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【真相に至る深層】――前奏

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【真相に至る深層】――前奏

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【その悲劇の始まりは】


 それは、まだ幼さをその顔に残す、後の茜色の騎士団長アジエスタと、謡巫女の筆頭となる姫巫女ティユトスが、引き合わされた頃の話だ。


「オーレリア様」
 夜も更け、幾人かの側近のみを自室に侍らせる紅族の長オーレリアの傍まで寄って、アトリはその長い三つ編みが地面に触れるのにも構わず膝をついた。視線を向けるオーレリアに、アトリが差し出して見せたのは、鮮やかな珊瑚の美しい髪留めと、黒銀の台座に、オーレリアの瞳の色に良く似た深い紅の宝石をつけた小さな指輪だ。それ見た瞬間、ぴくりと眉を寄せたオーレリアは、口元を歪ませるようにして笑みを深めた。
「……これは、あの男からかえ?」
「……はい」
 アトリがどこか言い辛そうにしている中で、オーレリアは髪留めを摘み上げると、傍に仕えていた侍女へと捨てるように投げ渡した。驚くアトリの前で、続けて指輪を取り上げ、それを眺めるオーレリアの目には深く強い感情が煮凝っているのが見て取れる。今にも弾けそうだったものを、押しつぶして飲み込んだような、そんな不気味な紅の目だ。
「ふ……未練は絶つか。全く、堅いばかりの面白みの無い男よな」
 そのぞわぞわするような声音にアトリは身を竦めたが、それが怒りか悲しみなのか、察しきるにはまだ年若く、ただオーレリアがその指輪を左手に嵌める仕草に、彼女の中の激情を悟る。だがその手がアトリの頭を撫で「ご苦労」と声をかける姿は、初めて傍に仕えた時に見せたそれと同じ、気高く高潔な薔薇のような姿だ。あれほど強烈な私を飲み込んで公を取り戻すオーレリアの姿に、アトリはより一層の忠誠を心に宿すと、一礼と共に部屋を下がったのだった。

