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リアクション
第四章 夜炎鏡
「またもや八紘零ですか……」
フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が世界コイルの前に赴いた。彼女のとなりには、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)とジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が寄り添うように立っている。
そんなパートナーに、フレンディスは意気込んだ。
「私たち家族が住むこの地まで手に掛けようとするなど! 決して許しませぬ!」
「まあ……財政が危機的状況だってのは理解出来るんだが。……どこからツッコミいれたらいいんだろうな」
すでに宴もたけなわの裸祭り会場。
世界コイルの周囲に広がる乱痴気騒ぎを、ベルクは遠い目で眺めていた。
「オレの記憶違いじゃなければ、八紘零が関与してて事態は物凄く深刻な筈なんだけど……」
ふたりを交互に見やって、ジブリールは言う。
「これ、どう見ても緊張感ないよね?」
ジブリールがふたりの家族になってから早8ヶ月。こんな状況でも冷静にツッコミをいれるあたり、少しベルクに似てきたようである。
「なんにせよ。あの不思議な踊り会場は見ない事にして、だ」
表情を引き締めたベルクが、鎮魂歌の杖を取り出した。彼の持つ杖には、ニコラの兄であるネクロマンサーの魂が閉じ込められている。
「あの兄貴が守ろうとしたものを守りてぇからな。俺達はニコラと世界コイルを守るぞ」
「はい。わかっております、マスター」
フレンディスもまた気合を入れなおした。羞恥心が高いフレンディスは、太陽がおっぱい作戦をハイナから持ちだされたときこそ「裸踊りなんて死んでも無理です!」の一点張りだったが、もちろんベルクは彼女の反応を予測済みだ。
ベルクが『ニコラと世界コイルの護衛』を命じると、フレンディスの態度は一転。殺る気満々で張り切る忍者さんであった。
「フレンディスさん、ベルクさん。オレもお手伝いさせてもらうよ。――殺さない程度にね」
ジブリールも、静かに闘志を燃やしている。
約束の『不殺』を誓うジブリールに、フレンディスはうれしさを抱いた。
しかし反面、少しだけ憂慮もある。
ジブリールは過去の因縁から、八紘零が絡むとどうしても熱くなってしまう。前回の戦いがその例だ。拷問島に乗り込み、一方的にフレンディスとの共闘を申し出たのである。
もっとも、死んだ子どもたちの魂に安らぎを与えたいと訴えたジブリールの目には、殺意ではなく慈悲が込められていた。
相手がすでに死者であるため、ふたりが交わした不殺の誓いにはあたらないと考えたフレンディスは、しぶしぶ共闘を承諾したのだったが。
戦いの最中。子供の魂を成仏させていくジブリールの瞳に、暗殺者としての残忍さがかすかに蘇るのをフレンは見逃さなかった。
やっぱりこの子に殺しはさせたくない。フレンディスは想いを強くする。たとえ相手が、八紘零やその仲間であろうともだ。
「あははははは! 久しぶりに絶好調だぜーっ!」
チェーンソーの爆音を響かせて、夜炎鏡が登場した。三人はすぐに戦闘態勢をとる。
鋭い目で睨みつけるジブリールに、フレンディスが声をかけた。
「いいですか。トドメを刺すのは私の役目ですよ」
「……わかってる」
普段のぽやっとした喋りとは違う、フレンディス真剣な声。
ジブリールは不殺の誓いを改めて胸に刻む。相手が誰であろうと、もう誰の命も奪わない。
――不思議な感覚だな。ジブリールは耳を澄ませながら思う。フレンディスの声を聞いていると、闘志はそのままに、こみ上げる殺意を抑えることができるのだ。
だが。声の余韻は、近づいてくるチェーンソーの二重奏にかき消される。
周回する刃にこびりつく血の錆(さび)。その中には、ニコラの兄の血も混ざっているのだろう。ベルクが鎮魂歌の杖をギリッと握りしめた。
緊張感が高まっていくが――。
「あははは! てめーら、そんなマジになってんじゃねーよ!」
