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魔術師と子供たち

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   8

 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、地質調査の許可を取るため、町役場へ赴いた。その上で、町に共同事業を持ちかけるつもりだった。町を採掘の主体に据えれば、アイール自体に利益をもたらし、シャンバラ・セキュリティ・システムにも有益だという判断からだ。
「許可は出来ません」
「なぜだ?」
 役場の女性は、ダリルの顔も見ずに答えた。
「町の東側は全て、アダム・ハーパー氏とジョーイ・ラッシング氏の所有だからです」
「何だって? 全て?」
「そうです。この辺の範囲ですね」
 そこでようやくダリルの方へ体を向け、女性は地図に丸を付けた。
「ハーパー氏に関して言えば、湖の真東部分にもかかっていますね」
「丸の付いていない部分は?」
「湖の周囲は、ほとんど持ち主がいますよ。といっても、ハーパー氏ほど大きな土地を持っている人はいませんが。無論、町も所有していますが、お尋ねの範囲に関しては、残念ながら町は関与していません」
「この、丸の外は?」
「イレイザー・スポーンがいるかもしれませんよ? 四か月ほど前にも、十人近くがモンスターに殺されたばかりですからね」
 それはおそらく、ジョーイたちの親のことだろう。逆に言えば、町のごく近い場所であれば、今のところモンスターに襲われることはないということだ。
 当てが外れたダリルは、そのまま帰る気になれなかった。
 そこでこっそり、ハーパーのデータを頂こうとノートパソコンを立ち上げた。ネットに侵入し、ハーパーの持つ鉱脈のデータを探っていく。
「……? どういうことだ?」
 ネットにあるのは、ハーパーの土地関係の書類ばかりだった。随分、買い漁ったようである。また、鉱脈を掘るための重機を買ったことも分かった。
 だが、肝心要の鉱脈に関するデータがほとんどない。
 どうやらハーパーはアナログ人間らしく、パソコンにデータを残す、というようなことはほとんどしないらしかった。


 穏やかな陽気だったが、町の上空では強い風が吹いていた。
 巧みに風に乗りながら、スフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)は写真を撮っていた。ついでに、行き交う人々を観察する。スフィアの把握できる範囲内では、ハーパーもジョーイも、家から出ていないようだった。逆に彼らの家に出入りする人々は多く、その対応に追われているのだろうと、スフィアからデータを受け取った佐野 和輝(さの・かずき)は考えた。
 和輝は中継基地にある情報管理室への情報収集のため、アイールにやってきていた。取り分けツギハギ横丁は、住民ですら把握し切れていない広大さと複雑さを併せ持っており、対象としてはかなり遣り甲斐のある仕事だ。
「ねえねえ和輝〜、お仕事まだ終わらないの〜?」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が、和輝の後ろから抱きついて来た。
「悪いな、アニス。もうちょっとかかりそうなんだ。退屈なら遊んできていいぞ。……ツギハギ横丁以外なら」
 横丁に入れば迷子になるのは目に見えていた。データ収集がうまくいかないのは、どこかの店からジャミングが出ているらしく――イコンのパーツを扱う店があるぐらいだ。それぐらいはありえるだろうと和輝は思った――、従って見失えば最後、合流するのは手間がかかる。
「和輝の横がいい」
 アニスはそう言って、ベッドに寝転んだ。食事も部屋に運んでもらうため、二人はほとんど宿から出ることはない。昨日はさすがに運動不足になるからと、二時間ほど散歩をした。アニスは何もない空間に向かって色々喋っていたが、彼女には何か見えていたのかもしれない。
 散歩のついでに情報屋に会って、話をした。その情報屋から、メールが入ってきた。
「……ほう?」
 ハーパーはこの町に来て以来、次から次に土地を買い漁っていた。全ての土地を一度は掘り返し、検査し、そして牧場にしている。
「ということは、目的の物が見つからなかった――ということか」
 ハーパーの目的が、端から鉱脈であったかは怪しい。だが、次から次へ土地を買い足しているからには、どこかでその情報を得たのだろう。そしてここしばらくは、鉱脈の調査を行っていない。
「つまり、残るは子供たちの家だけ――よっぽど信頼できる情報なんだな」
 ポーン、と音がして「追伸」という件名が表示された。
「『しかしその鉱脈の話自体、ハーパーを陥れる嘘だとの噂もある』――おいおい」
 和輝としては、先程までの考えは捨てがたかった。後者よりも前者の方が、事実に基づいた推論であるからだ。だが、一方で火のないところに煙が立たないことも知っている。
 ならば、と和輝は手に入れた情報を、匿名で流すことにした。ハーパーにつくか、ジョーイたちにつくかを決めかねている者たちの役には立つだろう。


「Hi、あなた、ステラ・ミラーね?」
 シドの店から出たステラは、声を掛けられ身構えた。荷物を持った“名無し”が、彼女と相手の間に身を滑り込ませる。
「心配しないで。私はアイール水路警備局ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)よ」
 ローザマリアは害意のない証拠に、身分証を提示した。「何かお困りのようね。話してみない?」
「その前に」
 ちらり、と“名無し”が自分たちの背後に目をやった。
「そうね」
 ローザマリアは頷き、ステラの手を取ると「走るわよ」と小さく声を掛ける。次の瞬間、三人は駆け出した。「あっ」という声が聞こえてくる。
 狭く曲がりくねった路地を駆け抜け、水路に出ると、ローザマリアはステラを抱えてボートに飛び下りた。荷物を持った“名無し”も続く。男たちが追いついたときには、ボートは岸を離れていた。
「――さて、ここなら邪魔が入らず話が出来るわ。ちょっとエンジン音が煩いけど。あなたはどうしたいと考えているの? ジョーイと同じ意見?」
 ステラはスカートの裾を整えると、ボートの中に座り直した。そして、
「私は、ハーパーさんに土地を売ってもいいと思っています」
「――へえ?」
 ローザマリアは続きを促した。
「もっとも、あの家と土地はジョーイの物ですから私には何も言う権利はありませんけど、でも、五人全員が一緒に暮らせるならどこでもいいと私は思っています」
「つまり、ハーパーが土地を買ってくれればOK? 買ってくれそう?」
「ジョーイが承知すれば。でも、あの子の気持ちも分かるんです。ご両親の形見を、そうそう簡単には手放せないでしょう……」
 意外だった。子供たちは決して一枚岩ではないようだ。
「相手がそれを分かってくれればね……」
 借金もあるようだから、気長に待てばジョーイは陥落するだろう。だが、ハーパーは事を急いでいるようだ。
 その時、ローザマリアの無線機が鳴った。しばらく相手と話をしていた彼女の表情が険しくなる。
「ちょっと面倒なことになりそうよ」
 和輝からの情報だった。スフィアからの連絡で、エディたちが町に入ったということだった。