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【若社長奮闘記】幻の鳥を追え!

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【若社長奮闘記】幻の鳥を追え!

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★ぷろろーぐ★


「あ、ダリル。おかえりー。どうだった、勉強会は?」
「ふぅ……まあ、頭の出来はそう悪くないらしい」
 やや疲れた面持ちのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は笑顔で出迎えた。
 今日はジヴォート・ノスキーダ(じぼーと・のすきーだ)の教育係としての初勤務だったのだ。疲れた中にもどこか満足げな様子があり、ルカルカは「そっかそっか」と頷く。勉強会自体はうまく行ったようだ。

 しかし

「……まったく。無茶なのは父親に似たのかなんなのか」
「? どうかしたの?」
 すぐに曇ったダリルにルカルカは首をかしげた。ダリルは椅子に座ってため息をつく。
「氷の鳥を見に行くらしい」
「ひょうのとり?」
「氷(こおり)の鳥と書く。
 標高高く吹雪が年中待っている険しい山に生息している、と言うこと以外ほとんど分かっていない幻の鳥だ。その羽は溶けない氷でできているらしくてな、羽一枚に馬鹿みたいな値がつく」

「ええっ何ソレ見てみたい! ルカも行きたい行きたい行きたーい!」
 
 子供のように目を輝かせるルカルカに、内心呆れつつ、ダリルは携帯を取り出してジヴォートに自分たちも参加すると伝えたのだった。


* * *


(……へぇ、そんなところがあるんだねぇ。機会があれば一度行ってみたいなぁ)
 静かな静かな図書館にてうごめく細長い物体。
 否。
 芋虫のような形をしたギフト。パールビート・ライノセラス(ぱーるびーと・らいのせらす)は書物を読みながら頭の部分を縦に振っていた。
 どうやら今読んでいるのは誰かの冒険記らしい。様々な場所に対する記述に思いをはせている。
(ん?
 『氷の鳥、その影を見た。アレは間違いなく幻の氷の鳥に違いない。残念ながらはっきりと姿を捉えることは出来なかった』って……)
 書物の中に気になる箇所を発見したパールビートは、しばし動きを止めた後、別の書物を探しに行った。そうして見つけた鳥図鑑を開き、氷の鳥を捜す。
 中に載ってはいたものの、霧越しのぼやけた写真(かろうじて鳥らしいということが分かる)と、名前の由来になった氷の羽の写真が印刷されていた。

『とある雪山のふもとに暮らす部族の間には、山に神の使いが住むという伝承があった。その神の使いは氷の羽をもち、吐息は吹雪をもたらし、光り輝くその身が地上に光を降り注いで人々に希望をもたらすという。
 太陽の光を反射する美しい姿が描かれた石板も発見されているが、実際に見たものはいない。
 しかし氷の羽は発見されており、生物が住めるか疑問なほどに険しい雪山にいることだけは間違いないが、何を食しているのか。どのような生活をしているのかは一切不明の、まさしく幻の鳥である』

(幻の鳥、かぁ。見てみたいなぁ。どうしたら見れるかな)
 ますます興味を持ったパールビートだが、一目どころか痕跡を見つけることさえかなり困難らしい鳥だ。どうしたら、と考え込みながら帰宅する。そしてパートナーの。ルイ・フリード(るい・ふりーど)に相談したところ、小耳に挟んだという情報を教えてくれた。
 そう。ジヴォートが行うロケの話だ。協力者を募集していると聞いたパールビートの全身が橙色に変わる。

(雪山だし、ちゃんと準備していかないと……ああ。楽しみだなぁ)
 参加表明をしてから、わくわくと登山の準備に取り掛かったのだった。


* * *


 そしてここはジヴォートの屋敷。玖純 飛都(くすみ・ひさと)は広大な屋敷の中を書類片手に歩いていた。屋敷の見取り図は頭に入っているため、迷うことなく足を動かす。
「まったくあいつは……無茶以外できないのか」
 物々と文句を言っているのは、今回の危険なロケ企画についてだろう。最初、話を聞いたときは「またあいつかー!」と大声を上げそうになったものだ。
 何も『氷の鳥を見たい』とか『皆に見せたい』と思うこと自体を悪いとは思っていない。しかし今までの事を考えたら軽々しく言えることでは無いだろう。

「ワキヤは罪を認めて刑に服したが、動物の密輸組織は一つでは無い。そういう輩が自分を利用して密猟した挙げ句罪をなすりつけるとか、そんな可能性だってある。それに、この前のドブーツとかいう奴がイキモに対する以前のワキヤみたいな存在になってないとも限らないというのに。
 ……妙なところでそっくりだからな、あの親子は」

