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バレンタインはチョコより甘い?

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バレンタインはチョコより甘い?

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第6章

「こんなこともあろうかと、ちゃんと持ってきたんですぅ」
 祭りの会場から見えた超巨大ひよこの姿に、ルーシェリアは、いそいそと「麗茶牧場のピヨぐるみ」を着込んだ。
「放っておいてあちこちの施設等を壊されたら大変な損害になるですしねぇ。この前に来たときも、ピヨぐるみ姿で誘導を行っているので、ひよこたちからすれば見覚えのある、
仲間っぽいのがまた来たと思われるでしょう。今回もヒヨコの誘導、頑張ってみるですぅ」
 2匹の超巨大ひよこは、レティシアを見たときと同じように、ルーシェリアのことも、親と認識したようだ。
 ピヨー! ピヨー!
 高らかに声を上げると、ルーシェリアを目指しはじめた。
「さあ、ついてきてくださいねぇ」
 何度も振り返って後ろを確かめつつ、トコトコと進むルーシェリアの後を、超巨大ひよこたちがついていく。
「ダメだ、それじゃあ、面白くない!」
 去りかけた脅威を呼び止めたのは、マーガレット・スワンの叫びではなく、彼女が手にしたエサの袋だった。
「巨大生物は、祭りに乱入が定番だ! おい、おまえたち、こっちだ、帰ってこい!」
 マーガレット・スワンが、ステージ前にばらまいた「ペットが大きくなるエサ」から、漂う香ばしい香りが、チョコフォンデュの香りと混じる。
 ピヨーッ! ピヨピヨーッ!
 2匹の超巨大ひよこは、雄叫びを上げて、祭りの会場に突進してきた。
「そっちに行っちゃだめです、私について来なきゃだめですぅ」
 樹の【要塞化】で守られているとはいえ、超巨大ひよこの襲撃をテレビで生中継されては、風船屋の評判が……と、ルーシェリアがピヨぐるみの羽をパタパタさせて呼びかけるが、興奮してしまった超巨大ひよこたちの目には、チョコの香りをアクセントに加えたエサしか目に入っていない。
 ドスッ! ドスン!
 いつも通りチョコチョコとかわいらしく歩いているつもりなのだろうが、超巨大ひよこの1歩1歩に、祭りの会場が揺れる。
「なんで、こないなことに……ひよこさんたちは、ウチらと、ステージで一緒に踊るはずやったのに……」
「残念だけど、あれはもう、ひよこじゃないな」
 音々の嘆きを背に呟いたスレヴィは、マーガレット・スワンが投げ捨てたエサ袋を手にとった。
「なんとかして、祭りの会場から遠ざけよう」
 そう言いながら、アレフティナに「ペットが大きくなるエサ」を差し出す。
「んん? 何ですか、このエサ」
「あのひよこのエサだ。これを食べて大きくなれ」
 先にエサを食べさせたウシさんことペットのネコは、エサが口に合わずに途中で食べるのをやめてしまったせいか、中途半端な5メートル程度の大きさでゴロゴロ喉を鳴らしている。
 大きさに差があっても、やはりネコは怖いのか、ひよこたちは、祭りの会場への侵入をためらっているが、突破は時間の問題だろう。
「え!? 私がウシさんと協力して誘導? ちょっとスレヴィさん、私、そんなエサ食べませんよ! 全力で拒否です! 食べるんならご自身でどうぞ」
「フォンデュ祭りがどうなってもいいのか? さっきのステージも良かったが、まだ、女将と居候のステージが残ってる。楽しみにしていたんだろう?」
「怖いですー! で、でも温泉が……チョコが……!」
「理子たち……じゃなくて、真理子たちは大丈夫かしら?」
 心配するルカルカのために、淵が、フレンディスから理子の居場所を聞いてきた。
「ふたりは露天風呂に居るらしいぞ」
「大変! もう1匹のひよこが向かったのが露天風呂でしょ? 理子たちの胸を守らなきゃ!」
「……」
 胸? 最初に守らなきゃいけないのは胸なのか? そうツッコミを入れようとした淵だったが、急に蹲った。
「う……身体の具合が……」
「どうしたの? 大丈夫?」
 ググッ!
