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恐竜騎士団の陰謀

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恐竜騎士団の陰謀
恐竜騎士団の陰謀 恐竜騎士団の陰謀

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3.恐竜騎士団のルール



 全長十二メートルの巨大な体躯を持つタルボザウルスが、ぐらりと傾く。
 時間はかなりかかったが、紫月 睡蓮(しづき・すいれん)のヒプシノスが決まったのだ。
「よくやりました、睡蓮」
 タルボザウルスの相手をしていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、倒れていくその頭を足場に飛び越える。その先では、二頭のフクイラプトルを抑えるプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)と、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の姿が見える。
 二人の近くには、ホマロケファレが倒れており、既に仕留められているようだ。
 二頭のうちの一頭のフクイラプトルが、飛び込んでくる唯斗に気付いて上を見上げた。
「ここである!」
「はい!」
 エクスの掛け声に、睡蓮が応じる。出力は決して高くないサイコキネシスだが、二人がかりでかければ、恐竜の頭を固定するぐらいはできる。
 喉元をさらしたフクイラプトルは、唯斗の一閃で鮮血を噴出しながら倒れた。
「これで終わりです!」
 残った一頭をプラチナムがランスバレストで貫く。
 眠りに落ちたタルボザウルスにとどめを刺す前に、カンカンと鐘を叩く音が響く。
「終わったようですね」

 風紀委員試験は順調に進んでいた。
 チームで登録した場合には、人数に応じた数の恐竜が用意されるため控え室からどんどん人が少なくなっていく。そのうち、実際に合格しているのは全体の三分の一か、それより少ないぐらいだ。
 大人数なら連携ができるからうまくいくはず、とチームで登録した人もいるが実際のところ、チーム用に用意された恐竜は一人で受けるものより手ごわかった。
「やっと私の番ですわ〜」
 んーっと伸びをして、師王 アスカ(しおう・あすか)が選手入り口に向かう。
「風紀委員になって、恐竜さんの絵をいっぱい描くためにも、頑張りますわ」
 意気込むアスカの前に現れた恐竜は、先ほどトドメをさされずに残されたタルボザウルスだった。

「なかなか盛況になってきたではないか」
 会場を見下ろしていたバージェスが、サディスティックな笑みを浮かべる。
 昨日まではほとんど居なかった観客が少しずつではあるが、集まってきているのだ。
「しかし、見物などさせてよいのでしょうか」
「構わん。むしろもっと見せるべきであろう。我々の強さというものを理解するには、その目で見るのが一番だ」
 現在、行われている試合はアスカとタルボザウルスの試合だ。タルボザウルスは、弱肉強食の恐竜社会の頂点とも言われた大物だ。先ほどは眠らされていたが、今度の相手は搦め手ではなく真っ向勝負で倒す気らしい。
 だが、大きければ大きいほど恐竜は頑丈になる。大きな傷を与えたと思っても、恐竜にとってはかすり傷でしかない。
 少しずつ追い詰められ、ついにアスカはタルボザウルスの大きな口の中へ。
「終わりましたな、鐘を」
「………いや、待て」
「しかし………ん、様子がおかしい、まさか体の中から攻撃をしているのか」
「どうやらそのようだ。自ら口の奥へ飛び込んでいったようだのう。しかし、せっかくの大物だからとっておこうと思ったが、でかいのは図体だけだったか」

 風紀委員試験は順調に進む。
 
「しまっ―――」
 オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)にメガロサウルスの顔が迫る。
 恐竜を分断し、二対一の状態に一匹ずつ確実に仕留めていく。その作戦の要であるオリヴィアは、一人で二体の恐竜を引き受けていた。といっても、倒すのではなくもう片方、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)桐生 円(きりゅう・まどか)が分断した一頭を倒すまで時間を稼げばいいのであって、倒す必要はない。
 しかし、相手として用意されたメガロサウルスは、大きな体を持つわりに連携というものを心得ていた。
 相手の逃げ場を塞ぐように、一頭がもう一頭のフォローをする。そんな単純な事なのだが、巨大な体でそれを行われると逃げ場のほとんど塞がれてしまう。機晶爆弾を用いて隙を無理やり作ってきたが、ついにそれも尽き果てた。
 霧になって逃げようとも、メガロサウルスの口ならその霧をまとめてほお張れてしまう。
 もう視界一杯にメガロサウルスの口内が広がっていた。
「させないよぉぉおおおおりゃぁぁぁぁっ!」
 元気な声が、オリヴィアの右から左へ通り過ぎていく。
 ミネルバの全力の一撃が、恐竜の首を切り離す。迫ってきていた顔が視界の外に落ちていく。
「こっちだよ」
 さっきの声とは別の、円の声に反応したメガロサウルスが、しかし突然煙を吐き出した。口の中に爆弾を放り込まれたのだ。
 そこを、塀を足場に、まるでスーパーボールのように跳ね返って戻ってきたミネルバがさらに一撃。剣を振る事に意識を集中していたからか、着地に失敗してごろごろと地面を転がっていったが、とにかく用意された三頭のメガロサウルスは全て沈黙した。
 観客の歓声が聞こえてきて、やっとオリヴィアは試合が終わった事に思い至った。
「大丈夫?」
「え、ええ。少し侮りすぎてたわね。ありがと、助かったわ」
 恐竜なんてただのでっかいトカゲ、という思いがオリヴィアの中に僅かにあったのだろう。それが油断に繋がってしまったのだ。自分の中で少しだけ反省しておく。
 それにしても、と視線を観客に手を振っているミネルバに向ける。
「大活躍ねー」



