダメ”とは言われておらんからの」
 扉を開いて、玄関先にダンボールを積み上げる。進一の部屋から拝借したペンで「かえしていない本」と書き、セロテープを貼ったところで背後から声がかかった。
「おー、図書室に返していない本じゃな。ご苦労ご苦労!」
 回収係の手伝いをしていたアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が、たまたま通りがかったのである。
「おぉ、これはこれはアーデルハイトどの。こんなに溜込んでおったようでな、本当にだらしのないヤツよ」
「これは確かに大量じゃな〜。まったく、“ちかごろのわかいやつ”は困ったものじゃ!」
はっはっは、と声に出して笑う二人。
「おまえ一人では持って行けんじゃろう。他のボランティアに連絡して、すぐに取りに来させよう」
「それは助かる。余は留守番を頼まれておるのでな、誰が来ても扉を開けていかんし、返事をしてはならんのだ」
「…………それはまた、難儀な留守番じゃな。うむ、私に任せておけ。ちゃんと本は返しておくぞ」
「頼んだぞ、アーデルハイトどの!」
 そう言ってトゥトゥは玄関のドアを閉じた。“留守番”を続けるという使命があるからだ。
「さぁて、ここは……犬養進一じゃな。まったく、あとでたっぷりお説教じゃ!」
 アーデルハイトの手帳に書き加えられる進一の名前。
「…………ぇっくしゅッ! あれ、風邪ひいたか? 最近寒いからなぁ。あ、おまえ本返してないだろう!? 大人しく差し出せば手荒な真似はしないぜ! 神妙にしろッ!」
 その後、彼がどうなったかは、また別のお話である。

 *  *  *

 イルミンスール魔法学校から、すこし離れた共存都市イナテミス。その路地を歩く4人の男女の姿があった。
 なにやら肩を落として歩く遠野 歌菜(とおの・かな)に、仁科 姫月(にしな・ひめき)が声をかける。
「……歌菜さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。……でも、図書室のお掃除、手伝いたかったなぁ」
 ふぅ、というため息。未返却本の回収をしている歌菜だが、最初は図書室内の整理や掃除を手伝う気まんまんだったのだ。もっとも、それはパートナーの強い制止で諦めたのだが。
「まぁ、他の皆の足を引っ張るわけにもいかないからな」
「……手厳しいな、羽純さんは」
そう冷静に言う月崎 羽純(つきざき・はすみ)成田 樹彦(なりた・たつひこ)は尊敬とも畏怖ともつかない視線を送る。ズバリと言われた歌菜はくるりと後ろを振り返った。
「もう、少しはお掃除上手くなってるんだからね! いいもん、本を返してもらうのだって、立派なしごとなんだから!」
「分かってる分かってる。ほら、そろそろ次の家に着くぞ」
「えーと、次の人は……わ、もう半年以上借りっぱなし? 信じられない!」
 リストを確認した姫月が柳眉を逆立てる。その後ろで羽純は周囲を見渡した。
「なにか事情があるのかもしれないな。樹彦、俺たちは少し離れた場所に待機してよう」
「え、行っちゃうの……?」
「そうだな、あんまり大勢だと借りた人が驚くだろうし、俺は羽純さんと一緒に隠れてるよ。歌菜さんと一緒だから、大丈夫だろ?」
「あ、当たり前でしょバカ兄貴! さっさと行け〜〜っ!!」
手を振って離れる男性陣を見送り、歌菜と姫月は玄関前に立つ。もし犯人が逃げるようなことがあれば、協力して取り押さえる手筈になっている。もっとも、そんな荒事になるようなことは、無いと思いたい。
 とりあえずチャイムを押して、反応を待つ。
「姫月ってさ」
「……なに?」
「樹彦のこと、大好きなんだね」
「えっ! なっ! そ、そんなこと、あ……な……あ、るけど……なんで、そんなこと」
 顔を赤くしてごにょごにょと喋る姫月の隣で、歌菜はにこにこと笑っている。
「姫月、気付いてないと思うけど、樹彦と話してるとき……」
 歌菜の台詞は、そこで途切れた。扉が開いて中から男が出て来たからだ。
「あ、私たちイルミンスール魔法学校の大図書室の清掃ボランティアなんです。未返却の本を返して貰おうとおもって伺いました」
「いろいろ事情はあると思うけど、ちゃんと借りた物は返しなさいよね」
「あ……えぇ……はい……」
二人の言葉に、目の前の男は下を見て言い淀む。明らかに動揺していた。
「あの、どうかしました?」
「わ……わ……」
「わ、じゃ分からないわよ。ちゃんと説明して貰わないと」
「わ、わわわわわざとじゃないんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
唐突に叫び声をあげたかと思うと、男は2人を押しのけて走りだす。家に戻ると逃げ道が無くなるとでも思ったのだろうか。
 すぐさま二人は追いかける。
「ちょっと、待ちなさい!」
「逃げるつもりなら魔法少女として容赦しませんっ! えーい!」
 歌菜は念のために隠し持っていた短い槍を取り出し、足元を狙って突き出す。もちろん、ケガをしないように加減をして。
「ぬぅおおおおおっ!」
 しかし、男は軽い身のこなしで槍を避け、逃走を続ける。
「あっ、避けられた! どうするの、歌菜さん!?」
「思ったより素早いけど……大丈夫だよ!」
 歌菜の自信の理由は、すぐさま明らかとなった。
 曲がり角の先で、男は羽純の重力操作で置物と化していたのである。