 ルカルカがさすろうとした背中が膨らむ。
「もしかして、『ペットが大きくなるエサ』を拾って食べたのね?」
「拾い食いなんかするか! 風で飛ばされたのが口に飛び込んだんだあああ!」
 ググググッ!
 あっという間に、淵は、超巨大ひよこと同じ大きさまで巨大化してしまった。
「よかったね、いつも大きくなりたがってたじゃない」
「フォローになっておらぬわっ」
 あまりのことに、驚愕したルカルカだったが、それはそれとして、軍人らしく非常事態に対処する冷静な指示を出しはじめた。
「ネコが踏まれそう。超巨大ひよこを押し戻して!」
「いいぞ! 超巨大ひよこ対巨大美少女戦士!」
 期待以上のスペクタクルに、マーガレット・スワンは、狂喜している。
「美少女戦士……ちがうな、男の娘戦士だろ」
 ぼそっと呟いた燿助は、
「聞こえたら踏みつぶされるぞ!」と、キロスに口を塞がれた。
 男の娘かどうかはともかく、巨大化した以上、超巨大ひよこをなんとかしたい淵だったが、しきりに動き回るもふもふな2匹を押し戻しているのは難しい、というよりくすぐったい。
「うっ、そんな場所をくすぐるでない! これ、じっとしておれ!」
 苦戦しているところに、陣が操縦する小型飛空艇エンシェントが飛んできた。
「声が届くように、顔の近くまで寄るぞ、ティエン」
「うん、おっきくなっちゃったひよこさん達が、みんなを困らせないようにしないとね。だって、もし困らせちゃったら、ひよこさん達だって可哀想だもん!」
 後部座席のティエンが、【適者生存】で、2匹に「めっ」で怯ませ、ティンが注意を惹いて、地上のルーシェリアに気付かせる。
「よし、今だ!」
 スレヴィは、撒き散らされたエサを集められるだけ集めて袋に戻し、チョコ風呂から汲んだチョコレートを少し垂らしてから、アレフティナに持たせた。
「かわいい動物、好きだよな? 思い切りたわむれてこい! がんばれ! 俺は後からついてくから!」
「一緒にがんばりましょうですぅ」
 ルーシェリアが先導して、エサとチョコの香りのするアレフティナが、超巨大ひよこたちを誘う。
「さ、さあひよこさん、エサはこっちですよー」
 ピヨ、ピヨ
 超巨大ひよこ2匹は、ルーシェリアとアレフティナの後を追い始めた。
「露天風呂が気がかりだから、合流しなきゃ!」
 ルカルカは、行列のしんがりを守る淵の肩に乗って、目的地を指示する。
「そちらに進むと、渡り廊下を壊してしまう。紅葉の木を目印に、大きく迂回するがいいぞ」
 小型飛空艇ヘリファルテに乗り込んだ義仲が、低空で、ひよこが通れる場所を探して、一行を導いた。
 エサのおかげか、チョコのおかげか、超巨大ひよこたちは、素直についてくる。
「うわぁーん!これじゃまるで私がエサみたいじゃないですかー! スレヴィさん、笑ってないで助けてくださーい! もしかして、最初からこのつもりでしたね!?」
「がんばってください、露天風呂までもう少しですよぉ、ほら、何かが見えてきたですぅ」
 ふかふかの山のように見えたのは、もう1匹の超巨大ひよこで、レティシアが見守る横で、すやすやと眠りこんでいた。
「ところで、元に戻るにはどうしたらいいんだ?」
 追いついたスレヴィが、首を傾げる。
「【清浄化】でもためしてみるか。バッドステータスなのか謎だけど」
「あちきが見たところによると、エサが消化されれば、自然に元の大きさに戻るようですよ。3匹とも、はじめに見たときより、縮んできましたからねぇ」
「なるほど、眠らせておくのが一番良い、ということだな」
「ねんねしてもらえれば、風船屋さんにも被害は出ないよね。お兄ちゃん、お願い」