 その背中が部屋を辞したのを待って、オーレリアに声をかけたのは、アジエスタの祖父に当たる茜色の騎士団所属のノヴィムだ。
「何故……あの二人を引き合わせたのですか?」
 その問いに、オーレリアが僅かに眉を上げたのは判ったが、ノヴィムは怯まずに続ける。アジエスタ本人はまだ知らないが、三色の上層階級は皆、アジエスタが巫女の命を奪う役目を背負うことを知っている。いずれその手にかける相手であるなら、引き合わせ交流を交わすことは、その刃を躊躇わせる原因になりかねないのではないか。そう言外に訊ねながら「それに」とノヴィムは続ける。
「あの少女は……巫女は、一体なんなのです」
 何故、あんな小さな少女が殺されなければならないのか。族長達の協議の上とは聞いていても、用意に納得できるものではない。そう言うと、オーレリアは深く腰掛けた長椅子の上で、傍らのオゥーニの肩を軽く招き寄せて、彼女にも聞かせるように「あの娘こそが、この都市の存在理由」と囁くような声音で言った。
「あの娘は、伝説にある薄倖のトリアイナの“契約の娘”。あの娘の魂を、龍は長い長い時をかけてっ待っておったのよ」
 オーレリアが語るのは、都市ポセイドンに古くから伝わる薄倖のトリアイナと龍との恋物語だ。龍を実際に目にすることの無い下級層の人間には殆どおとぎ話に等しい物語だが、現実として、龍は存在して都市を守り、邪龍を封じた際に死んでしまった巫女の魂をずっと待っている。だが、その少女が巫女の生まれ変わりであるなら、死ななければならない理由が判らない。
 そうノヴィムの目が語るのに、オーレリアは続ける。
「龍と死に行く乙女との間には約束があったのよ。契約と言うべきかの。次に巡り合った時には共に滅びんという、幼子のような約束ではあるが……“龍は約束を破らぬ”」
 ひやり、とその声が冷たくなるのに、ノヴィムはその言葉の意味を悟って唾を飲み込んだ。共に滅びん、ということは龍の滅び、つまりその背に建てられたこの都市そのものの滅びもまた意味する。恐らく、巫女を殺すというのは、それを防ぐためなのだ。そこまでは理解したが、それならば尚のこと、二人を引き合わせることはその失敗を招きそうなように思える。
「アジエスタは、優しい子です……いざとなった時に、躊躇った場合は如何するのです」
「その時は都市が終るであろうの。優しい娘が、それに耐えられようかな?」
 オーレリアの反論にノヴィムが黙ると、オーレリアは「可能性は否定出来ぬがの、必要なことなのだよ」と続ける。
「かつてトリアイナは、邪龍を封じるために自らの愛した短剣で、己が胸を突いたという。アジエスタはその”絶命の剣”だ。役目は等しく嵌めねば、歯車は回らぬのだよ」
 どうやら、伝承――「愛した短剣」である必要性、がその理由らしい。アジエスタはその剣から「絶命」の異名を取る戦士だが、どうやらその二つ名には別の意味も含まれていたようだ。それ以上を語ろうとしないオーレリアの態度から、訊ねるのは無駄なようだと悟ると、まだ幾らか釈然とはしないまでも、ノヴィムもまた部屋を辞したのだった。
 その背を見送り、オーレリアはするりとその手をオゥーニの肩へ滑らせると、そのまま抱き寄せるように力を込めた。柔らかな肌が触れ、冷たいオーレリアの肌の上にオゥーニの温度が重なる。そのまま耳元へと口元を近寄らせると「と、言うわけだ」と囁いた。オゥーニもまた、アジエスタとティユトスの二人を引き合わせたことに疑問を持つひとりだったからだ。ノヴィムと同じく一応の納得はしたものの、家族同然でありながら違う立場を持つオゥーニにとって、アジエスタとティユスタが引き合わされたことは、アジエスタが戦士として成長するまで、監視と言う立場で見守るという、その役割を別のものへと変えかねない。
「今まで通り、監視役とばれずに接せよ、と?」
 オーレリアの指先に半ば翻弄されながらも、オゥーニは困惑を隠しきれない様子で首を傾げた。
「拾って頂いた事には感謝しております。ですが、これ以上、アジエスタ様を欺くのは……」
 両親が駆け落ちし、スラム街の慣れない生活で他界した後、幼くして行き場をなくしたオゥーニを拾ってくれたのはオーレリアだ。その感謝があればこそ、オーレリアの持つ幾つかの性癖にも応えて来たし、今となっては抵抗もなくなったものの、監視のためとは言え傍で仕えてきたアジエスタへの肉親にも近い情もまた抱いているのだ。これでは、ティユスタを知ったアジエスタが、この先裏切らないように監視しろと言い直されたようなものである。その内心の葛藤を知ってか知らずか、オーレリアは髪の合間に指先を滑り込ませて掬い上げ、くすぐるように耳元まで撫で上げながら「心配はいらぬ」と笑うような響きで囁いた。
「そなたはただ今までどおり、あの娘を見守ってやれば良いのよ……リリアンヌ
「はい」
 応えて、今まで脇に控えていたリリアンヌ・コルベリティがすい、と前へ出て頭を下げた。
「そなたは、茜色の騎士団へついてもらう。あの娘が、無事成し遂げられるようにの」
「お任せくださいませ」
 リリアンヌは跪くと、にっこりとその顔を笑みにして頭を下げた。
「来るときには必ず、彼女が一刻も早くティユトスさまの命を召し上げるよう努めると、お約束いたしますわ」
 その人形のように整った笑みは、妙にぞっとする空気をそこに生み出した。オゥーニの落ち着かない様子にオーレリアはしょうがない、とばかりに苦笑を浮かべると、もう一人、こちらは後ろに控えていた女性を手招いた。
ケァルクセス
「はい」
 応え、前へ出たのはオーレリアの従姉妹であるケァルクセスだ。オーレリアはオゥーニの肩を抱き、招きよせながら二人を見比べて笑みを深めた。
「そなたも巫女であったの? オゥーニと共にあの娘達を良く「見て」おくようにの」
「わかりましたわ……オーレリアさんの仰るとおりに」
 ケァルクセスはただ頷き――けれど、そっとその口元を笑みに引き上げる。
(これは――好機ですね。ふふ、丁度良い名目を手に入れた)
 内心の呟きは誰にも聞かれることはなく、俯いた顔はただ己の望みのままに暗く笑みを浮かべ続けた。

