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【ニルヴァーナへの道】月軌道上での攻防!

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【ニルヴァーナへの道】月軌道上での攻防!

リアクション

 操縦室から医務室までは、少し距離があった。
 パートナー通話やHCで情報を得ながら、機晶姫と遭遇しないよう迂回しながらアレナと仲間達は医務室に向かう。
「こっちの道を通れば、機晶姫に会わないはず。エレベーターを使おう」
 医務室に向かうアレナの護衛として志願した詩穂は、仲間達の戦闘に立ち、銃型HC弐式とハイドシーカーの情報を頼りに、皆を導いていた。
「またアイツがちょっかいかけてくるかもしれねぇけど」
 歩きながら、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)がアレナに声をかける。
「心配するなよ。ここにはお前と一緒にいてくれる人が大勢いるんだ。だから怖がることはねえ!」
「……はい」
 アレナはわずかに笑みを見せて、頷いた。
「これを持っていてくれ」
 匿名 某(とくな・なにがし)は、アレナに禁猟区を施した絆のアミュレットを渡した。
「機晶姫が接近したらわかるようにと思ってな」
「はい、持っています」
 アレナはアミュレットを受け取って、身につけておく。
 機晶姫対策でもあるが、それ以上に某はズィギルを警戒していた。
 アルカンシェル攻防の時にも、二手三手と策を弄してきた相手であり、アレナに執心しているとも聞いている。
 アレナはテレパシーを拒否すると言ってはいるが、それで諦めて何も手を出してこない保証などない。
 そして、このアルカンシェル自体、少し前まで彼らの手の中にあったのだから、置き土産の1つだってないとは限らない。そう思っていた。
 下の階の医務室に向かうため、エレベーターを待つ少しの間に。
「アレナ」
 名を呼ばれて、振り向いたアレナの額が、人差し指で軽くつんと、つつかれた。
 不思議そうな顔をしているアレナの視線の先には、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)がいる。
 少し笑って、呼雪は柔らかな声音でアレナに語る。
「あまり思い詰めてしまうと、ニルヴァーナに着くまでもたないぞ」
「はい……でも、色々なことが、よくわからなくて。……どうしたらいいのか、わからなくて」
 ただ、皆が、大切な人のところに、帰れなくなるのは……ダメ、だと思う、と。
 彼女は呼雪に救いを求める幼子のような目で言った。
「替えのきかない命は守りきらねばならないが、この要塞はアンサラーのように、月に代わりがあるかも知れない」
 迷う彼女の心に、呼雪は手を差し伸べていく。
「今俺達が立っている場所自体が、いわばボーナスステージみたいなものだろ? パラミタの崩壊は、寿命のある生物と同じで、本来自然なことなのだから」
 人々の願いで、それを覆そうとしているんだと、呼雪は言葉を続けた。
「願いと言えば聞こえは良いが、ようは我侭だ。もうそろそろ休もうというパラミタに、自分達の都合で待ったを掛けるんだからな。……だが、どんなに小さな我侭でも、多くの人の思いが集まれば大きな流れになる」
 それが良かれ悪かれ、これまでの社会を動かしてきたのだと。
 アレナのその考えは好きだし、良いと思う。
 だから。
「あの変態のことは、とりあえず放っておけ。お前が苦しんだり怯えたりしているのを想像してほくそ笑んでいるかも知れないが……奴の思い通りにさせるなんて悔しいだろう? 今は自分が守りたいと思う人や、一緒に生きていきたい人達の事だけ考えていれば良いんじゃないかな」
「はい。あの人のこと、考えません。話、聞きません……」
 アレナはそう答えて、一緒に医務室に向かう皆を見回した。
「皆と一緒に、守ります。あの人の思い通りになることは、苦しい、こと。体も心もなくなることだけが楽になれる、こと。だけど、皆と一緒に生きる、ことは嬉しい、という気持ちでいられること。死よりも、いいこと……です」
 傍に居る皆に、幸せでいてほしい、笑顔でいてほしいと、アレナは心から思っている。
 到着したエレベーターに皆で乗り込んで、下の階へと降りていく。

