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   6

「ツギハギ横丁は、繊月の湖に建設された巨大な商店街です。当初、町並みに合わせた美しい景観になるはずでしたが、参加店舗が増えるにつれ、設計にズレが生じてしまいました。
 複雑な場所ですので、ご利用の際にはご注意ください。くれぐれも、奥まで入りこまれませんよう。迷子になると大変ですので……」


「ここがアイールのツギハギ横丁なのね……」
 川村 詩亜(かわむら・しあ)は、きょろきょろと辺りを見回した。不思議なことに、建物が重なり合って見える部分がある。――もしかしたら、実際に重なっているのかもしれないが。
 詩亜はゆっくりと歩き出した。特にどの店へ行くというわけではない。ツギハギ横丁はその構造ゆえに、存在自体が観光名所と化していた。
「噂には聞いたことあったけど、本当に迷路みたい。玲亜、離れたら間違いなく迷子になるんだから……あら? 玲亜は?」
 後ろにいたはずの川村 玲亜(かわむら・れあ)がいない。少なくとも半径五メートル以内の道路や店には姿が見えない。
「ま、まさか……既にあの子迷子なのっ!?」
 しかし、詩亜はそれほど慌てなかった。玲亜には発信器が取り付けられている。銃型HCで位置を確認し、そちらへ向かった。――いない。
「あ、あら?」
 そう、複雑化したこの商店街、すぐ目の前にいるようでも上だったり下だったり、そこへ向かうにはぐるりと回り道をしたり、ひょっとすると店の中を通らなければ目的地に着けない――そんな場所だったのである。
「れ、玲亜〜!?」
 その事実に気づき、詩亜は真っ青になった。


 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)マネキ・ング(まねき・んぐ)は、ツギハギ横丁活性化のため、組合会議を開いていた。
「遅れてすまん」
 食料品店を構えるシドが、頭を下げながら会議室に入ってきた。
「バイトがなかなか来なくてなあ」
「大体の話は終わっちまったよ。と言っても、中身はいつもと大差ないがな」
 顔見知りの店主がそう言ったところで、マネキの番になった。
「問題は、だ。本来ならもっとまともに整備されるはずだったが……何処の馬鹿が線引きしたのかこの通り、スラム街化する有様になっており、極端な貧富の差が生まれる事態にもなっているのだよ」
「しかし、今更、直しようもないだろう?」
「そんなことになったら、うちが真っ先に追い立てられそうだ」
「それに、それを目当ての観光客もいることだしな」
「いやいや、早まってはいけない」
 マネキはゆっくりと手を振った。ちなみにマネキ、さすがに招き猫の姿では説得力がないので、今は人型である。
「例の鉱脈の噂は、皆、知っているだろう? あんな物を掘り返せば、それこそゴールドラッシュよろしく一時的に莫大な発展はするが、後々とんでもない事態になるだろう……」
 どんなとんでもない事態に陥るのか分からなかったが、マネキの【根回し】や特技である演説のおかげもあって、店主たちは「そうか」「少し考える必要があるな」と口々に言い出し、
「どの道、ハーパーを呼んで相談する必要があるんじゃないか?」
「そうだな。あいつにばかり、いい思いをさせるわけにもいかないからな」
「次の会議はあいつを呼ぼう」
ということに決まった。
 マネキは内心、ほくそ笑んでいた。今度はハーパーを説得し、鉱脈を手に入れる。奇貨居くべしと言うではないか。この世の支配者たる我が、この一大事業を早期に執り行わねばならぬ……そして完成した暁には全ての貢献が我の元に……。
「ククク……」
「マネキ、お前何か企んでないか?」
「いいや」
 セリスの問いに、マネキはしれっと答えた。
「まったく……」
 マネキが何を考えているか分からないが、鉱脈を簡単に掘り出していいものか、セリスは案じていた。
 アイールは、比較的にモンスターやイレイザー・スポーンの出現率はまだ低い傾向にある――皆無ではない。ジョーイたちの親が殺されているからだ――が、もしかしたら、モンスターたちが敬遠する何かが町にあるのだろうか、と考えていたのだ。
 ひょっとすると、鉱脈に何かが眠っているのかもしれない。“名無し”が何か知っている可能性もある――。
「ちょっといい?」
 会議が終わるのを待って、それまで見学していたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が手を上げた。
「ハーパーの依頼について訊きたいことがあるの。最近、彼の傍に女性が二人いるって聞いたんだけど?」
 店主たちは一様に顔を見合わせた。
「ハーパーに女?」
「聞いたことないぞ」
「あいつ、モテねえからなあ」
「そういうんじゃなくて」
「ああ、もしかして、あの美人の姉ちゃんたちのことか?」
と言ったのはシドだ。「ハーパーんとこに、厄介になってるって聞いたぞ」
「多分、その二人ね。名前は分かる?」
「確か、サリーユーリ、だったっけか。ロストテクノロジーを探して来たっつってたからなあ、ハーパーの話に乗ったんだろう」
「どこから来たとか、そういう話は?」
 シドは苦笑した。
「無茶言うな、姉ちゃん。そんな奴らは履いて捨てるほどいるんだ。いちいち、訊いたりしねえよ」
「そう……」
 念のため、シド以外の店主にも話を聞いてみたが、誰も二人のことを知らなかった。
 アガルタでリネンが開いている冒険者の店へその話が届いたのは、ハーパーが依頼を出して半日後のことだった。「子供たちの土地を手に入れる」というだけでも相当胡散臭いのに、その依頼を最初に言い出したのは、ハーパーではなく女だという噂もついてきた。
 依頼の精度は、冒険者の信用にも関わる。そこでリネン自身が調べに来たのだが、思った以上に情報がない。
「これは、本人に当たるしかないかしらね……」
 さてどうしよう、とリネンは考えた。