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バレンタインはチョコより甘い?

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バレンタインはチョコより甘い?

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第1章

「待ってましたよ」
 無口な源さんは、短い言葉で涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)を迎えた。老舗の旅館の板場を守ってきた料理人の歓迎の気持ちは、それだけでじんわりと伝わって、涼は、小さく頷く。
「今日も、皆さんに美味しい料理を楽しんでいただけるように頑張りましょう」
「実は、チョコが噴き出す仕掛けを、中庭に設置することになりましたが、どうにも勝手がわからず……清盛さんの言う通りに具材を用意したんですが……」
 チョコフォンデュに馴染みのない源さんは、今回の企画に、かなり戸惑っているようだ。
「へぇ〜、今回のお祭は、清盛さんの発案ですか。それでこうしてお菓子やフルーツの盛り合わせを用意していると」
 清盛が、チョコレートと一緒に取り寄せたのは、マシュマロ、クッキー、スポンジケーキ、ドーナツと、苺、キウイフルーツ、バナナ、リンゴ。新鮮なフルーツは、アルバイトにやってきたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)マーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)が、星型やハート、珠の形に型抜きでくり貫いて、見た目を可愛くしている。
「けど、料理は、いつも通りでいいんですかねえ。こんなに甘い物と一緒に食べるとなると……」
「局の取材や常連さん、お祭りを楽しもうとやってきたお客様で、賑わってはいるが、いつも通りの風船屋さんを期待している方もいるようです。源さんは、普段の料理をお願いします」
「では、こちらは、季節の具材を使った蟹御膳を用意しましょう」
「私の方は、せっかくだから、今日のメインとなる一皿を、バレンタインにちなんで、チョコレートを使った料理にしましょう」
「ほほう……チョコレートのソースですか……」
 蟹を捌こうとした手を止めた源さんが、興味深そうに、涼介の鍋を覗き込む。次々とスパイスが加えられ、とろとろに混ぜられたチョコレートからは、食欲をそそる香りが立ち上り始めていた。

「おおっ、美味そうな匂いだな! まるで、俺の情熱を掻きたてるような……これは、いろいろと期待できそうだ」
 雪道を上ってきたキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)が、冷気の中に漂う微かな香りに、敏感に反応する。
「なんてったって、温泉宿のチョコフォンデュ祭りだからな、お湯で温まってほんのり染まったかわいい女の子たちが、チョコ食べてテンション上げまくるわけだし! 期待するな、っていう方が無理だよな!」
 日頃から「シャンバラ中の女子生徒とお友達になる!」と公言してはばからない仁科 耀助(にしな・ようすけ)の足取りは、まるでスキップのように軽い。
「ふたりとも、旅行だからといって、羽目を外さないで!」
 夏來 香菜(なつき・かな)の声も、胸を弾ませている男ふたりの耳には届かないようだ。
 そんな一行を迎えるために、玄関先に飛び出していったのは、安定のツンデレ呼び込みワンコ忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)
「ふふー、この超優秀なハイテク忍犬の僕の看板力に、衰えなんて言葉はありませんよ。今回のフォンデュ祭りも、お任せ下さい! さあ、ビグの助、お前も一緒に働くのです」
 過保護生活で性格が歪み気味だが、外見は愛くるしい豆柴犬のポチの助は、看板犬稼業に味を占めたらしく、今回は、仲間の霊獣「ビグの助」の背に乗って、お客様を熱烈歓迎だ。
「ようこそいらっしゃいませ! 甘い物が苦手な方には、甘さ控えめビター味も用意しております! 常に親切で細かい気配りを忘れない風船屋に感謝し、部屋で土下座しながら、精一杯楽しんでいくと良いのですよ!」
「巨大な豆柴の上に、豆柴が乗ってる! どっちもかわいいじゃないの!」
 思わず近づいた香菜に、ポチの助は、さらに可愛らしいポーズでアピール。
「あ、ど、どうしても僕に何か贈りたいって言うのならチョコやドッグフードなら貰ってあげましょう!」
 軽く調子に乗って、さりげなくおねだりをはじめたポチの助は、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)に、ひょいと持ち上げられて、ポイされた。
「……失礼しました。竹の間の夏來香菜様と、梅の間の仁科耀助様、キロス・コンモドゥス様ですね。ご案内します」
 香菜の荷物を持ち、すたすたと案内するベルクの背に、ポチの助がキャンキャンとわめき立てる。
「エロ吸血鬼め、さては、僕の人気に嫉妬してますね! 余計なことをせずに、黙って働いていればいいものを……」
 ポチの助の罵りは、仲居姿のフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が客を迎えに出てきた途端、ピタリと止まった。
「マスター、ポチ、今回もご一緒ありがとうございます。お祭りが成功するよう、精一杯がんばりましょう」
 香菜たちの靴をのろのろと受け取る音彦に、マリナレーゼ・ライト(まりなれーぜ・らいと)の指導が飛ぶ。
「音彦ちゃん、札を渡すの、忘れてるさねよー」
 風船屋の相談役となったマリナレーゼだったが、経営は順調、今回のイベントは事前準備がキッチリしていることもあって、今日一日は、従業員としてフレンディスたちと一緒に、従業員として働くことに決めたようだ。
「マリナレーゼさんも、来てくださったんですね」
「また、いろいろとお願いしますよ」
 客にあいさつした音々と、仕込みを終えて板場からやってきた源さんが、声をかける。
「音々ちゃんに源さんも、ご無沙汰してるさねー!」
 何かと騒動に巻き込まれる風船屋だが、比較的お気楽思考の持ち主のマリナレーゼは、それも想定内と考えているようだ。
「今日は、音彦ちゃんが真面目に働いているかチェックしておくさね。さ、音彦ちゃんは覚悟しておくさねよ?」
 音彦も、この厳しさこそがマリナレーゼの思いやりであることを察する程度には成長していた。
「よ、よろしくお願い……します……」
 そこに、香菜一行の案内を終えたフレンディスたちが戻ってきた。
「マリナさん、多忙な中、お越し頂き感謝しております」
「イベント開催という話を聞きつけて、急遽、行商先から戻ってきたさね。フレちゃん達も今日一日、風船屋従業員としてキッチリ働いてくるさねよー」
「音々さん達のお役に立てるよう、私、一生懸命仲居稼業を頑張ります」
 ぐっと力を込めるフレンディスの後ろで、ベルクは、こっそりとため息をつく。
「マリナ姉によって、俺達だけ無償バイトでボランティアになる予感がするんだが……今は深く考えるのは止めて、仕事に専念しておくか……」
 それにしても、風船屋で定期的にバイトするのが、すっかり習慣化しちまってる、とベルクは思う。
 フレンディスも、音々達の指導が上手いおかげなのか、比較的、失敗しないのは救いなのだが。もしかすると、フレンディスは、風船屋業務と相性が良いのかもしれない。それにしても、どうせなら、バイトではなく、デートとして一緒に来たかった……。
 そんなことを考えていると、ふたりになった途端に、フレンディスが、そっと尋ねてきた。
「あのう、気にはなっていたのですが、えぇと、ふぉ? …ぼんじゅーる? なお祭りとは、一体、どのようなお祭りなのでしょう……?? マスターはご存じですか?」
「ぼ、ぼんじゅーる?」
 どこをどうすれば、そんな祭りに勘違いできるのだろうか。あまにもお約束状態な忍者さんに、ベルクは、頭を抱えてしまった。
「相性が良いってわけじゃなかったのか……」
「あい……あいす?」
「いや、これ以上、混乱させないでくれ。一応、確認しておくが、フォンデュは知っているか?」
「ふぉ……は、存じませんが、なんだかとっても賑やかそうなものを感じます」
「……バレンタインは?」
「よく解りませんが、殿方に差し上げる物です」
 フレンディスが、嬉しそうに、社会勉強で得た知識を披露する。彼女の側で、頭脳労働兼ツッコミ担当の苦労人生を謳歌するベルクは、まだまだ、胃薬が手放せそうにない。

