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【祓魔師】災厄をもたらす魂の開放・後編

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【祓魔師】災厄をもたらす魂の開放・後編

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第6章 ヒトを捨てた災厄の僕の手 Story5

 もうどれだけ走ったか、何十分も何時間もトンネルを進んだ感覚だった。
 ようやくヘルメットのライトに出口が照らされた頃には、人々の安全を守らねばという極度の緊張で疲労しきっていた。
 “このまま何事もなく、外へ到達できればよいのだが”
 そう心の中で思いながら蓋に手をかけた瞬間、ふわりと風が髪を撫でた。
 きっと入口から入ってきたのだろう。
 構わず迷彩塗装を施されたマ・メール・ロアの破片の破片を手にかけると、一輝が“待て”と小さな声音で言った。
「なぜ止める?」
 眉を潜めて振り返り、彼の視線の方向へ目をあてた。
 何やら弥十郎がペンダントに手を触れ、後ろをずっと見ているようだった。
 彼はプッロのほうへ顔を向け、後方へ指差したかと思いきや天井を指差す。
 “後ろから来る、早く上へ急いで!”
 弥十郎は言葉に出さず、指サインでプッロに知らせた。
 先ほどのそよ風は入口のほうで起こった乱気流のスキルが、和らいだものが流れてきたようだ。
「嫌な予感がする。プッロ、早く開けて出よう」
「あぁ…」
 一輝に頷いて蓋を開けた瞬間。
 突風に押され、そこから手を離してしまう。
「くっ、気づかれてしまったか」
 人々はパニックになり、きゃあきゃあ騒ぎ立てる。
「(たどり着かれては袋のネズミだ)」
 このままでは避難させたつもりが一網打尽にされそうだ。
 すぐさま立ち上がり、力いっぱい蓋を押し開けたプッロは、1人ずつ持ち上げて外へ逃がす。
 全ての人間を脱出し終えると弥十郎が祓魔銃を構えている。
「まったく、嫌な予感が当たってしまったな。やつら、風を送ってトンネルを調べたんだろう」
 いきなりトンネルへ侵入するのは無謀者。
 ヒトの身を捨てたとはいえ、知恵のある生命体であることには変わらず、乱気流で風の通り道を調べたのだろう。
 後は何人かに別れて進めば、真っ暗な道といえど当たりに辿り着くという手段だ。
「気配の色が違う。強制憑依させてるやつがいるね」
 弥十郎はペンダントへ視線を落とし、不可視の者がいると告げた。
「私とセレアナは、町の人たちのところへ行くわね」
「うん、お願い」
 ざわついた様子からして、彼らだけにしておくのは危険だろうと感じて頷く。
 セレンフィリティとセレアナがトンネルから出ると、気配は弥十郎たちの間近に迫った。
「アーリア、頼んだよ」
「いやよ。また無茶しすぎたら強制帰還になっちゃう」
「それでも出来る限りのことはしたいんだ。分かってくれるね?」
 町の人や仲間を守りたいというエースの心に、アーリアはしぶしぶ承諾する。
「下がって!」
 弥十郎の声に飛び退き、ボコールの接近をかわす。
「やっぱり狙ってくるね。斉民、動ける?」
「えぇ、何とかね」
「彼に時の宝石の力を!」
「分かった」
 ペンダントの藍色の宝石を輝かせ、エースの走行力を強化する。
「私たちは上へ行かなくっていいの?」
「2人とも行ったら気配を探せないよ」
「それは分かるけど…」
 確かに自分と弥十郎が離れてしまえば、暗がりにいる不可視の者の位置を把握するものがいなくなってしまう。
 けれど彼女たちに2人だけに、町の人たちの避難を任せるのも心苦しい気がした。
「お喋りはここまで。来るよ!」
「今日は大忙しだわ」
 人使いが荒いなあ、と愚痴を言いそうになったが、それどころじゃないかと諦める。
「クマラくん、よろしくね」
「あ…うん!えっと、コレットさん。オイラの後に祓魔術を使ってもらえる?」
「裁きの章を使う人だよね?」
「そうだにゃ♪まずは器のほうから…っ」
 取り込まれているエアリエルよりも、外側からじわじわ攻めたほうがよいかと裁きの章を唱える。
「へっ。それくらいじゃ、倒せねぇぞガキ」
「ふ、ふんだ。くやしくなんかないやい」
 ちょっとだけムッとしながらも挑発に乗らないように我慢する。
「コレットさん!」
「うん。(相手も、目が慣れてきちゃってるかなぁ)」
 そろそろ彼らも暗闇でも動きやすくなっているだろうと、コレットは哀切の章を唱えて光の波を放つ。
「形態変化させないのか?」