「…………なるほど、借りていた本を破ってしまって、返しようがなかった、と」
「す、すみませんっ! なんとか自分で直して返そうと思ったんですが、うまくいかなくて……」
 落ち着いて話を訊いてみれば、いちおう延滞にも理由があったようだ。まさか自分の家まで回収に来ると思っていなかったので面食らって逃げてしまった、とのこと。本代を全額弁償させられると思っていたそうだ。
「だからって、逃げて良い理由にはならないわ」
「いや、ほんと……すみませんでした」
しゅんとした男の肩に手を置いて、歌菜が話しかける。
「図書室のルールは、みんなで守るのが当たり前で、大事なことです。それは分かってますよね?」
「……はい」
「でも、正直に話せば司書さんや図書委員の方々が補修をして下さるんですよ。それは知っていましたか?」
「えっ、そうなんですか?」
 男の反応は、隣の羽純がメモを取っている。
「やっぱり、知らなかったみたいだな」
「きっと同じように思っていた人は多いと思うから、これは私たちから報告しておきます。次からは、もっと分かりやすく図書室に掲示されると思いますよ」
「正直に届け出なかったのは、やっぱりいけないと思うわ。今度からは正直に言いなさいよね」
 姫月の言葉に、男は何度も頷く。どうやら本当に反省しているらしい。
 破れたページと本を受け取り、四人はその場をあとにした。まだまだ仕事は沢山残っている。
「……そういえば歌菜さん、どうして道の先に羽純さんが居るって知ってたの? 兄貴と一緒に歩いていった方向と、違ったよね?」
「あぁ……うん」
 歌菜はちらりと羽純の方を見て、はにかんだように笑う。
「なんとなく……かな。羽純くんだったら、きっとあの先に居てくれるって思ったの」
「……そっか…………良いなぁ」
「ん、なにか言った?」
「べ、別になんでもないっ! それより歌菜さん、さっきの続き。その……私が兄貴のことを、話してるとき……なにかあるの?」
「あぁ、うん……」
 すぐ後ろを樹彦が歩いていたからだろう。歌菜は姫月の耳に口を寄せ、こそこそと内緒話モードに切り替える。
「……なんなんだ、一体」
「さぁな。夫婦でも、分からないときだってある」
「そういうものですか」
「そういうもんさ」
だんだんと耳まで赤くなっていく姫月の様子を見ながら、ふと樹彦は羽純に尋ねる。
「どうしたら、羽純さんと歌菜さんみたいに仲良くなれるんですか」
「…………いきなりだな、樹彦。どうしたんだ」
「いえ……俺は、姫月のことを分かってやれているのかと、ふと思って。そんなに上手く話せる方ではないと思うし、姫月との関係も少し複雑だし……俺はずっと自分の存在意義を探していて、姫月のおかげで、少し見つかったような気がするけど、それだけのものを返してやれてるのかな、と思って。いきなり変なことを訊いて、すみません」
「いや……分かるような気がする」
 前を歩く最愛の女性(ひと)を、眼を細めて見つつ、羽純は樹彦に言う。
「だが、それは返すとか返さないとか、そういうものじゃないと思うんだ。俺も樹彦と同じで、そんなに上手く言葉を紡げる方じゃないからな……こう、そのままで良いというかさ……あぁもう、細かいことはいいんだよ! 樹彦らしく傍にいてやれば、それで良いんじゃないか?」
「そういうもんですか」
「そういうもんさ」
顔を見合わせて笑う、どちらかといえば不器用な方に分類される男二人。いつの間にか、そんな彼らの様子を歌菜と姫月が振り返って見ていた。
「なになに、そっちはそっちで内緒話?」
「男同士の秘密ってやつさ。な、樹彦」
「まぁ、そんな感じ」
「なによバカ兄貴、話なさいよ〜〜!」
「そっちが話してくれたらな」
「ぇ……ば、バカッ! 女の子の内緒話を兄貴なんかに話すわけないでしょ!?」
 姫月と樹彦のやりとりを見て、歌菜と羽純はクスクスと笑う。
 二人とも気付いていないが、互いのことを話すときだけ、ほんの少し目が優しくなるのだ。それは互いが本当に互いを大切に想っていることの証で、見ている側まで温かな気分になる。
 ボランティアが終わったらお茶会にして、他の人たちも交えて、もっと話をしてみたいな、と思うのだった。