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リアクション
◆ 第2章 忘れ物はどこですか? ◆
「ただいま戻りました〜〜っ!」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の言葉に、作業をしていた一同が顔をあげる。
ここは大図書室のエントランス。一年分の落し物や忘れ物を、机を借りて整理している最中だ。詩穂が抱えてきたダンボール箱の中には、図書室の中を簡単に見回って探してきた落し物が山のようになっていた。
「むむ……まだ、こんなにあったとは……」
その光景に夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)も思わず呻(うな)る。なかには高価な貴重品や、日記や手帳など大切な内容を記したものが沢山あった。困っている落とし主に返したいのはやまやまだが、これだけの量を前にすると、どれから手を点けて良いものか悩ましい。頭を悩ませる甚五郎の隣では、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が冷静に“戦況”を分析する。
「まずは状況の把握が必要であります。まずは種別の分類をしてはどうかと自分は思うのであります」
「あぁ、確かにおぬしの言う通りだ。とりあえず、名前のあるものと無いものを分けてみるのは、どうだろう?」
「詩穂も賛成です。学生さんたちも集まってきているみたいですし、落しものコーナーを作るのはどうでしょう? それから、名前の無いものはリストを作っておくと、あとで探しに来た人が見つけやすいと思います」
詩穂も、甚五郎と吹雪の案に賛成する。大切なものを返してあげよう、という気持ちは、みんな同じ……はずだ。
「では、わしは名前の有無を確認して、振り分けてゆく仕事をする。量は多いが、これくらい気合いで何とかなる」
「では自分は名前のない物をもう少し調べて、落とし主を絞り込めないかどうか、試してみるであります」
「じゃあ、詩穂は分類が終わったものを運んだり仕舞ったり、落し物コーナーのお手伝いをしますねっ。こういう仕事は慣れているので、任せてくださいっ♪」
それぞれの役割分担を決めて、さっそく作業に取りかかる一同。わいわいがやがやと、まるでお祭りの準備のようだ。
「………………以外と名前が書いてあるものが多いな、感心感心。騎沙良くん、これを落し物コーナーへ持っていってくれないか?」
「はいはーい、詩穂にお任せあれっ! あ、あなた手伝ってくれるの?」
「うんっ、ルルゥもお手伝いするよっ!」
近くへ寄ってきた小さな女の子も、詩穂の隣で小さな箱を持ち上げる。よいしょ、よいしょと一生懸命に運ぶルルゥ・メルクリウス(るるぅ・めるくりうす)の姿を、甚五郎は微笑ましげに見送った。
「あんなに小さいのに手伝いとは偉いな。 ……はて? そういえば、あの子はいつからここに居るのだったかな?」
甚五郎たちと少し離れた場所では、名前の無いものを更に細分化したリストが作られている。
「うーん、これは手がかりが無いのぅ……とりあえずリストに書き加えて保管じゃな」
「はい、了解」
草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)は手にしていたマフラーをコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)に手渡す。マフラーや手袋といった防寒具、文房具、果ては工具や武器の類まで、大図書室の落し物は幅が広い。
「…………吹雪、なにしてるの?」
「調査に集中しているのであります」
一方、吹雪はといえば、落し物の手帳やノートを開いては中身をチェックしていた。持ち主を特定できているので、十分に働いているのだが……。
「この日記、すごいことが書いてあります。セキララでありますっ」
そう言うが早いが、付箋に名前を書き付け表紙にペタリと貼る吹雪。日記の内容を晒した上で名前でも呼ぶつもりなのだろうか。
「それ、あまり褒められたことではないぞ」
「必要な犠牲であると自分は思うのであります。むしろ必要悪であります」
「いや、犠牲とか悪とか関係ないから」
「戦場はつねに非情なので……あっ、それを返すでありますコレキア!」
「返すわよ! 持ち主に!」
「……なにをしておるのだ、そなたらは」
冷静にツッコミながらも、羽純は作業を続ける。と、早くも一冊目のノートが終わってしまった。
「……はて、次のノートはどこにやったか……」
「はいっ!」