「トンネルだし、向こうも逃げ場なんかほとんどないからね」
 ハンマーなどに変えて落とさないのか聞く一輝に、狭い空間ならデフォルト系イメージで十分だというふうに言う。
「こっちのダウンが早いか、てめぇら呪いに倒れるのが早いか…。…クククッ」
 ボコールは不気味な笑い声をもらし、トゲ縄を床から天井にかけて這わせてコレットを捕らえようとする。
「―……わぁあ!?うぅ、痛いよー…」
 空間が狭過ぎるためかトゲ縄から逃げ切れず、硬い床へ倒れてしまった。
「おめぇの後は、そのボンボンだからな♪」
「むー、あなたたちなんかに負けないっ」
 コレットは弥十郎が撃ち出すミストに合わせ、光の波でボコールを飲み込む。
「くっ、この…小娘がぁあ!」
 優勢かと思いきや、すぐに劣勢に陥り膝を突いてしまう。
「あなたの負けね。オヤブン、捕まえちゃって」
 トゲ縄が消え、立ち上がったコレットは一輝のほうへ顔を向ける。
「そう簡単にいくかよ!」
「はっ…オヤブン、避けて!!」
 しかしコレットの声よりも一歩早く、トゲ縄が一輝に絡みつく。
「呪われちまいな…」
 それだけ言うと魔力を使い過ぎたボコールは床へ崩れ倒れた。
「―…縄が消えた?」
「術を維持する力がなくなったんだと思う」
「何だ…急に体の自由が?」
 突然身体が鉛のように重くなってしまい、壁に寄りかかる。
「え、トゲは消えたのに、なんで…。……あ、どうしたの!?」
 どっさりと人が倒れる音が聞こえ、目を向けるとエースが昏倒していた。
「あの子がいない…。まさか!」
 いつの間にやらアーリアの姿もない。
 彼が精神力を使い果たことで、強制帰還してしまったようだ。
「ははは!呪われろ、てめぇら全員呪われちまいなぁあ!!」
「こいつぁーいい的だ♪」
「そんな…、まだ余力が?」
「気配はヒトリだけじゃないからね。今度こそクローリス使いを落とす気だよ!」
 動けないことをいいことに、エースを次の獲物として狙っているらしく、彼を守るように声を上げる。
「うぅ、重い〜」
 空飛ぶ魔法で飛び、倒れたパートナーをクマラが運ぶ。
「逃がすか、小僧ぉおおーーーっ」
「わっ、足が!?メシエ、パス!!」
「あまり重たいものは持つ主義じゃないんだけどね」
 そう不満を言っている場合でもなくエースを受けとめる。
「離すにゃんっ」
 ミストの明りを頼りに酸の雨を降らせる。
「コレットさん、今にゃ」
「分かってる!」
「ちくしょう、祓魔師ども風情がぁああ!!」
「エアリエルを開放してもらうよ」
 転倒した音に手ごたえを感じ、弥十郎が見る方向へ目を合わせた。
「やれやれ、ここまで無茶をしてしまうとはね」
「ホントにゃ」
「くそ、何でてめぇ…動けるんだ」
「あれれ?」
 トゲ縄に絡みつかれたはずのクマラ自身も疑問に思い首を傾げた。
「アーリアとかいうクローリスのおかげかな」
 わざとらしく香水を手元でチラつかせて見せた。
「なんとまぁ、解呪とは1人でも厄介なものだね」
 一輝にかかったアンデッド化を解こうと試みるが、相手の術が手強く時間がかかってしまっている。
「こればかりは修練を積むしかないよ」
 一瞬で高い能力を得られるような、甘いものではないのだと弥十郎が言う。
 メシエもその辺りは理解しているものの、元々労働というものからは遠い存在な彼にとってはかなりの苦難だった。
「なるほど…。精神力を使うことで、かなり疲れてしまうものなのか。動けるかい?」
「あぁ、…ありがとう」
「取り込んでいる魔性の開放も、急いだほうがいいんだろうね」
「けど。これ以上、コレットたちに負担をかけるわけには…」
「そのようだね」
 中にいるエアリエルには悪いが後回しにするしかなく、ボコールを捕縛しトンネルから出ることにした。
 外へ出るとさっそく、町の住人といるセレアナに連絡を取る。
 携帯で大まかな位置を聞きた後は、弥十郎に宝石で探してもらい、早々に合流することができた。
 彼らは人々を連れ、騒ぎがおさまるまで海岸側にいようと留まる。



「一輝さんからメールが…。町の人は皆、避難したみたい」
「あちらは一安心ですね、北都」
 読みあげられた文面の言葉を耳にし、祓魔術を行使する疲労感も少しだけ和らいだ気がした。
「でも気をぬいちゃいけないよ。これ以上通られたら、人が危険な目に遭ってしまうかもしれない」
「えぇ、分かっています」
「リオン、下見て!」
「あわわ!?」
 砂から飛び出たトゲ縄に驚きながらも、北都の声で間髪かわす。
「ちぇー、ミスったか」
「砂の中からなんて、イヤな手を使ってきますね…」
