天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

魔術師と子供たち

リアクション公開中!

魔術師と子供たち

リアクション

   7

「お姉ちゃん、こっち行ってみようよ。――お姉ちゃん?」
 振り返った川村 玲亜の顔から、音を立てて血の気が引いた。ついさっきまでそこにいたはずの川村 詩亜の姿が見えない。
「あ、あれ? お姉ちゃん、やだな、かくれんぼ?」
 本当についさっきまで、玲亜の前にいたのだ。面白そうな看板を見つけて、詩亜を誘って走り出した。――そのはずだったが、詩亜はついてきていなかった。
「う、嘘嘘、嘘〜? お、お姉ちゃん〜!?」
 詩亜を求めて玲亜が半べそを掻いていた頃、詩亜は彼女のすぐ下で「玲亜〜!?」と走り回っていた。


「……迷子?」
【隠れ身】で姿を消していた野部 美悠(のべ・みゆう)は、玲亜とすれ違ったが、今の最優先事項は目の前を行く男の尾行だと思い直した。
 ハーパー家の若い衆である。年は二十歳を越えたぐらいだろうか。ハーパーの家を出たところから、ずっとつけてきた。
 男は時々、知り合いと行き会っては何か話している。美悠はどうにか男の話していることを見定めようとしたが、彼が笑ったり不機嫌だったりするのは分かっても、その内容までは確認できなかった。
 やむなく美悠は、気配を読まれる危険を冒し、男の近くに寄った。ちょうど、通りがかった女に声を掛けられたところだった。
「悪ぃな、これからステーキハウスに行くんだ」
「あらステキ、あたしも連れてってよ」
「悪ぃ、今、金ねえんだ」
「なーんだ。金ない男に用はないよ!」
 美悠はそれだけを聞くと、男から離れ、パートナーたちに連絡を入れた。


 ステーキハウスはステキハウスのすぐ傍にあるレストランだ。料理の全てはアルクラント・ジェニアスが腕によりをかけ、エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が店番をしていた。
「賑わっているようだな」
 カウンターでちびちび酒を舐めるエメリアーヌの前に、ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)八上 麻衣(やがみ・まい)が座った。
 店のど真ん中に陣取っているのは、ハーパー家の若い衆だ。四人いる。
「そう見える? 一番安いのを頼んでるのよ、あいつら」
「よく来るの?」
「ミャンルーにビラ撒かせた日から、ほとんど毎日。まあ、ステキハウスってタイプじゃないけどね」
「早く仕事終わらねえかなあ!」
 ため息をつきつつ、やけに大きな声を上げた者がいた。四人の中でもやや年嵩だ。
「ボーナス貰って、ぱあっと遊びてえよなあ!」
「もっとイイトコ行きたいよなあ!」
「……良くないところで悪かったわね」
 エメリアーヌはぼそりと言い、ケーニッヒと麻衣にコーヒーを出した。
「仕事って、例の鉱脈かしらね?」
 麻衣はふーふーと冷ましながら、声を潜めて尋ねた。
「多分ね。町中その話でもりきりよ」
 テレビでジョーイが訴えたため、今やアイールでこの件を知らぬ者はいなかった。
「だが」
とケーニッヒが大真面目な顔と口調で言った。
「逆の噂も聞いたぞ。『子供たちの牧場の地下にレアメタル鉱脈がある、という話は、ハーパーを陥れるために何者かが信じ込ませたガセネタだった』とな」
「……それ本当?」
 エメリアーヌも声を落とし、ちらりと若い衆に目を向けた。
「あくまで噂だが、な」
「初耳」
「ここだけの話、神社に来る人が話しているのを聞いたの」
「ああ、なるほど」
 麻衣はアイール神社で巫女のバイトをしているのだ。
「本当は外に漏らしちゃいけないのかもしれないけど……話が大きくなっているでしょ? だから」
 エメリアーヌは頷いた。
「あんまり浮かれて話に乗ると、痛い目に遭うってことね。分かった。知り合いに少し話してみるわ」
 ケーニッヒと麻衣の話は、二人の作り話だった。ジョーイたちがこの先牧場を続けるために、ハーパー以外の人間が手を出さぬようにと考えたのだ。
「あのぅ……」
 その声に顔を上げると、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が入り口に立っていた。若い衆が口笛を鳴らすのを、エメリアーヌが鋭く睨んで制す。
「いらっしゃい」
「あ、いえ、私、客じゃないんです。友達を探しているんですが……」
「はぐれたの?」
「は、はい、一緒に遊んでいたはずが……一度は連絡が取れたんです。それで、こちらに いるというような話だったので……」
 エメリアーヌは首を傾げた。
「こっちって、この店?」
「はい」
「連れって、どんな人?」
 ヴェルリアに見せられた写真にも、エメリアーヌはかぶりを振る。ケーニッヒも麻衣も、見ていないという。
「分かりました。私の勘違いだったのでしょう。また探してみます」
「下手に動いたら、行き違いになるんじゃない?」
「でも、心配ですので」
 ぺこりと頭を下げたヴェルリアは、方向音痴のくせに、やけに自信に満ちた足取りで出て行った。午前中、柊 真司がステキハウスにいたことなど、無論誰も知る由もなかった。