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バレンタインはチョコより甘い?

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バレンタインはチョコより甘い?

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第5章

 陽一は、音彦の告白を聞いて、小屋の様子を見に行ったが、3匹の巨大ひよこに、変わった様子はなかった。
 音彦に尋ねても、「マーガレットに小屋の場所を教えた」以外の情報はない。さすがのマーガレット・スワンも、妙な細工を諦めたのかもしれない、と思いながら、陽一は、影武者としての役目を果たすため、理子の姿に……正確には、理子が変装した北条真理子そっくりの姿になって、祭の会場に向かった。
「理子さんたちもステージで歌ったりするつもりなんだろうか……お忍びで来てる身では身バレする可能性が高まるが……」
 ふたりとも、只でさえ、分かりやすい偽名を使っているし、変装だって、帽子を被って黒眼鏡を掛けただけだ。何度もこの風船屋で顔を合わせている客や仲居の中には、すでに、正体を見破っている者も少なくないだろう。
「しかし、あまりお堅い事を言うのは野暮だし、理子さんたちが歌うなら、強硬に反対するわけには……」
 そんなことをブツブツと呟きながら、クッキングステージを見ていると、美由子が、長いホースを運んできた。
「それ、一体、何なの?」
 理子っぽく尋ねると、正体が陽一だと知っている美由子が、得意そうに胸を反らせる。
「豚汁よ!」
「ぶ……?」
「町まで戻って、豚汁を満載したタンクローリーを連れてきたのよ! チョコレートフォンデュなんて甘ったるいもの、皆、よく食べられるわね! 私が、ちょっとは食べられるようにしてあげるわっ」
「ま……待て待て待て!」
「何故止めるのよ!」
 逆ギレした美由子が掴みかかって、帽子が落ちる。
「お兄ちゃんだって、結婚したリコと、リコとの間に生まれた子供達と一緒に、チョコバナナ豚汁をおいしく食べてたじゃない!」
「夢の話だろそれは!」
「仕方ない……普通に食べるか」
 美由子が、ガックリと肩を落としたところに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がやってきた。
「あ、リコも来てたんだ。セレちゃんは?」
 北条真理子用の帽子を落として、黒眼鏡をかけた理子そっくりの姿になった陽一に駆け寄った美羽だったが、「んんっ?」と、首を傾げて、ぐるりと一周。
「リコじゃなくて、影武者さんだね」
 あっという間に、見抜いてしまった。
「本物のリコは?」
「露天風呂だ。残念だが、俺には、風呂の中まで護衛はできない。だから、影武者として、理子さんの姿で祭りに現れたんだ」
「じゃあ、私の出番だね!」
 美羽は、コハクと頷き合って、露天風呂へと駆け出した。

「音々と私のステージに、3匹を連れてきてほしい。一緒に踊れば、客が喜ぶだろうからな」
 清盛にそう頼まれたレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は、ピヨぐるみを着込んで、巨大ひよこの小屋に向かった。デジタルムービーカメラを手に、後を追うミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は、祭りとその裏側の様子を録画に残し、ドキュメンタリーの素材として、テレビ局に売り込むつもりだ。
「ピヨピヨもふもふのアイドルステージ、素敵じゃないですかぁ」
 小屋の前で、レティシアが、ミスティのカメラに向かって語る。
「あちきとミスティさんは、ピヨ達の親がわりとして、一緒に祭を盛り上げましょうかねぇ……ピヨ達が居るかぎり、あちきの出番は無くならないですよぅ」
 そう言いながら、レティシアが、小屋の扉に手をかけた途端。
 メリッ!
「力を入れすぎましたかねぇ?」
 裂けてしまった扉を前に、戸惑った一瞬の後。
 メリメリッ!
 今度は、小屋全体が、揺れ、ガラガラと崩れ落ちた。
「……大きい」
 カメラ越しに見上げたミスティが呟く。
 ピヨー! ピヨー! ピヨー!
 超巨大ひよことなった巨大ひよこ3匹が、つぶらな瞳で、レティシアを見下ろす。
 どうやら、刷り込みでレティシアを親だと思っているらしい。
「あまりオイタをしないように躾ないと、宿のみなさんにご迷惑をおかけすることになりますからねぇ。大きさは小さくても親は親ですからねぇ」
 しかし、今にもプチッと潰されそうだ。
 ピヨーッ!
 鼓膜を破りそうなほど大きな声で鳴いた巨大ひよこが、レティシアに向かって走り寄り……、
「あぶないっ!」
 思わず叫んだミスティの目の前で、勢い余ってレティシアを飛び越え、1匹は露天風呂へ、2匹は祭りの会場へと走り去っていった。

