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バレンタインはチョコより甘い?

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バレンタインはチョコより甘い?

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第3章

 神崎 優(かんざき・ゆう)神崎 零(かんざき・れい)は、フレンディスに、藤の間に案内された。
 中庭からは一番遠く、祭りの騒ぎもほとんど聞こえない落ち着いた部屋だ。小さいながらも、露天の部屋風呂付きで、夫婦水入らずで過ごしたいという希望にぴったりだった。
「疲れたんじゃないか?」
 緑茶を淹れたフレンディスが下がると、優は、零のお腹に、そっと手を当ててみた。零は妊娠2ヶ月。幸せをかみしめているが、つわりが心配な時期だ。
「大丈夫よ。私、あまりつわりが酷い方ではないから。それより……」
 零は、優に、自分の髪の色と同じ濃い茶の包みを渡した。
 中身は、内緒で用意した手作りのバレンタインチョコだ。
「ありがとう……」
 結婚してかなり経つのに、こういったときの優は、恋愛ごとに疎く、すぐに顔を赤くしていた彼に戻って、照れてしまう。
 それでも、ちゃんと礼が言えたのは、夫として、彼なりに成長したからなのだろうか。零は、そんな優の良いところ、特に、彼の優しさを、周囲の人々に、少しずつでもいいから知ってほしい、と思う。
「食べ物のにおい等で、つわりが酷くなったりしたら言ってくれ。厨房を借りて玉子粥を作ってくるから」
 玉子粥は、零が風邪で具合の悪いときや、食欲のないときに、優が作ってくれる、色々な野菜と玉子が入っている粥だ。
 優の気遣いが嬉しかった零は、彼の腕にもたれて、少し甘えてみた。
「うん、ありがとう。でも、酷くならなくても、優の玉子粥、食べたくなったら頼んじゃうかも♪」
 静かに温かな時間の流れる藤の間から遠く離れた梅の間では、神崎夫婦とは正反対といっていいほどかけ離れた目的に胸を躍らせる耀助とキロスが、そそくさと露天風呂行きの支度を調えていた。
「なあ、さっき受付にいた子、なかなかいい感じだったじゃねえか。後で声かけてみようぜ」
「うーん、俺の好みからすると、子供っぽいな。色気っていうか、はっきり言って、胸が足りないって言うか。それより、廊下で擦れ違った子の方が……」
「分かってねえなあ。俺が言いたいのは、青い果実には青い果実なりの良さがあるってことでさ……」
 香菜が別室なのをいいことに、客や仲居の女の子たちを品定めして、言いたい放題のふたりだった、が。
 コンコン
 ノックの音に、思わず顔を見合わせる。
「誰だ?」
「布団の支度に来た仲居だろ」
「お布団の支度を……」
 耀助の予想通りの答えが、かろうじて聞き取れるほどの小さな声で返ってきた。
 廊下と客室を隔てているのは、和風の木製引き戸だが、鍵はしっかりと掛かるようになっていて、内側から開けないと、仲居も入れない。
「はいはい、どうぞ。もしかして、黒髪シャギーのかわいい仲居さんかな?」
「俺は、乳白金ロングの、ちょっとドジっぽい仲居さんだったら嬉しいなあ」
 女の子の仲居さんバージョンの北都と、フレンディスを、それぞれ思い浮かべた耀助とキロスが、先を争って、引き戸を開く。
 しかし、そこに立っていたのは、仲居は仲居でも、ポータラカ人のイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)
「ぎゃああああっ!」
「ふがあああっ!」

 梅の間の隣、菊の間に陣取って、聞き耳を立てていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、男たちの悲鳴のハーモニーに、力強くガッツポーズを決めた。
「リア充を目指す裏切り者に制裁を!」
 かつて、「リア充爆発しろ」と言ったキロスが、フォンデュ祭りの温泉宿で女の子と出会いを求める……そんなことは、裏切り行為に他ならない。
 甘い出会いなどは、非リア充エターナル解放同盟公認テロリストである自分が、全力で阻止せねば。
「まず、彼らの部屋にイングラハムを接客係として差し向け、出鼻を挫く作戦は成功であります!」
 次なる作戦は、床を滑りやすくして女の子の前で転ばせ、「キャー! この人スカートの下覗こうとしている!」的な濡れ衣を着せること。
 吹雪は、いそいそと、ピヨぐるみを着込み、周囲からはバレバレの偽装の準備をはじめた。