「ようこそ下等生物たち、またやってきましたね! 今日も、温泉とチョコレートで、日頃の疲れを存分に癒やすがいいです!」
 ポチの助が、千切れんばかりに尻尾を振って迎えたのは、高根沢 理子(たかねざわ・りこ)セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)
「お待ちしておりました、北条真理子様、アズール・アジャジャ様」
「ようこそいらっしゃいました」
 仲居の清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)は、もちろん、今回も、代王たちの正体に気付いてはいたが、普通の客として部屋に通した。
「可愛らしい仲居さんだな。前に居た男の子に似ているが、妹だろうか?」
 トラブル続きの女湯を守るために、女の子の仲居姿に変装した北都を見て、セレスティアーナは首を傾げたが、理子の視線は、クナイが盆に載せて運んできたみたらし団子に釘付けになっていた。
「みたらし団子! 大好物なの!」
「チョコレートも良いですが、やはり、日本旅館では、和菓子も召し上がっていただきたいですから。源さんの手作りです」
「んー! おいしいっ!」
「そんなに美味か……ふむ、風変わりだが、気に入ったぞ」
 理子につられて、セレスティアーナも、みたらし団子を頬張って。北都の淹れた緑茶の香りに包まれた代王たちは、ひとときの休息を楽しむのだった。

「またまた下等生物がやってきましたよ!」
 次にポチの助に迎えられたのは、セレスティアーナと理子に連絡をもらって、こっそりやってきたルカルカ・ルー(るかるか・るー)夏侯 淵(かこう・えん)
「今回は、どんな事件がまってるのかなっ」
「事件がある事前提か!?」
 黙々と客の靴を片付けている下足番が音彦だと気付いたルカルカは、声をかけてみた。
「理子たち……じゃなくて、真理子たちはどこ?」
「先程お見えになって、松の間でお休みになっています」
 マリナレーゼの指導がきいたのか、きちんと応え、ていねいに靴を仕舞う音彦を、ルカルカは、褒めてやることにした。
「ちゃんと働いているみたいだから、ご褒美だよ」
「これは……チ、チョ、チョコレートオオオ!?」
 小さな包みだったが、音彦は、感動のあまり、震えだした。
「義理だよ」
「義理でも嬉しいです! あなたといい、マリナレーゼさんといい、本当に……」
 立ったまま泣き出した音彦に、ちょうどやってきた酒杜 陽一(さかもり・よういち)酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が、息を呑む。
「ちょ……音彦さん、どうしたんだ?」
「なんで泣いてるのよ、教えなさいよ!」
「お客さんたちがあんまり優しいから……自分が情けなくなりまして……」
「それだけか? 言いたいことがあるなら、聞いてやるぜ」
 陽一に尋ねられ、音彦は、さらに大粒の涙を落とした。
「音々や風船屋のために番組を盛り上げなきゃいけない、って言われて、断れなくて……プロデューサーのマーガレットさんに、巨大ひよこの小屋の場所を教えたんですよ……かわいいひよこたちを、悪いことに使われなきゃいいんですが……」
「これは……事件ねっ」
 ルカルカの金の瞳が、キラッと光った。