 視界一杯に広がる巨大な尻尾。遠心力も加わって、その破壊力は想像を絶する。
 避けられない、そう判断した志方 綾乃(しかた・あやの)は、その攻撃を受ける事に決めた。全力で受ければ、一発でノックダウンはしないはずだ。
「くぅ〜、効きましたぁ」
 吹き飛ばされつつ受身を取ってすぐに立ち上がる。こちらに狙いを定めたシャモティラヌスは勢いは相変わらず衰える様子がない。
「うまくいくと思ったんですけどー」
 バーストダッシュですぐにその場を離れて、さっきみたいい一撃をもらわないように今度は念入りに間合いを計る。
 先ほどの試合で、大きな恐竜にヒプシノスが効くのは証明されている。そして、眠ってしまえば勝敗が決まるらしい。もともと、できれば殺さないで試験に受かりたいと考えていた綾乃にとっては朗報だった。
 しかし、どうも先ほどからこちらを執拗に追い回しているシャモティラヌスは、一向に眠る気配が無い。悲しみの歌、その身を蝕む妄執も試しているのだが、恐竜の表情の読み取り方なんてわからないので、効き目があったのかどうかもわからない。
「どうしましょ、逃げてしまいましょうか」
 さすがに餌になるつもりはないので、ダメっぽかったら逃げるしかない。
 まだ受けたダメージはそこまで深刻ではない。おおよそ、あと二発か三発は受けれるだろう。しかし、瀕死になってからでは逃げる余裕は無いだろうし、悩みどころである。
 そんな事を考えながら、とりあえず逃げ回る。
 と―――。
「ありゃ?」
 突然シャモティラヌスが体勢を崩した。
 ヒプシノスが効いた。のではなく、綾乃を追おうと方向転換しようとして、足がもつれて倒れたのだ。頭から。
 でんぐり返しをするようにして地面に倒れたシャモティラヌスは、すぐに起き上がろうとするのだが、頭の打ち所でも悪かったのか、お酒によっぱらったかのような千鳥足で立ち上がろうにも立ち上がれないといった様子である。
 そしてもう一度盛大に転ぶと、地面でぴくぴくと痙攣し、そのまま気を失ったようだ。
「………勝ってしまいました、の?」



 バージェスの前に、今日試験に合格した面々が並んでいた。
 任命式などという大層なものではない。単に、バージェスが風紀委員、ひいては恐竜騎士団となった面々の顔を覚えておくためのものだ。
 決まった挨拶などはなく、ただ一人一人の顔を順番に見て回る。
「今日はチームで参加し、合格したところがあったのう」
 自分の顎を撫でながら、バージェスの視線が唯斗に向かう。
「チームでの参加はこちらが許した。だが、それでもタイマンで戦った奴と同格とすると不平が出るかもしれん。よって、チームで参加した者のうち正規の風紀委員になれるのは一人とする。残りは、そいつの舎弟としよう」
 くっく、と笑いながらバージェスは唯斗らを見回してから、唯斗の肩を叩いた。
「ここは貴様で問題あるまい………さて、チーム参加はもう一つあったな」
 ゆっくりと歩き、ミネルバの前で立ち止まるときょとんとしている彼女の肩に手をやった。
「ここは貴様だろう。一人で三頭の恐竜を切ったのだからな」
 驚いたのは、円だ。この試験に参加しようと言い出したのは彼女なのである。
 そんな円の心を見抜いてか、バージェスはその目を見て言う。
「なぁに、舎弟とは言え、風紀委員は風紀委員だ。もしその立場に不服なのだというなら、格上の風紀委員に勝負を挑めばいい。ここはそういうところだ。くっくっく、だが負ければ全ては無かった事になるがな」
「権力が欲しければ、身内から奪えという事ですか?」
 そう綾乃が質問すると、
「そういう事だ。わかりやすくていいだろう。力を示せば、その力に応じた地位も名誉も手に入る。くっくっく、その気があるのならいつでも我に挑戦するがいい。だが、我は手加減が下手糞でなぁ、くっくっく。ま、覚悟が決まったらいつでも言ってくれ、お嬢ちゃん」
 実力はあれど、手綱を取るのが難しい荒くれ者の集まり、それが恐竜騎士団である。規則やルールなんかでは、まともに御せるわけがない。強者絶対以外の方法では、こんな集団あっという間に自ら崩れてしまう。
 恐竜騎士団の唯一絶対の掟であり、それは風紀委員と名乗っている今でも変わらない。
 権利は力によって守られ、権威は力によって示される。
 その頂点に立つバージェスは、愉快そうに笑いながらその場を去っていった。
 バージェスの気配が完全に遠ざかってから、綾乃はため息をつく。あのトカゲ男は、どんな言葉を投げかけても、欲しいものは力で奪い取れとしか言わないだろう。そして、それを堂々と言えるだけの実力を持っているのは間違いない。
「風紀委員による風紀委員狩り、ですか………」