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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~1946年~

リアクション

 夜空の一角から、黒い棺が投下された。
 実際、それは棺ではない。ただ遠くから、しかも夜目だとそう見えただけだ。といっても、実際に目にした者はないだろうが。
 太平洋戦争の負の遺産、B29の不発弾だった。これこそが、天城一輝が飛空艇に搭載した第二の武器である。不発弾を投じるや、オイレはぐんと上昇した。
 1946年に到着早々、一輝が三日間、探しに探し回ったのがこの不発弾だった。都会での発見は難しく、一時的に渋谷・新宿地区を離れ、郊外にてようやく見出したのだ。土中に埋まっていた不発弾は、土にまみれて銅色をしていた。
 だが土を落とし、一輝は不発弾に加工を施してこれにふたたび命を吹き込んだのだ。
 眼下に起こった赤い炎を眺めながら一輝は呟いた。
「……これが歴史上、東京に行われた最後の空爆だろうな」
 当時の爆弾ゆえ威力はさほどでもない。公式には、不審火として片付けられるだろう。

 新竜組本部は、頑健な印象のある九階建てのビルである。そのすべてが彼らの事務所なのだった。どっしりした作り、防弾ガラスが張られ、地震などの防災についても、当時最高の技術が用いられているという。だが、それであっても爆弾を投下されてはたまらない。
 延焼を起こす建物から、恐慌を起こした組員たちがわっと飛びだした。彼らも、石原からの襲撃は警戒していただろう。だがその初手が、こんなかたちであるとは思っていなかったに違いない。
 その騒ぎを見守るかのように、通りを一つ隔てたところに黒塗りの大型自動車が停車した。
 エンジンは切られていない。その唸るような振動を感じながら、リア・レオニス(りあ・れおにす)は降り立った。
 今の彼はリアであってリアではない。それは、相棒のザイン・ミネラウバ(ざいん・みねらうば)とて同じことだ。毛染めとコンタクトレンズを用いて髪と目を黒くし、肌は薄くファンデーションをかけてアジア人らしく変えていた。
 先に降りたザインは和装だ。さらさらに流した髪がどことなく、剣豪小説に出てくる師範代のようである。名は斉藤篤志(あつし)としている。
 一方でリアは白いシャツに、あみだにした中折れ帽子で新聞記者風にしていた。リアは飛騨創一(そういち)と名乗っていた。
「斉藤さん。鷹山には、君たちが援軍として加わることは伝えてある……石原のやつにはまだだが、まあ、いずれ知ることになるだろうね」
 両手を杖に置き、シートから動かずに観世院公彦が言った。
「存分にやってくれ。今夜が、新竜組が東京を食い尽くすか、石原が秩序を守るかの分水嶺となるだろう」
「そうさせてもらう」
 リアは獲物を持ちあげ、その重さを確かめるように二三度握り直した。
 短刀の一種『ヤタガン』である。銃剣の先端に取り付けられるなど、日本陸軍でも十九世紀中頃までは使われていたものだ。リアはこの一本を改良し、柄の部分に日本刀の鍔を取り付けていた。
「我々を信用してくれたことに感謝したい。盛り場のバーで取り囲まれたときはどうなるかと思ったが」
 リアの言葉に、公彦は軽く笑みを含んだ。
「あの店は、僕が経営している店だったからね。君たちの話を聞いて、信用してもいいと思った。だからここに案内した。君たちなら、いい未来をもたらすことができる……そう考えているんだ」
「いい未来?」
「どんな未来なのかは上手く言えないけれど、少なくとも、ここ何年かのような理不尽がないような未来さ。豊かで、不安がなくて、誰もが日々の糧に困らないような未来……僕が、貧しくとも向学心がある若者に援助しているのもそのためなんだ」
 さしでがましいかもしれないが、と前置きしてリアは言った。
「その援助を大規模にして学校を作っては、と思う。次代を担う若者に学ぶ機会を与えたいのなら、いっそのこと自分で直接、有望な人材を育成するんだ」
「学校か……考えてもみなかったな」
 青白い公彦の横顔に、かすかに紅がさしたように見えた。
 リアは薔薇の花を取り出した。胸元に指していた真っ赤な一輪である。手にして短く薫りををかぐと、彼は口を開いた。
「薔薇を美しく咲かせるには、自生に頼るだけでは難しい。人が手をかけ、慈しみ育てなければならない。人の世も同じだ。よい未来を実現したいのならば、手をかけて人材を慈しみ、よく教育する必要があるのではないだろうか……君なら十分わかっているはずだ。教育、それは、薔薇を育てるように、とても美しく高尚な行為だ」
 そして彼は、薔薇を公彦の手に握らせたのである。
 公彦の返事を待たず、
「世話になった」
 と言い残し、リアは抜刀して決戦の地へと望んだ。