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【祓魔師】災厄をもたらす魂の開放・後編

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【祓魔師】災厄をもたらす魂の開放・後編

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第4章 ヒトを捨てた災厄の僕の手 Story3

 死んでしまった者を、まだ生きている人々のところへ連れていってしまえば、余計に恐怖心を与えてしまいそう。
 そう思ったセレアナはセレンフィリティと一緒に、崩れた建物の物陰に隠れている。
 救助した少女が目を覚まし、最初に発した言葉は“おねえちゃんは…?”だった。
 2人には答えようもなく、横たわる姉を目にした少女は“寝てるの?”と傍に寄っていく。
「お姉さんはね、…きっと疲れているのよ。休ませてあげて」
「えー…やだ。ここにいるの怖いんだもん…」
 優しく声をかけるセレアナに、いやいやをするようにかぶりをぶんぶん振る。
「ねぇ、おねえちゃんいつ起きるの?」
「いい子だから大人しくしてようね」
「やだぁあ、早く町から出たいよーっ」
 本能的にここが危険だと分かっているのか逃げたがる。
「いい子だから大人しくして…」
 救護活動の中で少なからずとも、すねたり泣き喚いたりする人間がいるものだ。
 セレアナたちも分かっていたものの、いざ遭遇してしまうとかなり厄介だと感じる。
 その相手が子供となると宥めるのも困難だ。
「―…セレン。このままずっといるわけにはいかないわよ」
「分かってる…。けど、置いていけるはずないじゃないの」
 だんだん冷たくなっていく死体をセレンフィリティが見つめる。
 少女の姉だった者を置き去りになんかできない。
 セレアナが一輝に頼んでもらった手段が成功するなら待っていたい。
「(こんな時にアークソウルが…!?)」
 ペンダントの中の宝石が淡い輝きを見せ、何者かが近づいてくると知らせる。
「(魔性の気配だわ。この姉妹は、私が守らなきゃ)」
 エレメンタルリングをはめた手を握り、息を潜めて待ち構える。
「そこにいるやつ、女の子には指一本触れさせないわよ!」
「えっ、あ…待って!待ってくれ!!」
「―…エース!?」
 聞き覚えのある声色にセレンフィリティは、彼の顔面に届くギリギリで拳を止めた。
「じゃあなんでアークソウルが……」
「たぶん俺の後ろにいたからじゃないかな」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は花の魔性であるアーリアへ視線を移す。
「もう、脅かさないでよ」
「ははは…そのつもりはなかったんだけどね。一輝から2人だけで、人が町に取り残されていないか探しているって聞いたから探してたんだ」
「そうだったのね」
「おや、小さなお嬢さん。俺たちといれば安心だよ」
 紳士に笑顔を向け、少女に一輪の花をあげる。
 それでも心を癒せず、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。
「これはかなり手強そうだな…。クマラ、頼んだ」
 泣き止まない小さな子供相手ならクマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)のほうが慣れていそうだ。
「初めましてかな、オイラはクマラ。いっぱいお菓子持ってちゃって、1人じゃ食べきれないんだよね」
 いつまでもメソメソ泣き動かない少女の隣に座った。
「すっごくおいしーよ。はい、あげる!」
「ありがとう…、はむ……」
「どうかな?」
 はっきりとは美味しいと言葉に出してもらえず、こくこく頷くばかりだった。
「まだたくさんあるんだよ」
 どうやって詰め込んだのか、リュックから子供向けのスナック菓子やチョコチップを取り出す。
「クマラ、買いすぎじゃないか?って聞いてないな…」
「マイマスター。あれって美味しいの?」
「うーん…小さい子用ばかりだからどうだろう」
 不味くはないのだろうが、どれもエースからすれば美味しそうに見えるほどでもなかった。
 食べて口に合うものなのかないのだから当然、召喚時の血の情報にもない。
 アーリアにとっては興味の対象となり、物珍しそうに眺めている。
「ねぇ、マイマスター。私でも食べられるのかしら」
「たぶん大丈夫なんじゃないかな」
「いいなぁ私もほしい」
「あれは一応、仕事用で持ってきたようなものだから、また別の機会ならね」
「ふぅ〜ん。マイマスターのお願いも、今日はお休みしちゃおうかな」
 すねたようにふわふわのピンクの髪を指先いじり、エースに背を向けてしまう。
「それは困ったね。いい子のアーリアは、きちんとお願い事聞いてくるはずなんだけどな」
「むぅー…。たまには私のお願いも聞いてくれなきゃいやよ!」
「あぁ、分かったよ。今度、忙しくない時にね」
 膨れっ面をするアーリアの頭を撫でる。
「そういえばセレンフィリティさん、横たわってるあのお嬢さんは…?」
「ちょっとセレン、答えてあげなさいよ。…まったくもう」
 返事をしない恋人に対してため息をついたが、今はまだ無理もないかとそれ以上言うことはなかった。
 何も言ってくれないということは、“あぁそうなのか”と思いエースも話しかけずそっとしておく。
「どうにかならないものかな」
 クマラとお菓子を食べている少女と、倒れている女はきっと知り合い同士か何かなのだろう。
 その2人を目にしたばかりのエースにとっては、それくらいしか想像できなかった。
「手がなくもないみたいだけど」
「まさか、そんなことが?」
「だけど確実に助かるかは不明ね。斉民に来てもらうために、ここで待っているのよ」
「(―…こんな事態になるなんてな)」
 人々が集まっているところ運べばパニックになると容易に想像できる。
 彼女たちが留まっていた理由はそれなのだと理解した。



