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【序章】お茶会から数日後


 温められたカップに紅茶を注ぐと、特有の豊かな香りが漂ってくる。
ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はそのお茶を差し出そうとして、黒崎 天音(くろさき・あまね)が何かを拾い上げたのに気づいた。テーブル上の花瓶から、まだ青い葉が一枚落ちたらしい。
「穴の開いた葉っぱだね。庭の薔薇に虫でもついてるのかな?」
天音はそう言って、点々と穴のあいた葉を顔の前でくるりと回転させる。
「ふむ……それは、ただの虫食い穴ではないな。“妖精の招待状”というやつだ。どうやら茶会の招待状らしいが、気付くのが遅かったな」
ブルーズは天音の指に抓まれた葉を観察しながら、彼に紅茶のカップを渡してやる。
「へえ、面白いね」
どうやらパートナーは招待状に大変興味を持ったらしい。機会があったら訪ねてみようか、と言って紅茶を口に含んだ天音を見て、ブルーズはそう思った。

そしてその機会というのが、案外早くやって来たのだった。


【1章】学校を建てよう!


「これが図面……」
「図面じゃろう。どこからどう見ても」
ハーヴィ・ローニが広げた樹皮紙の上には、何やらよく分からない図形が描かれていた。一見するとぐにゃぐにゃに曲がった幾何学模様のような絵だったのだが、ハーヴィいわく彼女が一晩中考えて描いた設計図らしいのだ。
「どう見ても、は無理があると思います。族長」
傍らにいた花妖精も複雑な表情で「図面」を覗き込んでいる。
「いや、俺もセンス無いから大きなことは言えませんけど、これはちょっと……」
「うるさいわ! だから校舎の作りも委ねるという触れ込みで募集を掛けたんじゃ!」
「いや、実際募集かけたのは俺ですし……」
  そうしてカイ・バーテルセン(かい・ばーてるせん)が花妖精と共にハーヴィの作った図面についてあれこれ言っていると、とても小さな機晶姫がこちらに近づいて、すみません、と声をかけてきた。
 銀髪ツインテールの機晶姫・レナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)に頼まれて、集落の情報を集めようとしているのだった。
「皆さん忙しい所ごめんなさいね〜。情報を元に校舎の設計を考えようって話なんです〜。面倒かも知れないけど、ご協力ください〜」
「良かった、新しく図面引いてくれる人たちが居た!」
 湧きあがる歓声に少し落ち込んだ表情を浮かべたハーヴィだったが、レナリィに対しては「何でも聞いておくれ」と頷く。
「え〜と、それじゃあ住んでる妖精さんたちは何人くらいで、どんな人が多いんですか〜? 年齢とか〜、性別とか〜。あと、食べ物や生活習慣なんかも教えて欲しいです〜」
「…………二十人くらい、じゃったかの?」
 何でも聞けと言った割に、ハーヴィは自信無さげな顔で隣の花妖精の意見を伺う。
「そんなに居ましたっけ? もっと少ない気がしてましたが……」
意見を求められた花妖精も、うーんと唸って首を捻った。
「待て待て、ちゃんと思い出すんじゃ。我なんかもっと多い気もしてきたぞ。何せこの集落、気付くと住んでる妖精が増えていたりなんかするものだから……」
「何ですかその怪現象」
 レナリィはハーヴィの渋い顔とカイの呆れ顔を交互に見比べて、どう口を挟むべきか考えていた。
「もともと森に住んでいた我はともかく、集まって来た妖精たちは……何と言うか、ワケありな者が多くてのう。闇商人に捕まり命からがら逃げ出して来た者、元居た集落が戦や自然破壊によって失われてしまった者。事情は様々だが、避難所を求めてこの森へ流れついてきた妖精が多いんじゃよ」
「私と妹が族長に会ったのも、見世物小屋から逃れて行くあてもなく森をさまよっていた時でした。族長は事情も聞かず、私たち姉妹を自宅に招き入れて『今日からここがお前さんたちの家だ』と言って下さったんです」
「誰しも詮索されたくない過去の一つや二つあるじゃろう。だからこの集落の妖精は、新しく来た者にもそれまでの経緯を根掘り葉掘り聞くようなことはしない。気付けば人が増えていたりするし、逆に傷が癒えれば故郷に戻るためここを出ていく者もおるんじゃ」
 ハーヴィは自分でうんうんと頷きながら話をしている。
「だからまぁ、具体的な人数は分からないが、大体十数人から三十人位の間だと思うのう」
「随分アバウトですね」
カイは正直な話、二十人前後の人数なら全員顔と名前を含めて把握できそうなものだと思ったが、言葉にするのはやめておいた。
「見た感じ女の子が多いみたいですけど〜、合ってます〜?」
「うむ。中には男の娘もいるが、ほとんどの妖精はおなごじゃな。だからなのか、皆甘い菓子やお茶が好きでのう。春や秋のお茶会は全員楽しみにしておるよ。普段は森で採れるきのこや果実、それにライ麦パンなんかが主食じゃがな」
「細々とですが、麦と豆は皆で育てていたりしますね。リンゴやベリーは森からの贈り物ですが、枯れないよう手入れしに行ったりします。あとたまに木こりのおじさんが卵やミルクを分けてくれたりとか」
 魔法学校に直談判に行くハーヴィなど一部の例外を除けば、妖精たちは森の中から出ないらしい。自給自足可能な物は自分たちで賄うことを基本としているようだった。
「この子の妹のように幼い妖精も中にはいるが、多くは自分の足で災厄を逃れて来た者じゃからのう。皆で助け合えば、生活が立ち行かなくなるということはないさ」
「なるほどです〜。ご協力感謝します〜」
 レナリィは得られた情報を牡丹に伝えるため、その場を後にした。ぼんやりとした情報だったが、とりあえずは早々に校舎の設計を決めてしまわなければならない。