「ああ、良かった、本物のリコとセレちゃんだ」
「美羽も来てたのね」
「会えてうれしいぞ」
 露天風呂の脱衣場で、美羽、理子、セレスティアーナは、水着に着替えた。
 空京テレビの取材が来ていることもあり、何かのトラブルに巻き込まれるのを警戒してのことだが、お気に入りの水着で入る温泉も、いつもの温泉とはまたちがう気分で楽しい。
「美羽の水着、リボンついてるのね。かわいい!」
「リコとセレちゃんの水着もかわいいね!」
「ああ、胸と腰の花飾りがチャームポイントだ。決して、体型を隠すのが目的ではないぞ」
 そんな話をしながら入った露天風呂は、いつも通りで、
「珍しいお風呂で温まりたかったのに」
 と、美羽は、ちょっと残念に思う。
「まあ、そう言うな。冷たいココアのサービスがあるぞ」
「温かいココアも。飲みながら入れば、チョコ風呂気分よ」
「ココアもいいけど、まずは、ジュースにしようかな」
 理子たちのココアにも惹かれたが、源さんの心尽くしのリンゴジュースは爽やかで、とてもおいしかった。
「お風呂で飲む冷たいジュースって、最高!」
 そう言って、美羽が、お湯から上がったそのとき。
「みなさん、気をつけて!」
 外で風呂の防衛を担当していたコハクの声が聞こえた。
「何があったの?」
「ヒヨコです!」
 ピヨー!
 大きな叫び声とともに、超巨大ひよこが、コハクの【アブソリュート・ゼロ】の氷の壁に激突した。
「お風呂の壁は守る!」
 コハクの叫びを【超感覚】で察知した北都が、クナイと一緒に駆け付けてきた。
 本人的には、女装ではなくあくまで変装姿の北都が【お下がりくださいませ旦那様】を使い、クナイが、【風術】で、シーツを女湯の方へと飛ばした。
「いざというときには、それを使ってください」
「私たちは、水着だから、大丈夫。でも、ありがとう!」
 理子の声が聞こえる。
 クナイは壁が崩れたり者が落ちてきた時のために【龍鱗化】し、北都は脱衣場へ向かった。
 まるでクナイの妹のような今の姿なら、代王たちを驚かせたり、騒がれたりすることもないだろう。北都本人も、家令として、主人の着替えなども担当する身としては、女性の裸で目の色を変えることなどないし、興味もない。
「落ち着いて、避難してください」
「ありがとう!」
 水着姿の理子、セレスティアーナ、美羽が、北都に渡されたバスタオルで身体を包む。
「理子さん、セレス様! 母屋へ!」
 駆け付けた陽一が、代王たちを松の間まで護衛しようとしたとき、音彦がやってきた。
「な……なんの騒ぎですか……うわあ! デカいひよこが、さらにデカいひよこに!」
 支離滅裂だが、気持ちはわかる。
「やっぱり、あたしたちだけ逃げるなんてダメよ! 手伝うわ!」
 理子とセレスティアーナを危険な目に遭わせたくない陽一だったが、無理強いすることはできなかった。
「わかりました、一緒にやりましょう」
「では、みなさん、バケツを持ってきてください」
 と、北都が呼びかける。
「春彦さんのお酒を使って、ひよこに眠ってもらいましょう」
 陽一、理子、セレスティアーナは、音彦が持っていた一升瓶の酒を、バケツに注ぎ、超巨大ひよこの正面に置いた。
 小屋から一生懸命に駆けてやってきたレティシアが、バケツの横に立つ。
「かえって暴れる可能性もありますが、やってみる価値はありますねぇ」
「音彦さんは、バケツが倒れないように押さえてください。他のみなさんは、追加のお酒の準備をお願いします」
「ひえええっ」
 レティシアにつられてバケツにくちばしを突っ込む超巨大ひよこに怯えながら、音彦が、必死でバケツを守る。
 ピ……ピヨ
 頃合いを見計らって、陽一、理子、セレスティアーナが、板場から運んできた酒をつぎ足す。
「眠くなった……かな?」
 ピヨ……ピ……
 幾本もの一升瓶を飲み干して空にした超巨大ひよこは、ついに、巨大な毛玉の形に丸まって、眠り込んだ。
「うまくいったようですね」
 クナイが、ちらっと北都の顔を覗く。
 今夜は、お疲れ様のキスを貰えるだろうか。無事に役割を果たしたのだし、何と言ってもバレンタインの祭りの日なのだし、少しくらいは、イチャイチャしたいものだ……と、願いながら。