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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 32 コードネーム・フェンリル VS コードネーム・ガルムエッジ〜器序章から続くもう1つの物語〜

「ちっ……、あの女、俺を放置するなんてふざけたことしやがって……」
 大荒野のど真ん中で、研究所に行く途中にモヒカン軍団を連れてモーナを襲った鏖殺寺院メンバーのガラの悪いゴーレム使い、ガラゴーは、見事返り討ちにあって腹をかっさばかれていた。既に血は止まっているが、一晩飯抜きだったあげくにこのまま放置が続くとアンデッドになりかねないので自分で何とかしなければいけない。モーナは教導団に連絡するとか言っていたが、一晩経っても誰も来ない所を見るに100%忘れ去っているらしい。名前まで聞きだしたくせになんて女だ。まあ、元々捕まる気も無いのだが。
 ということで、ガラゴーはゴーレムを利用して自力で帰途についていた。ゴーレムの肩に馬乗りになり、運ばせる形をとっている。
「ん?」
 前方から、小型飛空艇が飛んでくる。徐々に近付いてくるその影に目を凝らすと、運転席にリリア・フェンネス(りりあ・ふぇんねす)クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)が乗っているのが見えた。知った顔である。
 近付いてくる飛空艇に、居丈高な態度でガラゴーは声を掛ける。
「よお、てめえら。久しぶりだな」
「……お前は……」
 リリアが仇を相手にしたような目で、ガラゴーを睨む。まあ、こいつからすればあながち間違いでもないか。深い間柄では全く無い、例えて言えば同じ学校で偶々廊下をすれ違うような、その程度の関係とも呼べない関係だ。だがガラゴーは、2人の事を情報としてよく知っていた。片方は改造され兵器として使われていた強化人間。片方は、元から造られた人間兵器。
「元気だった……って、全然元気じゃねえなこりゃ。はっ! バトって負けたのか?」
 彼はクルードの重症っぷりを見て、自分の事を棚に上げ、笑う。
「……貴様……」
 クルードを嘲笑され、リリアは殺気を膨れ上がらせる。服の中に隠していた暗器、匕首
に手を伸ばした。彼女は、服の中に大量の暗器を隠している。あの事件の日も、素手と見せかけて隠し持っていた。素手は、敵を油断させる手段。袖口から様々な武器を出し、奇襲を得意とする暗器使いだ。彼女はコードネーム・フェンネスと呼ばれ、寺院にいた当時は牢獄に入れられ、様々な苦痛を伴う実験を繰り返されていた過去を持つ。
「どこに行くんだ? あのバズーカなら、もう手遅れなんじゃねえの?」
「…………!」
 リリアの手が止まる。そこで、クルードが静かに言った。
「……何故……バズーカを探していると知っている……」
 チェリーから『バズーカが剣の花嫁事件の被害者を元に戻す』と聞いたクルードは、再び収容された病院にて、ヒラニプラからバズーカを無事に運ぶために護衛が募られていた事を知った。そして、バズーカを手に入れる為にまたもや病院を抜け出し、ライナスの研究所に向かっている所だったのだ。
 彼の中からチェリーへの殺意が消えたわけではない。確実なものとして残っている。だが、ユニを元に戻すことは何よりの最優先事項だ。
「俺はあのデパート事件の尻拭い役だからな。何でも知ってるぜ。カメラ映像の証拠隠滅に行く前に、街で起きてた諍いなんかも聞き込んだしな。猫かぶって。ましてや、てめえはデパートの前で立ち回ったんだから耳にも入ってくるってもんだ。特徴を聞いてすぐに分かったぜ、てめえだってなあ!」
「……手遅れとは……どういうことだ……?」
「……ふん、バズーカはな、昼間にライナスの研究所まで運ばれてんだよ。んなもん、とっくに解体されてんだろ?」
「……何……?」
「他に、何か訊きたいことはあるか? 寺院のよしみで教えてやってもいいぜ?」
「……剣の花嫁事件に関わっていた奴を教えろ……チェリーと死んだ者以外に……誰がいる……?」
「チェリー以外ねえ……」
 ガラゴーは、クルードとリリアが自分に殺意を持っていることを自覚しているのかいないのか余裕たっぷり間を空けて言う。
「アクア・ベリルって奴がいる。一応チェリー達の上司だが、抜け殻みたいな奴だし、関わってるかどうかは知らねえぜ?」
「……抜け殻だと……?」
 何かが引っ掛かったのか、リリアが怪訝そうに言う。ガラゴーは面白そうに、アクアの身の上についてぺらぺらと喋った。
「てことで、5000年の間にすっかり抜け殻になっちまったのよ。チェリー達が下に置かれたのは、元々の所属部署の価値の違いと、年季の差ってやつだ。まあ、3人共要らねえ人材には間違いねえ。こんな目立つアホな事件起こすなら、さっさと殺しときゃよかったのにな」
『…………』
 クルードとリリアは、それを聞いてそれぞれに口を閉ざした。5000年間、鏖殺寺院に実験体として弄ばれた機晶姫――