夜炎鏡が腹を抱えて笑った。そして両手のチェーンソーを放り投げると、おもむろにメイド服を脱ぎだしたではないか。
「裸踊りしよーぜ! てめーらをミンチにするよりも、もっと楽しそーだ。あはははは!」
すっぽんぽんになった夜炎鏡が、フレンディスの手をとる。
「いえ……。私、裸踊りは無理です……」
「よく言うよ! さっきはあたいのこと、今にも殺さんばかりの勢いだったじゃん!」
「それは、また別の問題で……」
裸踊りを頑なに拒むフレンディス。夜炎鏡はしかたなく、恥じらい忍者さんを脱がすのは諦めた。
その代わり、夜炎鏡はひとりで数人分もの裸踊りを始める。
「あはははは! なんだこれ! すげーおもしれーっ! あはははははっ!」
思う存分踊り狂った夜炎鏡は、全身を火照らせながら、蒸気した顔でフレンディスの肩を叩く。
「あー、楽しかったぜーっ! 今度はあんたも裸踊りしようなっ!」
「いやだから……私は無理ですよ……」
「そっかー。じゃあ、そこのターバン! いつか裸で踊ろうぜー!」
話を振られたジブリールは、呆れたように肩をすくめた。
「……オレも、遠慮しておくよ」
そのやりとりを聞いていたベルクは、ジブリールが裸踊りすれば性別の謎が解けるかもなと思い、「なにをくだらないこと考えてるんだ俺は」と頭を掻いた。
「今日はこれで帰るぜー。あばよっ!」
拾い上げたチェーンソーをぶんぶんと振りながら、夜炎鏡はすっぽんぽんのまま去っていった。
遠ざかる彼女を見ながらジブリールが言う。
「ねえ、ベルクさん。夜炎鏡って、オレと同じでただ殺ししか知らないだけなのかな?」
「違うな。あいつには、罪の意識がまったくない」
ベルクは、夜炎鏡が去った方角を見つめて続ける。
「あいつには善も悪もないんだ。それだけに、何にでもなれる。ある意味じゃいちばん厄介な奴かもしれないな」
「……例えばですけれど。私は、あの子とも不殺の誓いをかわすことはできるでしょうか?」
フレンディスが投げかけた疑問に、ベルクは頭を振って答えた。
「どうだかな。さっきの様子だと、人を殺す以上におもしろいものを見つけないかぎり、あいつは殺しをやめねぇだろう」
とはいえ、これで三種のギフトは葦原島から去った。世界コイルをとりまく脅威が消えたことになる。
騒動が一段落ついたので、ベルクはニコラの元へと歩み寄っていく。
「ニコラはもう、自分の研究に励んでいるようだな」
「うん! 世界コイルにはライヒナーム家の想いがこめられてるんだっ!」
「まあ、安心したよ。その様子だと憎んでねぇようだな。――兄貴の死に関わった人たちのことを」
「だってお兄ちゃんが死んじゃったのは、ボクの弱さが原因だもん。誰も憎めないよ」
とんがり帽子の下で、ニコラが笑顔を向けた。
そしてニコラは、ベルクの杖を見ながらつづける。
「ボクのお兄ちゃん。そこから見てくれてるんだよね。そのおかげで、ボクはライヒナーム家のために頑張れるよっ!」
「そうか」
「……だからね。ベルクさんも、苦しまないでほしいんだ」
ニコラはそう言って、人懐っこくベルクに寄り添った。無邪気にしがみついてきた魔法少年を、ベルクはとんがり帽子ごとクシャクシャに撫でる。
まるで子犬のようにじゃれるニコラに、ちらっと忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が重なった。
――まあ、あのワン公はこんなに素直じゃねぇがな。
そう思いながら、もう少し世界コイルにまつわる話を聞き出すことにする。莫大なエネルギーをまかなう装置とくれば、あの家出ワン公への土産話になるかもしれねぇ……。
なんだかんだで、ポチの助を気づかうベルクであった。
「なあニコラ。女神の魂が入ってるってことは、もしかして魔術が絡んでいるんじゃないか?」
「そうなの! 実は世界コイルには……」
話しかけたニコラであったが。
とつぜん、B地区の反対側から轟音が鳴り響いた。レイトウモロコシとの戦闘が、始まったようである。
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