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バレンタインはチョコより甘い?

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バレンタインはチョコより甘い?

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第4章

 中庭では、テレビ放送の生中継がはじまろうとしていた。
 メインキャスターは、もちろん、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)。久しぶりに入った「温泉へGO!」の仕事に勇み、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)共々、風船屋へと乗り込んできた。
「今回は、温泉宿meetsチョコフォンデュ? 意味不明な取り合わせね。一体何をしたいのかよく判らないカオスぶりだけど、まあ、楽しけりゃ、それでいいや!」
 大雑把に判断して、カメラに笑顔を向ける。
「みなさまこんにちは〜今日の『温泉へGO!』は、フォンデュ祭りの開催されている風船屋からお送りします!」
 チョコファウンテンの前から、拍手を送ったのは、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)と、連れの大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)。ふたりとも、旅番組にしては演出が過激な「温泉へGO!」のファンだ。
「誘ってくれてありがとな。わし、『温泉へGO!』の『ふぁん』なんじゃ。旅番組らしからぬ過激な演出とやらで、笑わせてくれるからのう」
「超じいちゃんもか。実は、自分も、前にここのロケに来て以来、あの番組のファンで……あ、いや、その……」
 ギロリ、と鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)に睨まれ、剛太郎が口を噤む。昨年の春、剛太郎に騙されて、「温泉へGO!」のレポーター・オーディションに出場させられ、白ビキニ姿で冷水風呂や熱湯風呂に飛び込まされたことを、望美は忘れていない……というか、忘れられるわけがない。
「チョコ風呂って聞いて、下心見え見えだと思ったけど、入れるお風呂じゃなかったのは、チョット残念だわ」
「わしも、入れる風呂ではなくて残念じゃが、せっかくだから、『ふぉんでゅ』と言うモノを食してみようと思うぞ」
「確かに、想像していたモノと違っていたでありますが……」
 剛太郎が「チョコ風呂」という、なんとなくエロそうなフレーズに惹かれたように、藤右衛門も、何かを淡く期待していたのだろう。剛太郎と望美といる手前、決して顔には出さないが。
「まあ、なんにせよ、妙なことにならなくて良かったわ。正攻法でフォンデュを楽しみましょ」
 リボンで可愛らしく飾り付けられたフォークに、まずは定番の苺を刺し、流れ落ちるチョコを絡めてパクリ。
「うーん、美味しい!」
「なるほど、瑞々しい苺の甘さと、濃厚なチョコの甘さが混じり合って、なかなかの味わいでありますな」
「うむ、美味いぞ! 酒が欲しくなる味だな!」
「あたし、ワインとブランデーを持ってきたわ」
「実は、自分もウイスキーを持参したであります」
「他とは違う赴きの温泉宿じゃが、これはこれで楽しめそうじゃ」
 フォンデュを肴に、楽しい飲み会がはじまった。チョコ風呂に入れなかったのは残念な剛太郎だったが、姿をみかけたマーガレット・スワンの活躍には、まだ、希望を託せそうだ、と感じている。なにしろ、メインキャスターとサブキャスターは、今回、タオルの下に、水着を着ていないのだ。つまり、何かトラブルがあれば、ふたりは……! これは、ちょっとぐらい、いや、かなりHな展開が期待できるのではないだろうか?
「ちょっと、どうしたの?」
「な、なんでもないでありますっ!」
 望美の探るような視線を避けた剛太郎は、チョココーティングしたバウムクーヘンを、口いっぱいに頬張った。