(龍――ポセイダヌス。わたしの心を、どこまで満たしてくださるでしょうか……?)





 同日、時はやや遡り、夕日もまだ沈まぬ頃合のこと。
 神殿を訪れていたアトリは、黄族の族長「厳格」のティーズを前に、複雑な表情で頭を下げていた。ティーズもまた、普段はにこりともしないような堅い顔が、僅かに歪んだような、微妙な顔をしてアトリを見ている。原因は恐らく、彼女に手渡した包みだろう。
(この人が……そう、なんですね)
 アトリは心中で呟いて、そっと手渡された包みを抱いた。この包みの中身が贈られるのは、ここへ遣わせた彼女の主だ。二人の立場を考えれば、もっと堂々とやり取りのできるはずのことを、こうして内密に行うその意味がわからないほど、アトリは子供ではなかった。そして、知らなければ良かったと思うほどにも。
「それでは、失礼いたします」
 今はまだ、その目を遮るものの無い目を前髪で隠し、アトリは静かにその場を去った。彼女がその目を隠すように眼鏡をその顔へかけるのは、この後のことだった。

 その背中を見送り、複雑な表情を浮かべていたティーズは、深く息を吐き出すと、背中から聞こえた呼び声に「来なさい」と短く答えた。それに応じて現れたのはネフェリィだ。ティーズに仕える官吏であった両親が、不慮の事故で亡くなったことで孤児となったその少女は、上司であるはずのティーズの家に引き取られることとなったのだ。
「この度は格別の御配慮を賜り、篤く御礼申し上げます」
 ツインテールに括った白い髪に紅のリボンが良く映えている。言葉遣いはしっかりしているし、その表情も揺らぐことなくしっかりとティーズを見ていたが、そのまだ幼さを残す眼差しに、僅かに戸惑った様子を見出して、ティーズは口元を緩めながら膝を折って視線を合わせると、その肩へとそっと手を置いた。
「お前の両親は、私に長年よく仕えてくれた」
 思い出すようなその口調は、とても痛ましげで、ティーズがネフェリィの両親を深く信頼していたことが伺えた。ときりと小さく胸を痛ませながら、耳を澄ませる少女に、ティーズは続ける。
「その忠義に報いる為にも、私にお前の面倒を見させてほしい」
 そう言って目元を緩ませると、厳格と呼ばれる程に堅いその顔も不思議と暖かく見えて、ネフェリィは緊張で固まっていた肩を僅かに緩めた。この人は、自分を守ってくれる人だ。家族のように思って欲しい、とティーズの手紙には書いてあった。それならば、こう呼ぶのが礼儀だろう、と恐る恐る、緊張とほんの僅かな喜びに似たものをもって、ネフェリィは口を開いた。
「ありがとうございます…………お、おとう、さま」
 その言葉がどういう意味を持つのか、ネフェリィは知らない。ティーズが何かが刺さったような顔を一瞬浮かべた理由も、そして頭を撫でるその手つきが本当に優しかったその理由も、彼女自身はまだこの時、何も知らなかったのだった。
 そんなネフェリィを連れて、ティーズが向かったのは神殿の奥だった。
 聖堂や謡の間など、神殿の殆どは龍に仕えるためだけに設えてあるものだが、他にも巫女達が寝泊りする寮や、歴史などが納められた資料室などもある。黄族は神殿の管理を任されている手前、知っておく必要があるから、と案内しているのだ。
 神殿の外側を回り、それぞれの部屋、そして最上階へ続く階段や数々の石碑についてを一通り説明して回っていた、その時だ。廊下で一人、重たげな溜息を吐き出す青年と出くわした。数少ない男性の謡巫女であるイグナーツだ。
「どうした、そんな所で」
 ティーズがそう声をかけると、イグナーツははっと気がついて慌てて頭を下げたが、ティーズはその肩に軽く触れ「顔を上げなさい」と柔らかに言った。
「浮かない顔をしているが……何か、あったか」
「いえ……そちらの方は?」
 首を振ったイグナーツは、話を変えようとするように目線を下へ降ろすと、ティーズの傍で無表情にイグナーツを見る少女を見つけた。
「今日から引き取ることになった、私の義娘のネフェリィだ」
「よろしく、ネフェリィ」