 地形を利用した反撃に顔を顰め、リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)はソーマへ顔を向けた。
 彼の方も予想つかなかったと首を振った。
「(魔性事態が相手だったからな…。元ヒトだと、知恵が回るってことか)」
 空を飛びまわるならば、下から攻めてやるってことなのだろう。
 死角になりえる場所をつかれ舌打ちをする、
 それは柔らかい砂地ならなおさらのことだった。
「チビ、お前から落としてやるぜ」
 ソーマよりも先に潰すべきなのは北都だと、エアリエルの能力でターゲッティングする。
「刻まれちまいなぁああ!!」
「北都、避けろ!」
「そんなこと言われたって…っ」
 超感覚の聴覚で風の刃の音を聞き、触れる寸前にかわしているがそれもいつまで続くものでもない。
「さぁーたのしーたのしぃー術をかけてやろうか♪」
 ボコールはトゲ縄を北都へ向わせ、楽しげにケラケラ笑う。
「羽を畳んで降りなさい、今すぐよ!」
「えっ、う…うん!」
 駆けつけたカティヤの姿が視界に入り、北都は言われるがままに砂地へ降りた。
「―…って、トゲがっ」
「あなたのパートナーところへ急いで!」
「逃がすかよ、チビすけ」
 裁きの章使いである彼を潰しておきたいボコールは、トゲ縄をくねらせて追わせる。
「うふふ、やらせないわよ♪」
 カティヤは聖なる咆哮をくらわせ、相手の身体を紙のように吹き飛ばす。
「ぬぁあああ」
 北都ばかり狙っていた彼は、抵抗する術もなく砂へ転がる。
「ちぃい、捕られたはずなのに」
「んー…急に足が速くなった気がしたけど」
「どうにか間に合ったみたいだな」
「あ…!」
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)のペンダントの中に輝く藍色の宝石を見て、エターナルソウルの影響だったのだと理解する。
「ふふ、あちらもまだ魔力が残っているみたいね。でも、こっちもだいぶまだあるのよ♪」
 一度、陣たちと合流していたのだが、アイデア術の行使中に妨害されることなく“女神”として再び降臨したのだった。
「やつら、まだ見つけてねぇのかよ…」
「あら?やっぱり探しているのね。さっさと合流の判断して正解だったみたい♪」
 口元に手をあてクスクスと美しく笑う。
「あの子の心臓も、この町の人のもあげるわけにいかないわ。大人しく捕まりなさい!」
「けっ誰がだ。おばさん」
「―……その程度で私が精神を乱すとでも?」
「さすが、年…こほん女神様だな、凄いな」
「羽純?あなたはあとでお仕置きよ♪」
 何やら言い直した羽純をちらりと見て、不気味なほど爽やかな笑顔を向けた。
「お話はこの辺にして、務に集中しなきゃね」
 ボコールたちを集めるようにソーマへウィンクする。
「さぁて吼えるわよ♪」
 町から遠ざけようと祓魔の声を響かせ、彼の神籬による結界陣で徐々に彼らを誘導する。
「んだよ、こっちくんなよ!」
「おまえこそ、離れろって!!」
「オイ、ばかばか!酸の雨がっ」
 だんだんと身動きがとれなくなり、酸性雨をまともにかぶってしまう。
「魔の者を沈める清らかな雨よ…降り注いで穢れを祓い給え」
 うろたえる彼らに北都は容赦なく、裁きの章による罪による穢れを洗い流そうと浴びせる。
「くそが、こうなったら撤退だ」
「だったらせめて、風の魔性を開放してからにしてもらいましょうか」
 逃走しようとするボコールを、優しい光のヴェールで包囲する。
「エアリエルが…。……くっ、やつらを切り刻んで遊んでやれ。使う身体なら与えてやる!」
「ばか、よせ!」
 ソーマはエレメンタルリングを媒体に、大地の力を手に宿らせ再憑依しようとするエアリエルに平手打ちする。
「目を覚ませ、エアリエル。また強制的に憑かされでもしたら、お前…消滅しちまうんだぞ」
「う、うぅ、まだ…遊びたいだけ。なんで、どうして…」
「傷つけることはいけないことだ。遊びじゃ許されない、お前だって痛いことされたらイヤだろうが…」
「ボコールの体から、小さな少年が!」
 ソーマの声に応じたのか、歌菜の視界にエアリエルの姿が入った。
「もう、魔性を取り込んでいるやつはいなさそうだな」
 襲撃者をロープで縛り上げたソーマは、砂の上に転がす。
「ここは任せちゃっても大丈夫ですか?」
「あぁ、今の所は。来てくれてありがとうな」
「いえ。また何かあったら呼んでください!」
「歌菜そろそろ戻るぞ」
「分かった、羽純くん」
 ぺこりとソーマたちにお辞儀をし、歌菜はパートナーと陣たちのところへと戻っていった。