「では、ここで、ステージをご覧頂きましょう!」
「【846プロダクション】の、歌って調理できるアイドル、ジーナさんの登場です!」
 セレンフィリティとセレアナの紹介に合わせて、ステージ横で待ち構えていたオーケーが、フォグマシンを作動させる。白く細かい霧状の煙が晴れると、そこは、フルフィが運び込んだ小道具で、キッチンに様変わりしていた。
「ジーナのクッキングステージに、ようこそおいで下さいました♪ これから、いろいろなチョコに応用できるガナッシュクリームの簡単な作り方を説明しやがりますね!」
 こんがらがった敬語ながらも、可愛くご挨拶したジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)の横で、助手役の新谷 衛(しんたに・まもる)が、板チョコを手にうろうろしている。
「なーなージナ、今回使うのは、どこのスーパーでも売っている板チョコと生クリームだよな。これ使って、どう作るんだ?」
 林田家ヒエラルキー最下位の衛の質問を無視して、客に頬笑みかけたジーナは、ビニール袋に、板チョコを突っ込んだ。
「まず、チョコをシール付きのビニール袋に放り込んで、叩き潰します! 刃物を使わないので、お子様でもお手伝いできますよ」
「……叩……なぁ、普通はコレ、包丁で刻んだりするよな?」
「叩き潰します!」
「ハイハイ、で、オレがコレを叩くのね」
 ジーナに笑顔のまま睨まれた衛が、手加減しつつ、ビニール袋をボコボコに。
「次は、生クリームで溶かしながら、泡立て器で泡立てるのです!」
「生クリームを入れるんだな…って、鍋で温めとくのか?」
 衛は、とまどいながらも、ボールにあけたチョコレートの上に、生クリームを注いだ。
「ほー、混ぜてると自然と溶けるのな……そこに少しバターを加えて……」
 差し出されたバターを加え、泡立てるのも、もちろん、衛の仕事だ。
「もたもたっとするまで混ぜるのか?」
「ハイ、これで、ガナッシュクリームは完成です! このままだと扱い方が難しいので、冷凍庫で固めて、トリュフや生チョコにして下さいましね!」
「なるほど、丸めてココナツで飾ればトリュフ、伸ばして賽の目に切ってココアかければ生チョコってワケか……楽だな! 今から帰って作ることもできるぜ!
「これで、チョコファウンテンに体を浸けて『私を食べて』ってしなくても大丈夫ございやがりますですよ!」
 衛のボケ役が意外なほどはまったおかげか、クッキングステージは大成功。
 満場の拍手を浴びたジーナは、緒方 章(おがた・あきら)の方を向いて、ニタリと笑い、心の中で呟いた。
(……ってか、そう樹様に迫ることは見え見えなのですよ、バカ餅!)
「……バカラクリめ、舞台上から牽制するとは、考えましたね」
 ピタリと止まった章を、林田 樹(はやしだ・いつき)が振りかえる。
「どうした? 何かあったのか?」
「何もないよ、樹ちゃん」
「そうか、最後尾カードを準備しておいたのだが、目立った混乱が無くて良かったな、アキラ」
「盛況で良かったけど、ステージ周りに【要塞化】を施すのは、やりすぎだったかもね」
「イルミンの料理人や芦原の忍び娘が、心配していたからな。有事の際には、2人で協力して不埒な輩を排除しよう、な!」
 樹は、今日も風船屋の板場に入っている涼介を「イルミンの料理人」、仲居として働いているフレンディスを「芦原の忍び娘」と呼ぶ。章は、樹が封印を解いたジーナを「バカラクリ」と呼び、ジーナの方は章を「バカ餅」と呼んでいる。
「まーね、バカラクリは【846プロダクション】の中でも、ぺーぺーのアイドルだからね。今回のクッキングステージも、樹ちゃんが根回しして手配してくれたんでしょ?」
 ずいっと顔を寄せた章は、樹を恥ずかしがらせるのが大好きだ。
「……ってか、バカラクリだけずるいよねぇーいくら樹ちゃんとのつきあいが長いとはいえ、ここまでして貰えるなんてさ」
「……何だアキラ、妬いているのか?」
「もちろん! 僕は樹ちゃんの旦那なんだから、もう少しサービスあっても良いんじゃない?」
「?!……確かに私達はそ、そういう間柄だが……え、サービスって、な、何をすれば……」
 たじたじとなった樹は、恥ずかしくて、「事実婚」という言葉を口にすることができない。
「例えば、チョコファウンテンのチョコを体にかけて、食べさせてくれるとか?」
「……あ、あのだなアキラ、食べ物を無駄にするようなことは、どうも私はできない、ぞ。前線では、食料の有無が指揮にも関わるし、な……それに……そういうモノなら、事前にジーナと作っておいてある」
 樹が取り出したのは、「雪ウサギのチョコレートケーキ」。マフィンカップの中へ、ブラウニーの生地を入れて焼いたものに、生クリームと粉砂糖で飾り付けをした、可愛らしいチョコケーキだ。
「……以前、百合園のイベントで作った時の物と、同じモノだ……これで、良いだろう?」
 樹が尋ね終わる前に、章は、その身体にがばっと抱きついていた。
「え? 樹ちゃん、作ってくれてたの? ……嬉しい、僕、目茶苦茶嬉しいよ!」
「あわわわ、アキラっ! こ、公衆の面前だぞ!何をしているんだっ?! はーなーせーこのカードで殴られたいかっ!」
 じたばたと最後尾カードを振り回す樹は、相変わらず、ツンデレというよりツンばきっ! だった。