いつの間にやら近くに来ていた少女が、羽純に新しいノートを差し出す。
「おぉ、気が利くのぅ。ありがとう」
「えへへ〜、どういたしましてっ!」
「お手伝いでありますな。偉い偉い」
「うん、良い子だね。じゃあ、この本を、向こうのコーナーに置いてきてくれるかな?」
コレキアから手渡された日記を受け取り、少女は大きく頷く。
「うんっ、ルルゥに任せておいて!」
ウェーブのかかった金色の髪を揺らして駆けていく少女を見送り、羽純は二人に尋ねた。
「そういえば、あの子は二人の知合いかの?」
「いいえ」
「ぜんぜん」
三人は揃って首を傾げるのであった。
その少女、向かった先はカウンターの向いに作られた落し物コーナーだ。既に多くの人だかりが出来ていて、中ではホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)が一生懸命に人の整理をしていた。
「は〜い、落し物に心辺りがある人は順番に前に来てくださ〜い!」
名前を確認して、一つずつ持ち主に返してゆく。本当に大切なものもあったようで、なかには安堵のあまり涙ぐむ生徒も居た。そんな人混みのなかを、日記を手にした少女が抜けてくる。
「ホリーお姉ちゃん、これ持ってきたよ!」
「あ、ルルゥちゃんありがとうございます。疲れたら少し休んでいていいんですよ?」
「ううん、だいじょうぶ! これくらい平気だよ!」
その言葉に、ついホリィは頭を撫でてしまう。少女はくすぐったそうに目を細めた。
「大盛況だな、ホリィ。まだまだ落しものは沢山あるから、気合いを入れ直すぞ」
「ホリィちゃん、お疲れさまです! 疲れていたら代わりましょうか?」
「あ、甚五郎さん、詩穂さん。大丈夫ですよ、ルルゥちゃんも手伝ってくれていますから!」
分類の終わった甚五郎が、詩穂と一緒に次の荷物を持ってきたのだ。甚五郎はしゃがんでルルゥと目線を合せると、服に付いていた埃を払ってやる。
「手伝ってくれてありがとうな。おぬし、名前は?」
「ルルゥはね、ルルゥ・メリクリウスって言うんだよ!」
少女は満面の笑みで答える。
そして、右手を甚五郎の方へと差し出したのだ。
「あの、キミ、ルルゥと契約しませんか!?」
「……え、ええ!? ルルゥちゃんって、甚五郎さんのパートナーじゃなかったんですか?」
「ワタシはてっきり、詩穂さんのパートナーだと思っていましたよ!?」
顔を見合わせる二人とは対照的に、甚五郎は落ち着いた様子でルルゥへ尋ねる。
「わしの自己紹介をしていなかったな。わしは夜刀神甚五郎。どうして、わしと契約をしようと思ったのだ?」
「……え、えぇと……ルルゥはね、本当は本でね、さっきキミをみつけて、え〜と、え〜と……」
何かを言おうとして、上手く言い表すことが出来ないルルゥ。契約は互いにとって重要で大切なことだ。ルルゥのことを考えているからこそ、甚五郎も安請け合いをしない。
「どうしたでありますか?」
「あ、吹雪ちゃん。ルルゥちゃんがね、甚五郎さんと契約したいって」
向こうの仕事が一段落したのか、吹雪も落し物コーナーにやってきていた。一生懸命に言葉を考えるルルゥと、それを見守る甚五郎を交互に見遣って、吹雪は少女の肩に手を置く。
「考えたことを、そのまま言ってしまうといいであります。困ったときは自分の直感を信じてみるのも正解でありますよ」
「……うんっ」
吹雪を見上げて小さく頷くと、ルルゥは小さく息を吸う。
「あの、びびっときました! ルルゥと契約しませんか!? きっと、もれなくいいことあるかも!?」
「…………ふっ、ははははは! そうか、びびっと来たのか。わかるような気がするぞ。……うん。わしと契約してくれ、ルルゥ」
甚五郎が、ルルゥの右手を優しく握る。すると、溢れ出した光が周囲を満たした。
「これで二人はパートナーでありますな」
「良かったですね、二人とも!」
「これから、よろしくお願いするね!」
はにかむルルゥの頭を、甚五郎は優しく撫でる。
「あぁ、こちらこそ。……しまった、そういえばルルゥは本ということは、魔法学校に許可を取らないといけなかったのか?」
「大丈夫ですよ。きっと、話せば分かってくれます……って、ホリィちゃんが目を回しかけてますっ!」
「だ、大丈夫です〜〜、ルルゥちゃんのためなら、ワタシがんばります〜〜」
「目に見えてグロッキーでありますな」
「おぉ、すまないホリィ!」
「ルルゥもお手伝いするよ!」
甚五郎たちは慌てて落し物の返却にとりかかった。
まだまだ、この楽しい時間は終わりそうにない。
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