「あれは……」
 空京で繭螺と別れ、チェリーを切欠に寺院の……自らの情報を得ようとしていたアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は、巨大甲虫のザイフォンの上からクルード達を見つけた。アシャンテの後ろにはシャルミエラ・ロビンス(しゃるみえら・ろびんす)も乗っている。彼女達は、キマクからライナスの研究所に向かう所だった。2人は、チェリーを再訪した翌々日、一度戻った蒼空学園にて彼女がキマクへ行った事を知った。上司に決別を告げる為だという(ちなみに、その情報はたまたまあの現場を通りかかったモブ蒼学生から聞いたものである。外でモブ友人と立ち話しているのをキャッチして話を聞いたのだ)。
 キマクに行ったアシャンテ達は、アクアが騒動の中で大破してライナスの研究所に向かった事を知り、こうして今、ザイフォン君と共に大荒野を移動していたのである。
 アシャンテはザイフォン君から降り、クルード達に近付いた。ゴーレムに乗った男に対しては、妙な奴だとは思ったがそれ以上の関心は抱かなかった。
「……クルード、どうした……お前もアクアの所へ……?」
「お?」
 しかし、クルードよりも早く反応を示したのはガラゴーだった。アシャンテの方を見て、にやりと笑う。
「……ガルムエッジ……これまた、面白えやつが来たもんだな」
「……! お前……!」
 アシャンテは、その言葉に目を見開いた。ガルムエッジ。それは、チェリーから呼ばれた、自分の別名――『鋭き猟犬』。
「何故……それを……」
 男は、愕然とするアシャンテに対して小馬鹿するような視線を送ってくる。そして、新しい遊びでも思いついたかのようにクルードに言った。低い声で、だが軽い口調で。