 セレンフィリティは斉民の到着を待ちわびながらも、レンガの壁側へ身を潜めてボコールたちの接近を警戒する。
「(何かしら、すごい速さでこっちにくる!)」
 きっと待ち人のものだろう。
 重なったような気配はないし、力を利用しているエアリエルを放して暴れさているとは考えにくい。
「セレアナ、私たちがいるって分かるように光りを点滅させて」
 恋人に光術で自分たちの位置を知らせてもらう。
「(あ…そこかな)」
 炎の翼の飛行力を藍色の宝石で加速させ駆けつける。
「お待たせ、かなり緊急らしいね。…その女の人?」
 運んできた佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)を地面に落とし、ぐったりと倒れている人を目にする。
「間に合えばいいのだけど」
 すっかり冷たくなった者にセレンフィリティは目を落とした。
「えぇ、急がないとね。(ちょっと時間が経ってるみたいだし、生き返らせるのかな…)」
 死者の時を戻すなんて初めてのことだから、端から見れば冷静な態度に見えるが心中は緊張を超えていた。
「大丈夫だから怯えないで」
 弥十郎は落とされたことを怒らずパートナーの傍に座り、かたかた震える彼女の手にそっと触れる。
 “例え成功しなくとも、誰も恨まないし責めることもない”
 そう言い斉民の恐怖心を和らげる。
「手間かけさせたわ…、ありがとう」
「どういたしまして♪」
「(ああ言ってくれたけど、できるかどうかなんて…。ううん、これも余計な感情だわ。祈りに集中しなきゃ)」
 不安感を振り払い、斉民はエレメンタルケイジに手を当てる。
「(お願い、……戻ってきて!)」
 女の頭の傷口には白い頭蓋骨が見え、その先にあるものは血が凝固し始めている。
 誰もが一目見ただけでもう助からないと思うだろう。
 ペンダントの中には死者の時すらも、生者へ戻す能力を秘めている宝石があり、幸いにもそれを引き出せるまでに至っている。
 確実でないにしても死という悲しみを生まないための手段として使う選択しかない。
 現世から別離しようとしている者の傍に座り、心を静め祈りの言葉を紡ぐ。
 横たわる亡骸を中心に丸い円が広がり、そこへローマ数字の文字が時計のように並ぶ。
 藍色の秒針がゆっくりカチカチと逆に回っていく。
 クマラとすっかり打ち解けた少女の視界に、世にも不思議な光景が飛び込んだ。
「―…床に時計?なんで、おねえちゃんの下に?」
「行っちゃいけないにゃん、オイラとここで待ってよう。ほら、お菓子もあるよ♪」
「おねえちゃんが…。ずっと寝たまま、起きないんだもん…」
「起きた時、かなしー顔見せるより、笑顔のほうが嬉しいと思うからさ!」
 幼いこの少女にも、だんだと現実が分かってきてしまったらしい。
 気休めにしかならないものの、言葉をかけずにはいられなかった。
「まったくもう、こんな時に…」
「やつらか?」
 ため息をつく弥十郎にエースは、ボコールが接近しているのかと聞く。
「それもエアリエルを取り込んでいるやつだね」
「こんな時に厄介だな。…アーリア、君の素敵な香りで俺たちを守ってもらえるかな」
「私にもお菓子くれるって約束してくれるならいいけど?」
「分かったよ、今度ね」
 にっこり微笑みかけると彼女はピンク色の花びらを舞い散らせる。
「う…、急に眩暈が……。魔性の力を借りるということが、これほどのものとはな」
 花の甘い香りの心地よさが増すほど、エースの精神力がアーリアへ流れていき、急激な疲労感に襲われ立ちくらむ。
 加減なんてしてもらえば呪いにかかる確率も上がるのだから、不平不満などはいえない。
「マイマスター、これではあなたの体がもたなくなってしまうわ!」
「俺は大丈夫だよ。存分に持っていっておくれ」
 心配そうに見やるアーリアに笑顔を見せるが、もはや気力のみで立っているしかなかった。