 ブツブツ呟き、最後にため息をつきつつも気になって手を貸す飛都は、なんだかんだで面倒見が良いのだろう。本人にそういえば、「見てみぬ振りして何かあったら後味が悪いから」とでも言うかもしれないが。

 飛都が文句を止めたのは、ある部屋に着いたとき。軽くノックをして、返事を待たずに中へ入る。
 この部屋を中心に準備を進めているのだが、皆が皆せわしなく動いているため、返事を待つ時間が惜しいのだ。

「エリス。ジヴォートに寒冷地、山岳行動の経験は無い。装備を万全にするように。洋孝、根回しでエリスに必要な装備調達支援を。
 あと注意事項についてもきちんと言い聞かせておけ」
「はい」
「ほいっと」
 部屋に入ってすぐに聞こえたのは、エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)に指示を出している相沢 洋(あいざわ・ひろし)の声だった。
 飛都はそんな洋に駆け寄り、手にした書類を見せる。
「登山の許可が下りた」
「そうか……ジヴォートはどうした?」
「ああ。会社から電話があってな。もうすぐくるはずだ。それで護衛計画なんだが、どうなった?」
 両者とも、心のうちではジヴォートの行動に呆れつつも、しっかりと護衛&登山計画を立てていく。
「ああ、どうも嫌な予感がする。洋孝、許可を与えるから、ここしばらく入社した新人に関する履歴、教導団に問い合わせろ」
「えーっと、軍用の寒冷地専用防寒装備一式の手配と……人物照会、ね。了解」
 頭の中で自分のすべきこと、それをなしえるための道筋を確認してから、洋孝はこくりと頷く。指が淀みなく動き出しコンピュータを操作していく。まず最初にアルバイトから見ていくことにしたようだ。
 それから、と洋は乃木坂 みと(のぎさか・みと)を振り返る。
「まず、サンタのトナカイ。これを洋孝に操縦させる。操縦技術はうまいからな。物資などの装備品はみとのアルバトロスに積む。最悪機体放棄も覚悟の上だ。とにかく、護衛だ」
「アルバトロスの操縦ですか? 問題ありませんが……しかし物資ですか。
 テントに食料、そう言った物全部積み……現地の天候も考えると少々厳しいですね。いくら輸送特化型といっても。そんなに高度も取れないですし、やはり地上スレスレの滑走ですか?」
 互いに確認を取りつつ、途中で飛都が何かを思い出して話題を変えた。
「食料といえば担当者から連絡があったんだが、まだ来てないか?」
 洋もみとも見ていないと首を横に振った。

 そんな3人の後ろでは、遅れてやってきたジヴォートにエリスが登山用の装備を試着させていた。
「ジヴォートさん。目標の場所は記録では極寒地獄。死なないようにしてください。というわけでサイズ確認のため、こちらを試着してください。以上」
「ん、おお」
「きついところはありませんか?」
「大丈夫、かな。でも思ってた以上に動きにくいな、これ」
「我侭は言わないでください」
 エリスはきっぱりと言い、ジヴォートは苦笑した。エリスはさらに続ける。

「会いたい動物がいるなら、きちんと準備しないと。社長がいきなり死んだりしたら社員みなさんに迷惑です。
 さらにいえば貴方のことが気になりつつある私に葬式に出ろとか言わせないでもらえますか? 以上」

 苦労しながら装備を脱いだジヴォートに、エリスが少し厳しい口調で言う。密かに様子を伺っていたみとは「あら」と小さく声を出した。随分とまっすぐな言葉だ。
 ジヴォートはそんなエリスの言葉に、神妙に頷いて、それから嬉しげににこりと笑った。

「そう……だな。
 心配してくれて……我侭にも付き合ってくれて、ありがとな」
「っ……いえ」

 青い春だなぁ。


* * *


「あ、ごめんねぇ。遅れてしまって」
 食料班である佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、洋と飛都に駆け寄った。
「いや……それで話とは?」
「お願いしておいた携帯食料がまだ届いてないんだけど、何か聞いてないかと思って」
「たしか今朝届くはずだったか」
「俺たちは何も――プレジに聞いたほうが良いかも知れんな」
「先ほど自室へ戻られるとおっしゃられていましたよ」
「そっか。ありがとう。行ってみるよ」
 弥十郎は感謝を述べてからすぐにプレジの自室へと向かう。

