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【真相に至る深層】――前奏

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【真相に至る深層】――前奏

リアクション




3:それぞれの時間



 ディミトリアスが、ホワイトデーの贈り物を探すために遠ざかっていく背中を、半ば保護者の気分で見送りながら「しかし海中都市か……」と、クローディスは呟いた。
「そう聞くとどうしても、アトランティスの名前を思い浮かべるな」
 それは、地球では有名な都市の名前だ。一夜にして沈んだと言われるその都市の名前に「アトランティス……か」と刹那が思わず呟いた。聞き覚えのある名前なのは、当たり前のはずだ。だが、それよりもっと深いところで、その名前の響きが何処か懐かしいように聞こえ、そして同時に妙な違和感を覚えて、刹那は目を細めた。思い出すのは、やはり、このところ毎夜のように見る夢のことだ。
 その夢を見る限りでは、最後には滅んでしまったと思われる海中都市。その滅びの原因やプロセスが判れば、依頼主の望むものへの大きな手がかりとなるはずだ。
「どうやら場所も龍脈の上じゃと言うからの……期待は出来そうじゃな」
 他に聞こえぬよう、刹那が一人小さく呟いた、その時だ。
「フハハハ!」
 最早聞き慣れた者もいるだろう、その高笑いをBGMに、現れたのは勿論ハデスだ。
「我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! 話は全て聞かせてもらったぞ!」
 どうやらストーンサークルの石柱の裏に隠れて、ディミトリアスの話を聞いていたらしい。
「霊峰オリュンポス……そこに咲く花の伝承は、未来の我々オリュンポスに向けたメッセージに違いない! 古代の秘密結社の幹部達が、世界征服のための秘術をそこに託」
「無いから」
 流れるようなスムーズさでツッコミを入れたのは美羽だ。それに一瞬ぐっとつまりはしたものの、そこで止まる様なハデスではない。いや、或いは、と腕組みしてキラリと眼鏡を反射させる。
「そうか、なるほど……花、つまり秘術は、巨大な蛇が守っているのだな!」
「だから違うって」
 美羽がハリセンでも取り出しかねない勢いでツッコミを繰り返したが、当然のことハデスにはダメージになりそうにない。他の面々はもうすっかり二人の漫才(?)の見物客と化している。
 そうして、ハデスが賑やかにやっている影に潜むようにしていたのは、十六凪だ。悪目立ちしているハデスを隠れ蓑に、そのパソコンの画面はエリュシオン各地の情報や、後ろ暗い所のある者達の報告書らしきものが浮かんでは消える。
「折角帝国へ向かうわけですし……仕込みは、しておくにこしたことはありませんね」
 聞き取れないほどの小さな声で呟いた十六凪は、モニターを見やりながら、そこに映りこむ視線――此方を監視するようにじっと物陰から眺めているアルテミスに、目を細めて苦笑した。いつぞやの温泉での出来事以来、あからさまに敵として警戒されているようだ。だが今の所は実害が無いため、放置、というのが十六凪の判断のようだが。
「私が計画を知ってることは、十六凪さんは気付いてないはずです。こっそりと監視させていただきましょう!」
 そんな風に判断されているとは、それ以前に視線に気付かれているとは思いもよらずにいるアルテミスである。何より計画を聞かれたことは十六凪自身の知るところなのだが、当然それを知るよしも無いアルテミスは、今も絶賛で怪しげな行動を取っている十六凪の監視に忙しい。
「ここに来る前も、変な人たちと話をしていたみたいですし……思い切り、怪しいです……!」
「いやぁ、キミの方も大分、怪しいよ?」
 ブツブツと呟いて、柱を握り締めていたアルテミスの後ろから、唐突に、声。驚いて勢いよく振り返ると、そこでにっこりと笑っていたのは氏無だ。いつの間に近づいていたのかさっぱり判らないアルテミスが、あわあわしていると「ごめんねぇ?」とのんびりとした声が言って、その手を軽く上げると、これまたどこに居たのかささっと近付いた氏無の部下らしき男達がアルテミスの肩をがしりと掴む。
「悪いけど、ちょっとご同行願っても良いかな?」
「いえ、あの……っ、私は怪しい者ではないです、違うんです――っ!」
 氏無の合図で、男達は暴力的ではないものの、有無を言わさない無言の圧力で、こっちへ、とその身柄を運んでいく。とんだとばっちり(ではあるが、実際秘密結社の一員としては仕方ない展開のような気がしないでもないが)のアルテミスの虚しい叫びは、どこかへと連行されていく道すがらに響いたのだった。
 

「やれやれ……まったく、あちらさんもなんだか面倒なことになりそうだねぇ」
 その姿をひらひらと手を振って見送った氏無は、その間に姿をくらましたらしく、十六凪の姿が掻き消えてしまっているのに、ふうと溜息を吐き出した。アルテミスはわかりやすい怪しさだったが、警戒するような怪しさをしていたのはあちらさんだったんだけどね、と一人呟き、ふと帝国に居る知己のことを思い浮かべつつ、氏無が煙草を取り出した、その時だ。
「ちょっと、そこの大尉さん! いつになったら、遺跡に向かうんですの!!」
 びしいとその顔に指を突きつけつつ、叫ぶように言ったのはノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。いつも方々から怒られ慣れているためか、殆ど条件反射のごとくぴゃっと縮こまった氏無に、ノートは容赦ない。何しろ遺跡へ向かおうと街を訪れてみれば、足止めを喰らってもう二日目だ。
「こんな所でぐずぐずするために、来た訳じゃありませんのよ!?」
「ああああ、そんなに怒っちゃ、美人さんが台無しだよ? まぁちょっとお茶でも飲んで落ち着かないかい」
 身を竦めながら宥めるように言った氏無だが、ノートはふん、とその言葉に鼻を鳴らして片眉を上げると
「見え透いた世辞は逆効果ですわよ」と取り付く島もない。
「世辞を言う暇がおありなら、行動で示すべきではないですの!?」
「ええと……じゃあどうだろう、一緒にデートでも」
 わざと茶化した物言いをしてみた氏無だったが、どうやら逆効果だったようだ。形の良い眉を跳ね上げて、ノートの手がおどけて伸ばされた氏無の指をバチンと弾く。
「さっさと遺跡へ進める様に交渉をなさい、と言っているんですのよ!!」
 そういう行動じゃありません、と噛み付くように言われて、氏無は再び肩を縮こまらせた。はたから見ていると、年頃の娘に怒られている父親のような絵面である。「まぁまぁ」と降参とばかりに手を上げて、氏無は
眉根を下げて情けなさげな苦笑を浮かべた。
「気持ちは判るけど、落ち着いておくれよ……どうも、あちらさんも色々あるみたいでねぇ」
 氏無の言うあちら、とはエリュシオン帝国のことだ。皇帝の交代からこちら、大分安定してきているというから、その色々は遺跡に関することだろう。おどけてはいるが、本当に困っているという色がその目に見えて、ノートはまだ怒り顔ながら息を吐いて、僅かにだけ柳眉を下げた。
「……ちゃんと努力をされてるなら、これ以上は文句は申しませんけれど」
 納得し切れていないのは明らかな口調だが、一応矛を収める気にはなってくれたらしい。だが、勿論そこで簡単に容赦するようなノートではなかった。
「もしサボったが故に遅れようものなら……容赦いたしませんわよ!!」
 へらりと笑った氏無に、ノートは指をびしり、と突きつけたのだった。