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少女と執事とパーティと

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少女と執事とパーティと

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 「……」
 沢渡 真言(さわたり・まこと)はパーティ会場を遠目から眺めていた。
 パーティ会場には定刻通りに招待客が集まり、歓談を楽しんでいるようだ。談笑の声が至る所から沢渡の耳に聞こえてくる。
 沢渡はパーティのスケジュール管理を担当していた。懐に忍ばせた懐中時計に沢渡は取出す。
「そろそろかな……」
 
 華やかな会場を通り抜け、チズの居る控室へと向かう。
 控え気味に沢渡はドアをノックした。
 「チズさん、御時間です」
 ゆっくりとドアを開けると、緊張した面持ちのチズが立っていた。隣にはライスが控えている。準備の方は済んでいるようだ。
「パーティの開始の時間です。準備は宜しいですか?」
「……はい」
 チズはライスを伴い、パーティ会場へと歩き出す。だが、途中でチズの足が止まった。
「私は……」
 少しずつ見えてくるパーティの会場にチズの足が重くなっていた。顔色も心なしか青く見える。
「お嬢様……」
「チズさん、彼らが見えますか?」
 沢渡はパーティ会場を指した。会場の中には多くのスタッフ達が忙しなく動き回っている。
「……ええ」
「彼らは貴方の為に、最高のサービスを提供します。何の心配もいりません」
「はい」
「トラブルや妨害があっても我々がいます。我々が全ての障害を排除します。何があっても、我々が貴方達をフォローします。心配は無駄な事です」
「お嬢様、私も傍に必ずおります」
 ライスはチズに手を差し出す。
「動けますか?」
「ええ……行きましょう」
「頑張りましょう、貴方はイリスフィル家の当主になのですから」


 チズの姿を見つけるとパーティ会場がざわついた。いよいよ当主として、チズが試されるのだ。
「……」
 チズの身長を考慮し、少し高めに設計された壇上へとチズは上っていく。控えめに手を振り、挨拶に応える。
 壇上からはチズが招待した貴賓達の顔が良く見えた。新しい当主への期待と不安、そんな表情も見て取れる。
 ジョージの顔も見えた。ニコリともせず、此方をジッと凝視している。
 チズはジョージを見返すような事はしない。あくまで自然に振る舞う。
「……」
 横をちらりと伺うと、ライスが此方をしっかりと見ていた。
 チズは静かに息を吸込み、会場全体を見据えた。
「皆様、今宵はイリスフィル家恒例のパーティにお越し頂き、誠にありがとうございます。前当主アルフレット・イリスフィルが他界し、半年が経ちました。―― ――」
 チズの挨拶は粛々として進んでいく。皆、チズの挨拶に聞き入っているようだ。

 「私、チズ・イリスフィルはイリスフィル家当主として、今ここに皆様を改めて御招待出来ることを心から嬉しく思います。短い時間ではありますが、パーティをお楽しみ下さい」
 沢渡の合図で、オーケストラが演奏を開始する。

 パーティ会場では清泉 北都(いずみ・ほくと)達が既に配置に付いている。
「上手く始められたみたいだね」
 壁際に控えた北都は一度パーティ会場全体を見渡した。
 姿勢はピンと正されており、立ち振る舞いも優雅だった。スーツを着ていれば、招待客だと言えば気が付かないだろう。

 「うん」
 一寿からの合図だ。あと少しでオードブルの運びが始まる。パーティは立食形式となっている。
「海、柚。僕達も動くよ」
 ウェイター姿の海、ウェイトレス姿の柚にも小さく合図する。
 コクリと二人は頷き、北都に従って動く。

「こちらを御願い致します」
 パーティ会場の真隣に設置されたキッチンには人数分のオードブルが既に準備されていた。
「ええ、任せてください」
 お皿には、量は少ないが色鮮やかな前菜が並んでいる。北都はキッチンの奥へと自然に目が向かっていた。
「……え?」
 北都は目が点になっていたと誰もが言うだろう。

 「さあ、じゃんじゃん作るわよ!」
 コック姿に着替えたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がそこに居た。セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)もそこに居る。
 セレアナが何で止めなかったのかと言いたいが、時間も無い。北都は見なかったことにした。
「……行こう」