 飛空挺を降りた義仲とティエンに頼まれて、陣が、【ヒプノシス】をかける。
「それにしても、こんなことでしか視聴率を稼げない三流プロデューサーは、シメた方がいいな」
 陣の台詞に、一同は、深く頷いた。
 それより、少し前の祭りの会場では。
「ちっ、ステージに体当たりさせるのは、無理だったか。まあ、いい。巨大なひよこと美少女と兎と中途半端な大きさのネコの対決シーン、ちゃんと撮ってただろうな?」
「撮ってるよ」
 ステージ前で、マーガレット・スワンに答えたのは、「温泉へGO!」のカメラマンではなく、ミスティだった。
「プロデューサーさんの悪企みは、私のデジタルムービーカメラで、撮っているから安心して。もう二度と、風船屋に悪さできないように、証拠として残しておくから」
「な……っ?」
 自分が連れてきたカメラマンは、一体? と、マーガレット・スワンが振りかえると、超巨大ひよこたちには目もくれず、メインキャスターのセレンフィリティにひっついていた。
「さあ、盛り上がってきたフォンデュ祭り、ここでさらに楽しくしてしまいましょう!」
 にっこりと笑いながら、恋人のサブキャスターのセレアナに「きゅぴーん」と抱きつき、タオルをはぎ取る!
「な、なにするのよ、セレン……!」
 セレアナは、抗議する間もなく、ファウンテンから噴き出したチョコが満たすチョコ風呂の中へ、突き落とされた。
「はい、人間チョコフォンデュの出来上がりー!!」
 イベントが終了したら、あとは温泉につかるだけ……などと、呑気なことを考えていたセレアナは、全身水浸しならぬチョコ浸し状態。愉快そうに笑うセレンフィリティにメラメラと殺意にも似た凄まじい怒りを燃やして睨み付けた。
「……怒らないでよ、おかげで、超巨大ひよこ騒ぎをごまかせたんだから」
 ビビるセレンフィリティに、チョココーティングされたセレアナがジリジリと迫る。
「私、怒ってなんかないわよ? 怒ってないから」
「ホント? ホントに怒ってない?」
「……だから、一緒に、チョコ風呂を楽しみましょう!」
 セレンフィリティのタオルをはぎ取ったセレアナが、自分ごと、彼女をチョコ風呂へ引きずり込む。
「何をやっているんだ、おまえたち! そんなことより、超巨大ひよこを……あれ? あれれ?」
 走ってきたマーガレット・スワンの服が、ビリビリと破けていく。巨大な注射器にしか見えないミスティの小型飛空挺レティ・インジェクターの仕掛けたトラップが作動したのだ。
「し……仕方ない、こうなったら……」
 カメラの前に、素っ裸を晒すことになってしまったマーガレット・スワンは、やけくそで、チョコ風呂へと飛び込んだ。
「プロデューサーさん、いらっしゃーい!」
「まったく、おまえが余計なことをするから……!」
「そんなに褒めないでよ!」
「褒めてないわよ、セレン!」
 美女三つ巴のチョコまみれキャットファイトに、剛太郎、藤右衛門は大喜び。
「こういう展開を待っていたであります! あ、いや、風船屋のために!」
「期待通り……いや、その、さすが『温泉へGO!』のメインキャスターじゃな、騒動を誤魔化した手腕、さすがであった」
「そうそう、そして、自分らが無邪気に喜んでいれば、テレビの前の視聴者の皆様の目を、超巨大ひよこから完全に逸らしておけるわけですよ」
「うむ、それもこれも、風船屋のため。客と宿が一体となって盛り上げる、いわば祭りの本道じゃな」
 何のかんのと言い訳しつつ、キャットファイトに声援を送るふたりを不審そうに見ながら、望美も、超巨大ひよこ騒ぎが生中継されなかったことに、ほっとしていた。
「あとは、あのひよこたちが、無事に元の大きさに戻ればめでたしめでたし、ね」