 義娘、と聞いて一瞬目を瞬かせたイグナーツだったが、直ぐに微笑んで頭を下げて見せた。少女の方も無表情のまま頭を下げるだけで答えると「それより」とティーズは誤魔化しの効かない目でイグナーツを見やった。
「何か、問題があるのではないのかね」
 そこまで言われては、イグナーツのほうも黙っているわけにはいかず、こんなことで族長煩わすとは、と思いながらも口を開いた。
「問題……があるわけでは、ありませんが。男である私が巫女であることは、歌を……乱すのではないかと」
 巫女は血筋に関係なく、その能力で選ばれる。故に、その才能さえあれば男女を問われることもないが、巫女と言う職業の名前であるように、基本的には女性が就くものである。声を重ね、音を重ねる時、男性であるイグナーツの声は音域の違いが如実に出るのである。実際には、それが美しい音階を作って聴く者に心地よく響いているのだが、歌っている本人にはそれが不和になってはいないか、と悩みの種なのだ。
 実際を口に告げたところで、恐らくは納得はいかないだろう、とティーズは恐縮する様子のイグナーツとネフェリィを連れて、聖堂の奥へと案内した。
 そこにいたのは、幼いティユトスと、その付き人であるバルバロッサだ。ティーズは彼を示して、小さくその口元を笑みへと変えた。
「あれも巫女だ……君はそれをおかしいと思うかね」
 ティーズがそう言うのには理由がある。バルバロッサは、一見しただけで判る筋肉、体格の良さ、そしてさっぱりとしたスキンヘッドをしたいかにも戦士、といった見た目の――巫女である。どう見てもそうは思えない容姿のバルバロッサは、ティユトスの隣でなにやら楽しそうだ。普段は勤める時間帯の違い故に会う事がなかったその先輩巫女の姿に、イグナーツが目をぱちぱちさせているのに、ティーズは笑みを深めた。
「あれで何故戦士でないのかと疑いもするだろうが、才は才だ。彼も素晴らしい声を持つ、立派な巫女だ」
 それも、巫女の付き人を勤める程度には、才覚のある歌声の持ち主なのだ。そう言って、ティーズは普段の彼らしからぬ茶目っ気をもった目を細めて、声を潜めた。
「正直に言うなら、彼と比べれば君はよほど巫女らしい巫女だと思うがね」
 冗談めかすその声に、イグナーツは思わず噴出した。確かに失礼な話だが、彼と比べれば殆どの男性巫女は「女らしく」見えるだろう。
 そうしてイグナーツがその胸につかえる苦さを解いて、ティーズへの感謝の念を抱いていると「皆様、おそろいですか」と神殿の更に奥から声がかかった。巫女のリュシエルだ。どうやら先程まで中庭で花の手入れをしていたらしい。細い手には摘みたての美しく素朴な花々がある。おっとりとした見目ではあるが、巫女たちの中でも数少ない高位の巫女だ。イグナーツが頭を下げたのに困ったように笑って、リュシエルは誰かを探すように視線を彷徨わせた。その目当てが誰なのか判って、その「誰か」の上司であるティーズは小さく苦笑した。
「すまないね、彼は今、仕事で出ているのだよ」
「え、あ……そうですか」
 その言葉に、リュシエルは軽く頬に血を上らせながら、残念そうなのを隠しもせずに息をついた。
 彼女がその想う人へ出会ったのは、今よりずっと幼い頃だ。両親を亡くし、引き取られた先で人形のように意思もなく、使用人扱いを受けていた彼女の下に、偶然訪れたのが彼の人だったのだ。
 あの時出会った事が、神殿へ勤めるかこのまま生きるかの二択を差し出してくれたことが、リュシエルにとっての最初の転機で、その手を取ったことが、リュシエルの最初の意志だった。その時から始まったその淡い想いは、本人は気付いていないが誰の目にも明らかで、ティーズやイグナーツは微笑ましさに表情を緩めていたが、ティーズは直ぐにその表情を苦いものへと変えると、僅かに息を吐き出した。
「後案内していないのは……家、だが……」
 その声が重いのには訳がある。義娘を引き取ったティーズには、正しく彼の娘である二人の少女がいたのだ。彼女等が果たして、ネフェリィの存在をどう思うのか。それを考えると気の重いティーズは、首を傾げたネフェリィの頭を、誤魔化すようにゆるりと撫でたのだった。