 シャーレットはパーティが開催される一時間程前に、セレアナと現地に来ていた。
「やっほー、手伝いに来たよ」
 事前に連絡をしていたライスに会うと、直ぐにこんな話になった。
「コックが可能なら手伝いが欲しいと言っていまして。あの……失礼ですが料理のご経験は?」
「天才料理人のあたしを知らないの?人類の至宝とも言うべき料理の腕を!」
「ええ……申し訳ありません」
 申し訳なさそうに、ルイスは頭を下げた。
 この場に誰か居れば、騙されてると訂正した筈だ。
「それでは……よろしくお願いします!」
「任せておきなさい」
 セレアナが小事で席を外している内に、あれよあれよと話が進んでしまった。

「来たああぁ!」
 コック姿のシャーレットは喜びにうち震えていた。なかなか回って来なかった料理人としての立場がついにシャーレットに回ってきた。思わずガッツポーズが出てしまう。
 喜ぶシャーレットとは対照的に、セレアナは頭を抱えていた。ほんの数分だけ別の手伝いに出ていただけなのに、どうしてこうなったのか。
「どうしようかしら……」
 声に出てしまう。
「さあて、何を作ろうかしら」
 プロフェッショナルの手伝いだった筈なのに、いつの間にかシャーレットが作る事になっている。
「……」
 あれこれと思順を巡らせ、演技に出ることにした。
「ね、ねえ!御願いがあるの……セレンの人類の至宝のような料理は私だけに独占させて欲しいの!」
 上目遣いで唇に指をそっと当てる。
「お願い。たまには、私の我が儘を聞いて……」
 セレアナの演技にシャーレットもドギマギしていた。
「しょ、しょうがないわね!」
 満更でもないようだ。セレアナは此処でウェイトレスの話題を取り出した。
「さっきライスに会ったけど、ウェイトレスの人数が足りないらしいの」
「そうなの?」
「ええ、だから私達も此処ではなくてパーティ会場へ向かうわよ。その可愛らしさならきっと注目の的になるわよ」
「分かったわ」
「急いで、着替えましょう」
 幸いなことに、コック姿に着替えただけだったということだ。シャーレットはまだ食材に手をつけていない。セレアナは人知れず、パーティを惨劇から救ったヒーローになっていた。

 「ふぅ……」
 北都は余計な心配事が増えたが、招待客の前でそんな情けない姿を見せる訳にはいかない。
 会場に一歩足を踏み入れた瞬間、すらりと背筋が伸びる。
「……」
 指示が無くとも、身体が自然と反応する。
「フォークをお取り換え致します」
 女性がボーイを呼ぶ前に、北都は既に動いている。
 新しいフォークを差し出し、女性から取り落としたフォークを恭しく受け取る。
「ありがとう」
「お気になさらずに、食事をお楽しみ下さい」
 不快に感じないよう、小さく笑みを返す。

 北都が配置に戻ると、椎名 真(しいな・まこと)が静かに寄ってきた。
「何かトラブルですか?」
 厨房から出てくる北都を見ていたのだろう。
「シャーレットさん達がちょっとね……」
 思い出したくないように、北都は真から目を逸らした。
「? シャーレットさん達なら先程見ましたよ。ウェートレスの仕事をしていましたけど……」
 不思議そうな顔で真は北都を見た。
「え?」
「ほら、あちらで仕事をされていますけど」
 真の視線を追うと、確かにシャーレット達が仕事をしている。
 二人ともウェートレスの格好をしていた。どちらも似合っている。
「セレアナさん!」
 手が空いたところを見計らって、北都はセレアナを呼び止めた。
「先程、厨房に居ませんでした?」
 北都の問いかけに、セレアナは気まずそうに北都を見た。
「……見てたの?」
「ええ……」
 二人の周囲だけ重たい空気が流れる。
「え、あの?」
 真が戸惑った表情で、うろたえた。あれを見ていないのだから、しょうがない。
「ま……未遂に終わったから大丈夫よ」
 コロッと表情をセレアナは変えた。
「み、未遂……」
 不穏な言葉がセレアナから飛び出し、真が心配そうに北都を見た。
「そう……なら良いんです……」
「解散しましょうか」
「そうですね」
「え、あの。え?」
「真さん、仕事に戻りましょう」
 北都はサッとその場を離れ、サービスの提供とパーティを円滑に進める為に動き出した。