「フェンリル、邪魔者を消せ」

「…………!」
 その途端、クルードの様子が一変した。何かに撃たれたような表情になり――
「うおおおぉぉぉおぉぉぉ……!」
 空を仰いで獣のような雄叫びを上げた。
「……クルード……!? ……何が……!!」
 クルードは、身に刻まれた未だ血の滲む傷を無視し、おおおおぉぉぉぉぉぉ……と叫び続ける。驚愕するアシャンテに対し、ガラゴーは大声で、下品に楽しそうに解説した。
「知らねえのか? ガルムエッジ。こいつはなあ、鏖殺寺院に作られた兵器だ」
「……何……!? 寺院……!?」
「失敗作だと判断されて、妹の兵器と一緒に地球の戦場に捨てられたんだよ。反乱分子を排除する人間兵器の失敗作、コードネーム『フェンリル』。覚えたか?」
「……フェンリル……」
 アシャンテは、信じられないという目でクルードを、次にリリアを見た。彼女に否定してほしくて。全て嘘だと言ってほしくて。
 だが、リリアは……
「……そいつの言った事は……本当だ……。しかし、間違っている事もある……クルードは成功作だ……。クルードが寺院のメンバーを全て殺そうとする理由は……自分達が成功作だという事を知られない為……、仲間やアシャンテ達を守る為……」
「……成功作だあ!?」
「……そうだ……!」
 リリアはガラゴーを睨みつける。しかし、ガラゴーはそれを意にも介さずにまた興味深そうな目をクルードに向けた。
「へえ……で、この叫びは……何だ、俺の命令に抵抗でもしてんのかねえ?」
「……クルード……」
 クルードの真実は、自身が寺院関係者であったという事も相成ってアシャンテに多大なショックを与えた。精神が限界を迎え、両の瞳が金色に輝き、後ろで束ねていた髪がほどけ深紅に染まる。
 今にも、暴走しそうな状態――
 そして、クルードの雄叫びが止まった。完全に自我を無くした状態で、こちらに飛びかかってくる。
「! マスター!」
 そこで、これまで呆然と話を聞いていたシャルミエラが飛び出した。
 咄嗟だった。暴走しかけたアシャンテを――その身をもって、護る為に。
「マスターには手出しさせません! マスターは……アーシャは、私が護ってみせる!!!」
 ――彼女は、あの剣の花嫁事件の日以来に、アシャンテを『アーシャ』と呼んだ。
「……!」
 その声を聞き、シャルミエラの背が視界を埋め尽くした瞬間、アシャンテの脳裏に走馬灯のように過去の光景が展開された。繭螺が、バズーカの攻撃を受けた時のように。
 見えるのは、炎に包まれた視界、横たわる大勢の人、目前には破壊されて動かなくなったシャルミエラの姿、そして、血に濡れた自らの手の中には繭螺の冷たくなった体……泣き叫ぶは、自分の慟哭……
「……ああ……」
 瞬間的な、本能的な感情が彼女を襲う。
 ――こんなのはもう嫌だ、奪うのも嫌だ。
 ――今度は、今度こそ護ってみせる。
 気付いた時には、アシャンテはシャルミエラの前に躍り出ていた。
 栄光の刀「緋桜」でクルードの攻撃を受ける。瞳は金色の、髪は紅に染まったままで。自らの意識をしっかりと持ったまま。本来なら、我を失うはずなのに。
「『寺院のメンバーを全て殺す』ね……。クワバラクワバラ。今のうちに俺は逃げとくか」
 2人が戦っている間に、ガラゴーはゴーレムを駆ってその場から姿を消した。シャルミエラもリリアも、戦闘へ完全に意識を向けていて気付かなかった。

 どれだけの時間が経っただろうか――

「……アシャンテ……」
 クルードは意識を取り戻した。暴走は一定時間で収まるらしい。
「……クルード……」
 先の傷と此度の遠慮の無い動きが災いし、彼はどう、と倒れて動かなくなった。死んではいないだろう。
「……私は……」
 アシャンテは、刀を持っていた自分の手をじっと見つめる。彼女はそこで、自身に起きた変化に初めて気付いた。自分を見失わずに、私は……
 ――これが、アシャンテが自分の力を自覚してコントロールできるきっかけとなった。
 そして。
 リリアは、クルードの傍で頭を項垂れさせていた。その表情は見えない。
 彼女は、まだ気付いていなかった。
 ガラゴーに真相を聞かせ逃がすという事が、クルードが成功作である事を寺院の人間に知らしめてしまう行為であった事を。今まで、知られないようにと何人もの寺院関係者を殺してきたことが無駄に鳴ってしまうのだと言う事を。
 事実、その後――寺院のデータベースの内容は書き換えられたという。『失敗作』から『成功作』へ。
 書き換えを行った人物は騒がしい男であったというが、地球人であったかどうかの確証は取れていない――