「ベッドの数が足りなくなりそうだ。回復魔法が使える人が手伝ってくれるとありがたいが……」
 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)は、アルカンシェルに乗り込む前から、医療チームの一員として医療具や薬、シーツ、包帯等の必需品の手配に動いていた。
 アルカンシェル乗組員は契約者中心ではあるが、一般の作業員も多数艦内で働いている。
 彼らは契約者よりも弱いため、気分が悪くなったり、負傷してこの医務室に次々に運び込まれている。
「機晶姫を早く留めなければ、より負傷者が増える。だからこっちに人員を割いてもらうわけにはいかないな」
 多くの負傷者を受け入れられるよう、涼介は仲間達に指示を出して、床に毛布やシーツを敷いて、怪我人を横たえることが出来るようにしていく。
「機関室とエネルギー室が狙われてるみたい。エアロックは既に閉じたみたいだから、外壁を破って侵入してこない限り、これ以上敵機晶姫の数は増えないはずだけど……」
 ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)は、銃型HCに届いた情報を確認して皆に言う。
「ここも狙われるかもしれないから、私は部屋の前で警備しておくね」
 涼介の準備を手伝っていたクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は、人が集まるここは狙われる可能性が高いと考えて、防衛につくことにする。
「わたくし達が皆様をお守りしますから、大丈夫です。敵を追い払った後、またお仕事をしていただくことになりますから、今は休んでいてください」
 襲撃の恐怖で貧血を起こした女性に、エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)は優しく語りかけ、横にならせて血圧を測り、ナーシングで落ち着かせていく。
「手伝いに来ました」
 アレナと仲間達が到着を果たす。
「助かる。……けれど、あなたの顔も青いようだ。大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です。皆、怖いのは一緒ですから」
 涼介に抱えている恐怖心を見抜かれて、アレナは少し動揺した。だけれど、すぐに僅かな微笑みを見せて、魔法で怪我人の治療を始める。
「アレナさん」
 魔法を終えたアレナに、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が声をかける。
 振り向いたアレナは、平静を装っているが、確かに顔色が悪い。
「……ズィギルとのことは、いずれあなたが対峙しなければならない問題だとは思います」
 この戦いで簡単にやらせてくれる相手ではないだろうとユニコルノは考えていた。
 そして、彼がいなくなっても、アレナの抱えるものはまだ大きいということを理解していた。
「でも、大丈夫」
 表情を曇らせたアレナの手を、ユニコルノはそっと両手で包むように握った。
 彼女が直面するであろう、後の戦いを思い。その時は自分は壊れてしまっていて、傍にいないかもしれないと、寂しさは不安が過るけれど……。
「アレナさんは、決して独りではありません。あなたの味方は、沢山いるから……」
 だから、パニックになりそうな時は、どうか見守ってくれる人、支えようとしてくれる人の存在を思い出して。
 そう、ユニコルノはアレナに微笑んだ。
 ユニコルノの手はひんやりとしていたけれど、アレナは暖かく感じていた。
「はい」
 アレナはもう一方の手をユニコルノの手に添えて。
「今、私は皆さんと一緒で、嬉しいです」
 大事そうに握り返しながら、微笑みを浮かべた。
「今ん所この当たりに敵はいないようだが、負傷者を追ってくるかもしれないしな。きっちり迎撃プランを立てておくぞ」
 某はアレナの様子を気にしつつ、銃型HCで受信した情報を、テクノコンピューターで整理し、防衛計画の能力で、迎撃プランを立てる。
「施設内だから広範囲攻撃はやめておいた方がいい。対象を絞った攻撃か、接近戦を想定した方がよさそうだな。けど、アレナの武器は光条兵器だし、分散もできるから、こういう室内戦だと、結構有利に事を進められると思うぞ?」
 某がそう言うと、アレナは首を縦に振る。
「弓は後方からじゃないと、放てない、です。でも、狭い場所だと皆さんにも当たってしまうから。当たっても、無害なのですがびっくりすると思うので、声掛けとか連携が必要だと、思います……」
「うん、そうだな。傍でフォローするから大丈夫だ」
「俺は前に出るけど、アレナの光の矢に驚いてヘマするようなことはねぇから大丈夫だぞ!」
 某と康之の言葉に、アレナはこくりと頷いて「お願いします」と言った。
「ベッドは余分にないみたいだけれど、机は外に出してもいいかな?」
 アレナと一緒に訪れた秋月 葵(あきづき・あおい)はアレナの様子を気にしつつ、敵に備えることにする。
 アルカンシェルがなければ皆、パラミタに戻れなくなる。
 だから、絶対守らなければ。立場関係なく、ただ守りたい。
 自分が傷つくことはいいのだけれど、他の人が傷つくのは見たくない……。
 そして、アレナのことを戦わせたくはないと葵は思っていた。
 アレナが無理をしていることが解るから。
「手伝います。小さな攻撃も絶対通さないように、しないとですね」
 アレナは椅子を持って葵と一緒に通路へと出る。
「こっちにお願い。崩れないように固定しようね」
 そして先に作業に当たっていたクレアと共に、医務室の前にバリケードを築いていく。

