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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

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【選択の絆】常世の果てで咆哮せしもの

リアクション


【1】



 静寂の支配する光条世界にしんしんと雪が降り積もる。
 一面灰色の雪に覆われたこの景色を見ていると、あらゆる感覚が曖昧になっていくのを感じる。
 遠くから木霊するのは、ずずん……ずずん……と大地を揺るがす地響き。
 白く煙る雪原の果てに、大きな大きなビルの影、ゆっくりと移動している。
 あの下にいるのだろう、彼が。
 妖しげな光に付け入られ、平静を失ってしまった山葉 涼司(やまは・りょうじ)が……。

「全速前進。目標は山葉涼司。総員、作戦の準備を整えろ」
 光条世界探索隊の大型飛空艇が全速力で涼司の影を追う。
 教導団のメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)の指揮の下、山葉涼司捕獲作戦が発動しているのだ。
 船の甲板に立って支持を出す彼女に、3人の人物が訪ねてきた。
「メルヴィア少佐! 作戦の件で提案があるわ!」
 その内の1人、教導団少佐のルカルカ・ルー(るかるか・るー)は敬礼もそこそこにこう言った。
「進路から予測すると、涼司……いえ、目標は光条世界の出口を目指しているみたい。彼の進路に防衛線を張る許可と、そのために探索隊の所持している爆薬の使用許可がほしいの」
「なるほど。で、貴様はなんだ?」
「例の少佐に話しかけてきた光の件なんですけど」
 もう1人、教導団のシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)はそう切り出した。
「あれは山葉のパートナーだった花音ちゃん……のような気がするんです」
「……彼女は消滅したと聞いたが?」
 メルヴィアは怪訝な表情を浮かべた。
「わかってます。わかってるんですけど……少佐の話を聞いてるとどうもそんな気がして」
「……うん。私もあの光は花音さんだと思う」
 ルカはシャウラの言葉に頷く。彼女もそんな気がして胸がざわついていたのだ。
「お前達の正気を疑うような真似はしたくないが、本気で言っているのか?」
「本気と書いてマジっス。てなわけで少佐、俺、一寸、花音ちゃんを追いかけてきます」
 それ以上追求することはせず、メルヴィアは頷いた。
「どちらも許可する。自体は一刻を争う。己の判断で最良と思える判断をしろ」
「ありがとう、少佐」
「あざーす! 恩にきます!」
「さて、お前たちの要件は済んだが、そっちのお前は何の用だ?」
「……ふぅ。正直、モチベーションが上がらないんだよね」
 ふてぶてしくもはっきりくっきり、最後の1人、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)はそう言った。
 全身鋼鉄の鎧の彼はわざとらしく何度もため息を吐いて、ウザイこと山の如しであった。
「その声っていうのも味方かどうかわからないし、そんなものを信じていけないハーブがキマっちゃったようなあの化け物を止めに行くのはハードル高いんだよね。だから、協力してもらえないかな?」
 この時点でロクなことにならなそうだが、一応こう返す。
「何をだ?」
「振り向かせる事に成功したらキミがモデルの水着撮影会をしてほしいんだよね。危険な水着使用でさ。本当に優れた指揮官は部下の士気を上げる為に自身の持つ全てを惜しみなく使うもの……」
「失せろ、鉄屑!!」
 ハイキックが奇麗に入ったブルタはゴロゴロと甲板を転がって、船から虚空へ勢いよく飛んでいった。
「のおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」
 真下に広がる雪原に吸われるように、彼の影は小さく小さく……そして、消えた。
 ルカとシャウラは甲板の手摺から身を乗り出し、おそるおそる下を覗き込む。
「下は雪だから大丈夫かな……」
「……まったく、軍人以外にも招集をかけると変なのが集まる!」

 ――飛空艇内の電算室。
 コンピューターの並んだ狭苦しい一室で、教導団少尉の裏椿 理王(うらつばき・りおう)とその相棒桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)は数字の表示された無数の画面と睨み合い、光条世界の調査を進めていた。
 採集した光条世界の物質の分析を始め、デジタルビデオカメラ及びピーピング・ビーで撮影した景色や建造物をインプロコンピューターで、過去の遺跡や建物と一致するものはないか調べている。
 山葉の獲物である高層ビルに関しても調査を進めているところだ。
「見たところ、地球やパラミタの高層ビルと同じ作りのように見えるけど……む?」
 気のせいか、見覚えすらある。
「うーん……どこで見たんだろう?」
 霜の下りた窓から外を眺める。
 回ってきたデータの分析を黙々と進めていた屍鬼乃も顔を上げ、外を見つめた。
 パソコンのチャットを通じて、利王に話しかける。
『なんらかの生活の匂いがあっていいはずだよね……まるで寝ている誰かの夢の中にいるみたいだ』
 彼は口数の少ない男のようだ。
 利王もチャットで返事を送る。部屋の中にキーボードを叩く音だけが聞こえる。
『……この世界は誰のデータで作られたものだろうね』
 普段からデータ集めが趣味の利王は、自分がいるこの世界も膨大なデータの集積物であると考える。
 安易に創造主(=神)のものだから、とは言わないが、ただパラミタも含めてニルヴァーナや光条世界は非常に限られた存在によって構築されたと彼は感じていた。
 この光条世界に関しては「冷たい」という印象を持った。
 どんなデータにも「ゆらぎ」と言うか、矛盾や無駄なものが多いものだが、それらを徹底して排除した世界のようにここは思える。
「よほど完璧な人間か、人以外の思考の持ち主が考えたもの、か……」
 この世界を研究することが、その存在近付く術となる。なんとなく理王はそう感じた。
『ま、ひとつひとつ調べ上げていくしかないね』
『ああ。ひとつ調べ終わったものがあるよ。この憂鬱になるほど降る灰色の雪の成分データだ』
『へぇ。思いのほか早かったな……どれどれ……ん? 主成分不明……?』
『性質は私たちの世界に降る雪と変わらないんだけど、この世界はちょっと風変わりだからね、細かい成分分析となると科学的なアプローチでは難しそうだよ』
『おやおや、それはまた好奇心をくすぐられるねぇ』
 楽しそうな彼の様子に、屍鬼乃は小さく笑った。
『今、君……女性をお姫様抱っこしているような顔をしているよ?』
『え?』
 女性をお姫様抱っこするのは、理王の大切な趣味のひとつであった。
 データ収集を趣味とする彼にとって、この行為は、レアなデータを集めるのに重要らしい。
 神聖な行為と言えど、凡人にはなかなか理解しがたい話ではある。
『今、光条世界そのものをお姫様抱っこしている気分なのかな?』
 そう訊かれた理王は肩をすくめてこう返した。
『自分がお姫様抱っこされている気分だよ』