「娘……ね。今更養女とは、お父様は何を考えているのか」

 そのまさに同じ頃。黄族族長、ティーズの家の片隅で深い溜息を吐き出したのは、後に天狼と呼ばれることとなる黄族の戦士、ティユトスの双子の姉テティユスだ。
「まるで、いなくなるティユトスの代わりを拾ってきたかのようではないか」
「そのような仰りようは、お父上に失礼ではありませんか」
 やんわりと口を挟んだのはリーシャだ。ティユトスの影武者を務めるリーシャと、ティユトスの双子の姉であるテティユスがこうして並ぶと、此方が本当の姉妹のように見えるから不思議だ。なんとも複雑そうな顔をしながら、テティユスは息を吐き出した。
「身代わりといえば、貴方もそうだなリーシャ。貴方自身は、それに対して不満はないのか?」
「いいえ」
 テティユスの問いに、リーシャの返答は迷いなく滑らかだった。まだ幼さの残る身ながら、その眼差しにも声にも、身代わりを命じたティーズへの信が見て取れて、テティユスは思わず苦笑する。肉親の自分より余程、父親の態度を信じているように思えたからだ。彼女自身も、別に父親を嫌っているわけではないのだが、自分と妹の生まれてきた理由、そして双子として生まれながら妹だけが背負う重荷と、その重荷を唯々諾々と受け入れ、また受け入れさせるその姿勢を、どうしても納得して受け入れることが出来ないでいるのだ。
「……ティユトスは私の半身だ。あの子の命が奪われるのを、黙ってみているしかないなんて、受け入れられるはずがない」
 その言葉に、リーシャは答えなかったが、テティユスは眉を寄せながら、独り言のように続ける。
「何故、私ではなかったのだろう。同じ双子でありながら、同じ目的で――契約の娘の器たれと産み落とされた子供でありながら、何故ティユトスだけが選ばれたのだろう」
 吐き出されていく言葉は、子供らしくない重さで満ちているが、それも仕方のないことなのかもしれない。黄族の長の一族、そしてその子供とは、いつか来る契約の時の為に、血を繋ぐことを最たる役目とし、幼い頃からそれを教わって育つ。ティユトスがその“契約の娘”であること。そして龍の為に死を迎える定めであることを、姉妹は物心付いた時に父より教わった。愛する妹の不遇は、龍へ捧げられるにしても、或いは都市を守る為にしても、死が与えられることに変わりない。
「……私が代わってやれたらよいのに」
 思わず呟いたテティユスに、リーシャは小さく痛ましげに眉を寄せたが、直ぐに悲しげに首を振った。彼女の気持ちも判らなくはない。
「それでは結局……ティユトス様が悲しまれるだけでしょう」
 その言葉に、テティユスが顔を上げると、リーシャは笑みもなく淡々と続けた。

「それに……身代わりと言うのならば、それは私のお役目かと思います」