「ズィギルがまた何かアレナさんに言ってきたようね」
 医務室の中で、マリー・ランチェスター(まりー・らんちぇすたー)は、パートナーのローリー・スポルティーフ(ろーりー・すぽるてぃーふ)と、アレナとズィギルについて考えていた。
 マリーはズィギルのあからさまな自信、優越感には根拠があると考えていた。
 5000年前に封印したアレナの意識に細工をしている可能性も……。
 有事には自爆などなんらかのコマンドを発行される危険性があるとも。
「今の状態でアレナさんがどうして自分の意志で行動できているか」
 そのマリーの言葉に対しては、ローリーがあっさり切って捨てる。
「そんなの簡単だよ。ズィキルがアレナちゃんの苦しむ姿を見たい心の底からのヘンタイだからに決まってるじゃない」
「苦しむ姿を見たい、ですか」
 確かに、アレナが聞いたというズィギルの言葉から、彼のそんな性格が見えなくもない。
 マリーは自分が相手の立場なら『防衛側が容易くその憶測にたどり着くような態度を見せ続け、わたくしたちを疑心暗鬼に陥らせ、戦力の無駄な分散や仲間割れを強いること』を考えただろうと思う。
 だが、アルカンシェルにも、アレナの傍にいる者達も、アレナを疑うようなことはなかった。
 彼女の傍に居る、彼女の友人達の姿を見て、マリーは安心感を覚える。
「アレナさんは、ご友人に本当に大切にされていますね……」
 自分も出来るだろうか。
 封印から解かれて、なお人として自由に振る舞うことが許されない彼女の心中を慮ることが。
 ……少しして。
 作業を終えたアレナが、医務室に戻って来た。
「んー、アレナちゃんの分も持って来ればよかったね」
 ローリーは精神力を回復させるラムネを噛みながら、マリーと一緒に負傷者の手当てに勤しんでいた。
「マリちゃんとアレナちゃんには特別に口移しでわけてあげてもいいよ? と言うと緊張を和らげる効果があるかな」
「アレナさんにばっちり聞こえてるわよ」
「あわわ……」
 マリーに言われて慌ててローリーは振り向いた。アレナは包帯や消毒液を持ってすぐ後ろに来ている。
「ありがとうございます。治療代わります。少し休んでください」
 アレナは笑みを浮かべてそう言って、軽傷者の治療を行っていく。
「わたくしたちは大丈夫です。アレナさんこそ、休むべき時には休んでくださいね」
 マリーはアレナを心配そうに見る。
 彼女の顔色は決して良くはないから。
「辛い気持ちを抱えてらっしゃるのですね。でも、こうして優しく、接してくださる。アレナさんは、とても優しい気持ちの持ち主ですね」
 マリーの言葉に、アレナはちょっと驚いたような顔をして。
 首を左右に振った。
「私は、優しくないです。自分が楽になることばかり、考えてます、から」
「そうであっても、優しい方です。優しさが外に現れていますから」
「ありがとう、ございます」
 アレナはわずかな微笑みをマリーに見せた。