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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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 一方、石原拳闘倶楽部は騒然としていた。
 無論、渋谷署の応援に多数の人員を派遣したという事情もあった。
 だが渋谷署の襲撃が、新竜組による大規模すぎるほどの陽動であることは、御凪真人が説くまでもなく石原肥満にも理解できている。
「彼らの真の狙いはここ、石原拳闘倶楽部でしょうね。正しくは肥満さん、あなたの命と、あなたが所有しているその勾玉です」
「……だろうな。ウォンが黒幕ならありえる話だ」
「ご存じなのですか? ウォンという人を」
「ああ、満州にいた頃……な」
 肥満は、それ以上語りたくないという口ぶりだったので、真人もウォンのことを追求するのをやめた。実際、今はそれどころではない。
「それで、作戦を確認しますが……」
 真人は地図を広げた。
 短い期間とはいえ彼の傍で過ごして、真人は肥満に、『人の才能を見抜く』という能力があるのを知った。暴力団のように組織化されていない石原のグループが、彼を中心によく運営されているのは、石原肥満という男のカリスマ性ばかりではないのだ。リーダーたる肥満が、人と巧みに割り振り適所適材を実現することができるからなのだろう。
 これは一例だが、肥満は弁天屋菊には経済的な面を任せ、短い期間ながら大きな収益をあげさせていた。また、曖浜瑠樹には無頼漢たちの戦闘訓練を頼んでもいる。こちらも短時間とはいえ、愚連隊メンバーの戦闘力は大きく底上げされただろう。
 そして真人が負かされたのは参謀的役割だ。肥満の元に来て以来、真人はその恵まれた頭脳をフルに活かし、戦略的な助言を行っていた。肥満はこれを信じ、真人の提言であれば素直に聞くようになっている。
 既に土方から、チヨ救出の報が届いていた。いよいよ反撃の時である。
「敵は物量で署を攻めています。ですが、まだ兵力を温存していると思いますか」
「だろうな。噂だが、連中には並の人間を超越した力を持つ手駒があるそうだ」
 ――インテグラルに力を付与された組員、あるいはイレイザー・スポーンか。
 簡単に流言にかかるような肥満ではない。恐らくは確信があっての発言だろう。
 このとき、斥候に出ていた国頭武尊が戻ってきた。(彼も先日から、肥満の元に加わっている)
「協力者(杠桐悟)から情報を得た。明治通りで張っていたそうだが、桐悟が把握している新竜組手勢のうち、渋谷警察署に行ったのはごく一部に過ぎないというのが桐悟の読みだ。警察署を攻めている大半は、よそから呼んだ大陸系の暴力団だろうな。主力はこちらに向かっているようだ」
 だが、と一拍おいて武尊は言った。
「新宿の新竜組本部にも手勢を残しているようだ。こちらの手を読んだとは言い切れないが、空になったわけではないらしいだな」
 渋谷署、さらには渋谷の拳闘倶楽部、この両面に兵を出して手薄になった新竜組本部を、鷹山率いる決死の別働隊が急襲し奪取する――これが大まかな作戦である。にもかかわらず新竜組本部に兵力が残っているというのだ。
「いえ、それでいいんですよ。狙い通りです」
 だが真人は顔を明るくしたのである。
「新竜組の動きには必死さが感じられません。渋谷を本気で奪うなら、本拠地を捨ててでも全力で来るべきだった。本拠地がどうなろうと、我々を壊滅できれば勝ちなのですから。それが、怯えて手勢を割ってしまった。当然、新竜組に残された兵力は不安なはずです。それに、渋谷署攻めのほうは陽動と割り切って捨ててしまっている……これは全体の士気に響きますよ。渋谷署を落とすのに失敗していればなおさらね」
 肥満は笑った。
「なんでえ、俺が言おうとしてたこと、全部言われちまったじゃねえかよ」
 肥満は腹心……いや、肉親以上に信頼している盟友の鷹山に言った。
「チヨはなんとか助け出せた。奴らが渋谷を攻めて来た時、俺は渋谷で奴らを引き付ける。鷹山、お前は集めた連中と新宿を取れ」
 鷹山は白い着物を着ていた。死に装束――それは誰の目にも明らかだったが肥満は首を振った。
「覚悟は認める。だが必ず帰ってこい。俺も生き残る。まだ当分、お前の力が要るんだ」
 鷹山は何も答えなかった。これ以上、言葉のやりとりは不要なのだろう。
 このとき、新宿出陣組には樹月刀真が真っ先に並んだ。