「でも、雪山、かぁ……珍しい食材とかあるかな」
 道中、まだ見ぬ食材に思いをはせながらプレジの部屋に来ると、そこには先客がいた。

「ジヴォート君ももう少し大人しくしてくれていたらいいのに……あなたも大変ね」
「いえ。そこがあの方の良いところでもありますので」
 影は3つあった。
 1つは女性。2つは男性のもので、男性側はどこか似た雰囲気を放っていた。
 金色の髪を揺らした女性は、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)。男性の1人は彼女のパートナーであるヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)。最後の1人は部屋の主であるプレジ・クオーレ(ぷれじ・くおーれ)だ。
 ヴィゼントとプレジが並んで立っていると妙な威圧感がある。そこにリカインが入ることで、まるで組のお嬢さんを守るヤのつく人たち、といった風に見える。

 弥十郎は、しかし気後れすることなく「お邪魔します」と声をかけた。
「プレジさん、ちょっといいかな?」
「はい。どうかされましたか?」
「うん。携帯食糧なんだけど、まだ届いてないみたいで」
「それでしたら夕方になると連絡が……ああ、申し訳ありません。お伝えするのを忘れておりました」
「あ、それならいいんだ。気にしないで」
 プレジが腰を90度に折り曲げて頭を下げる。弥十郎は軽く首を振った。遅れている理由が分かれば、そこまで気にすることではない。
 聞きたかったことはそれだけだったので、礼を言って弥十郎は部屋を出て行った。
「一日辺り、2〜3千キロカロリー位かねぇ。水分が少なくて軽いものがよさそうかな。水は鍋があれば沸かせるし……大丈夫だろう」
 食料について物々と呟きながら。

「それで、先ほどの続きですが」
 リカインとヴィゼントがここにいる理由。それはジヴォートの周辺で何か動きがないかと言うことだ。
「養父、そして実父のイキモ様も有名な方です。味方してくださる方も大勢おられますが、同時に敵対する方たちも大勢います。
 その方たちがジヴォート様に手を出そうとしてくる可能性は否定できません。実際、何度かそのようなこともありましたし」
「ふむ……では、今回特に動きはないと?」
「そうですね。大きな組織だったものは少なくとも……」
「じゃあ単独での行動はありうるということかしら?」
 リカインの言葉にプレジは頷き、口元をゆがめた。どうも苦笑いしたようだ。
「お1人、このロケを中止させようと動くと思われる方はおられますが、そう危険なことはなさらないでしょう」
「ではロケへの参加者を中心に警戒を……? それは、どういうこと?」
 情報を頭で整理していたリカインが首をかしげた。プレジはただ笑うだけで答えなかった。


* * *


 黒崎 天音(くろさき・あまね)はすわり心地の良いソファに腰をかけ、
「う〜ん、そうだね。今日はアールグレイな気分かな。それとミルクと砂糖を1つずつ」
「かしこまりました」
 ドブーツの執事にそう言った。
 ここはドブーツの屋敷。ジヴォートの家と同じく広大で、ジヴォートの家よりも全体的に質素に見えるが、一つ一つの品が高価なものであると天音の目は見抜いていた。
 差し出された紅茶を飲みながら、天音は完全に方から力を抜いてくつろいでいた。
 そんな様子を見てブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は後で頭痛薬でも飲もうかと思いながら、無言で頬を引きつらせているドブーツの隣に静かに立つ秘書に手土産を渡していた。

「急に押しかけて申し訳ない、これはつまらないものだが……」
「いえ、ありがとうございます。ブルーズ様もごゆるりと」

 出されたお茶を飲むブルーズだが、若干難しい顔をしているように見えた。ドラゴニュートの表情は読みづらいが、いつも通りのパートナーに頭痛を抱いているのかもしれない。
 頭痛の種である天音はというと、胸ポケットから顔を出したゆるスターのスピカの頭を撫でてから、そういえば、とようやく話を切り出した。

「興味あるかと思って、氷の鳥の噂を色々纏めた資料を持って来たんだけど。読むかい?
 件の雪山ってやっぱり危険みたいだね」
 
 懐から出した書類をテーブルに置くと、ドブーツの目がソレを追った。秘書は何も変わらず黙して隣に立っている。表情のない秘書は、ドブーツと違って心が読みにくい。
(少なくとも、敵意はなさそうだけど)
 秘書の様子を伺いつつ、天音はドブーツに向き直った。
「なぜ俺が鳥になど興味をもたなければならない」
「ジヴォート君が氷の鳥見に行こうとしているんだって。もしも撮影できたら、すごいことになるだろうね。番組人気もあがるかも」
 天音がドブーツの声など気にせず口を開けば開くほど、ドブーツの肩がほんのわずかに揺れた。

「でも相当かなり危険な登山になりそうだね。護衛者も募ってるみたいだけど、大丈夫かなぁ」

 ぴくぴくぴくっ。
 面白いなぁ、と思いながらドブーツを見ていると、なにやら考え込み始めた少年は、顔を上げて言った。

「ぼ……俺も行く。やつの手柄にはさせてたまるか」

 素直じゃない。