「俺たちも行こう」
 漆髪月夜、封印の巫女白花も続く。
 新宿攻めの一行が準備を終えたところで、外が騒がしくなった。
「どうしよう石原さん、GHQが来たんだって。少々困ったことになるかもしれない……」
 外から戻ってきたのは五十嵐理沙だ。不安を隠せない様子である。桜井チヨ奪還に関する経緯で、肥満に容疑がかかったのだろうか。もしここで駐留軍の軍警察に肥満が逮捕されるようなことがあれば、今日の作戦が総倒れになる可能性すらある。
 ふと理沙は自分の頭上、斜め後方で誰かが動く気配を感じていた。あくまで影として肥満を守っている紫月唯斗が、『万が一』に備えたのだろう。肥満も唯斗の動きに気づいたはずだが、表情一つ変えていない。
 理沙も決意を固めた。もちろん無事にGHQをやりすごせるのが一番だ。だが、どうしてもというのなら、一時的にGHQを排除する必要があるかもしれない。

 拳闘倶楽部の外に一台のバイクが停車し、唸るようなエンジン音を立てている。サイドカーのついた軍用バイクであった。
 エンジンを切り、運転手のMPが颯爽と降りた。MPはヘルメットを抜いで左右に振った。長い髪がすとんと落ちて左右に広がった――女だ。まだ若い。薄く淹れた紅茶のようなロングヘアが印象的だった。
 サイドカーの軍人がのっそりと立ち上がった。濃いブロンド。濃いサングラス。ガムを噛み、横柄に背を逸らせていたのが、到着したと見るやガムを包み紙に包んで胸ポケットに入れ、サングラスも外した。
「貴公が石原肥満か」
 軍人は、何人も人間がいる中から、迷わず肥満の見当を付けて声をかけた。
「そうだ」
 肥満は静かに返答した。直後、
「よく似せているが、そのGHQの出で立ち、偽装だな」
 肥満を守るように前に出て、クラウディア・ブラウン(ことクレア・シュミット)が短く告げた。
「その階級章、上下が逆だ。バイクや制服については、レプリカにしてはよくできている。一生懸命調べて、ことによると詳しい人間のアドバイスも受けたのだろう。だが、細部ではなくそういったところに真贋は露呈するものだ」
 すると軍人――ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)は静かに笑ったのである。
「一本取られたな。闇市を探し回って、『GHQからギンバイ(ネコババ)した塗料』を押収までして偽装したんだが」
「ですが偽装はすべて、この場所まで邪魔されずたどり着くためのもの……後出しのような格好ですが、最初から石原肥満、貴様には正体を明かすつもりでした」
 女MPことローザ・セントレス(ろーざ・せんとれす)もそう告げて微笑を浮かべた。
「我らは敵ではない。新宿攻めに協力させてもらいたいと思って来たのだ」
 ユリウスは援護射撃を行いたいと伝えたのである。
「戦闘となれば敵味方入り乱れての乱戦となるだろう。だがその前に、遠距離攻撃で敵の本拠地に先手を打っておけば、こちらが有利になるのは間違いない」
「幸い、夜ですしね。夜陰に乗じての攻撃であれば成功率は高いと思いますわ」
「話としては悪くない。……だが、どこから攻撃する? 遠距離攻撃と言うが、大砲でも持ってくるのかい?」
「いいえ」
 その質問を待っていたとばかりに、ローザは夜空を指さしたのである。
「あそこからですわ」

 渋谷の上空を、黒く塗られた小型飛空艇オイレが旋空している。
 飛空艇そのものは2022年のテクノロジーだ。これが一般人に見つかれば、歴史の自浄作用が働いて彼はたちまち1946年から弾かれてしまうだろう。それゆえの夜行であった。加えて高度もある。胡麻粒大の飛行物体に気づく者はあるまい。
 飛空艇が積んでいる武器はすべて、1946年当時で現役のものばかりである。
 下部にとりつけた機銃はM1919A4機関銃、これは『鉄の暴風雨』と呼ばれた悪名高きシロモノで、米軍
初の汎用機関銃である。改良を繰り返しながら後年まで用いられ、後のベトナム戦争でも多数運用されている。口径は7.92mm、弾薬箱には給弾ベルトにセットされた250発を用意した。まずこれで、後から薬莢が発見されたとて、時代的な矛盾はないだろう。
 そしてもう一つ、この時代にしかない武器がこの機には搭載されていた。これについては後に明かすこととしたい。
 操縦桿を握る天城 一輝(あまぎ・いっき)は、地上から瞬く光の点滅を見つけ、軽く頷いた。
「……よし、石原肥満と協力体勢がとれたか」
 光は、軍用バイクのヘッドライトを用いたものであった。
 作戦続行、の合図だ。