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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 29 殺意と慟哭

「……今度こそ、殺ったか?」
 対イコン用爆弾弓を持ちノクトビジョンを装着した毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は煙立つ倉庫の中に目を凝らした。場所は、先程まで居た鉄塔の上では無い。倉庫内の様子がよく確認出来る、3階構造の建物の屋上だ。1階がゲームセンター、2階がボーリング場、3階がカラオケハウスになっていて騒がしいことこの上無かった。倉庫との距離は、100メートル程。
 大佐は迷彩防護服にブラックコートという出で立ちで、屋上に設けられた出入り口の陰からアクア達の様子をずっと伺っていたのだ。突出したコンクリート壁は、隠れるのには都合が良かった。比較的、狙撃もしやすい。
 大佐は、アクアを殺害する為だけにキマクに来ていた。
 アクアとファーシー達のやりとりを遠くから観察していたのは、ただ単にまだ昼間だったから。万全を期して、大佐は夜の襲撃を計画していた。それは、服装からも判るだろう。
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)がアクアを破壊していた時に止めようとしなかったのも、死んだら死んだで構わなかったからだ。
 夜になり、アクアが倉庫に運ばれてからは、この場所で狙撃のタイミングが訪れるをただ冷静に待っていた。入口はシャッターが壊れていて全開。機体は容易に確認でき、狙撃自体は何時でも出来る状態だった。
 しかし、アクアの傍には常に誰か人が居て――
 攻撃すれば、彼女達が巻き込まれる。アクアを確実に殺す為、弓には爆弾をつけている。しかも、イコン用だ。
 巻き込まれたら、死ぬだろう。
 なるべく、他の人を巻き込まないように。
 大佐は、アクアの傍から人が離れるのを待った。
 だが、遂に――つきっきりでいたルカルカが離れた。理由は分からない。この距離では彼女達の声は聴こえない。だが、それはアクア自身の希望のように見えた。そう、思えた。
 ただ、もう1人――アクアを修理している男、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)がいる。彼が一番、厄介だった。機体のあの状態では、朝までに修理が終わることは無いだろう。このままでは、攻撃はどれだけ待っても実行出来ない。
 そう思っていた大佐だったが、ふと、レオンが立ち上がった。衿栖に預けていた何かの工具を取りにいこうとしたらしい。
 チャンスは、恐らくこの一度きり。
 シャープシューターを使って確実に胸部と胴体を狙い、爆弾をつけている『2本』の矢を弓に番えてサイドワインダーを使い、
 撃つ。
「…………」
 殺気看破でも使っていたのか、レオンが矢の襲来に気付いて振り返った。ほぼ同時に、茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)も攻撃に気付いたのか、咄嗟にアクアの上に被いかぶさろうとする。
 直後、矢にエッツェルの蛇腹剣が迫った。妨害を受けた1本は宙を舞い、壁に当たって爆発。壁が内側から吹き飛ばされるのが、こちらからでも分かった。一方、もう1本もそれとほぼ同時に爆発していた。アクアのすぐ、近くで。
 そして、今。
 あの状況で、胸部と胴体に着弾するような奇跡は起きまい。だが……
 煙の合間から、重症を負った朱里の姿が見えた。爆発に吹き飛ばされたのか、アクアから離れた所で。同様に、衿栖とレオン、ルカルカ、望とノート、エッツェルとネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)も倒れている。山海経は、なんとか被害を受けずに済んだようだがショックで一時的に気を失っていた。
 その中で、魔鎧を纏った赤羽 美央(あかばね・みお)がアクアの機体を引き摺って外に出てきた。先程よりも更に大破した機晶姫の機体。左腕が、胸からえぐれるように原型を留めない状態でもげている。破損箇所からは煙と炎が燻り、内部のオイルを餌に、炎は全身に広がろうとしていた。それを、美央はアルティマ・トゥーレを利用して消そうとしている。ダメージが少なかったようで、後からノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)も出てきて同じくアルティマ・トゥーレを使い始める。
 観察していたのは、そこまで。
 大佐はその場から撤退することにした。内部に通じる方ではなく非常階段で下に降りる。その直前――
 アーマード レッド(あーまーど・れっど)と眼が合った気がした。レッドは犯人を探そうと首を動かしていた。余計なことは考えずにさっさと逃げる。でなければこの程度の距離、簡単に詰められてしまうだろう。

 アクアは死んだ。
 そう思う。
 普段通りの淡白な感情で、それだけを認識して現場から遠ざかる。
 確実に、こいつだけは殺したいと思っていた相手は、死んだ。
 だが、なんとなくイライラのような物が残っていた。そのイラつきの原因が何なのかは大佐自身にも判らない。
 判らないまま、アスファルトの上を歩く。爆発の所為だろう、町はざわついている。顔を隠すように俯き加減で歩き――
 大佐は、前方からチェリー達が走ってくるのに気付いた。沢山の仲間と一緒に、不安を抱えた表情で走っている。ロストの影響は、随分と薄れたらしい。自分の行為に因って負ったダメージも。
「…………!」
 すれ違う直前、チェリーがこちらを振り返った。だが、大佐は何事も無かったように歩き続ける。
 チェリーを殺す気はもう無い。
 殺そうとしたのにも関わらず生き残ったし、こう仲間が増えてしまえばチャンスもそう無いだろう。
 彼女には自分を殺す権利があるとは思っている。
 殺されるつもりは無いが、謝るつもりも無い。
 だから、ただ、歩き続ける。

                           ◇◇

「…………」
「? ……チェリー、どうした?」
 棒立ち状態で来た道を見つめているチェリーに、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が声を掛ける。先を行っていた皆も立ち止まった。
「いや……」
 道の先に視線を据えたままチェリーは呟き――
 トライブをまっすぐに見上げて、真剣な顔で言った。
「……なんでもない。行こう」
「何かあったら、ちゃんと俺達に言うんだぜ?」
 気軽な口調でそう言う彼に、チェリーは小さく頷いた。

                           ◇◇

「……もう大丈夫ですわ! 炎は消えましてよ」
 只管にアルティマ・トゥーレを放ち続けた美央は、ノートのその言葉で我に返った。アクアの機体の損傷箇所は、溶けた氷で水浸しになっていた。
 いつの間に逃げていたのか、空からモフタンが降りてきて美央の肩に停まる。
「モフタン……、無事だったんですか」
 モフタンの頬を一度撫で、彼女は、火傷を負った手で機晶石を取り出した。アクアを運ぶ前、咄嗟に胸部に手を突っ込んで無理に引っ張り出した、石。
 そこには、大きめのひびが入っていた。
「アクアさん……私には判りません。アクアさんは助かったのでしょうか? まだ、この中にはアクアさんが居るのでしょうか……」
「……完全には割れていない。残っている可能性は高いだろう」
 魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が答える。ひびは、即死には繋がらない。多分、アクアは亀裂のショックで眠ってしまったのだろう。
 だが、美央は機晶石を見つめたまま動かなかった。
「……アクアさんは、ファーシーさんとまだ何も話していません。きちんと話せば、きっとわかり合えるはずです。確かに、少しずつ良い方向に向かっていたのです。それが、どうして……」
 のろのろと倉庫内を振り返る。元々がらんどうだった倉庫。火が回る心配だけは無さそうだ。だが、壁は崩れ、いつ倉庫全体が倒壊してもおかしくはない。
 エッツェルとネームレスがこちらに歩いてきていた。アンデッドのエッツェルはリジェネレーションを。ネームレスは幻獣の主と百獣の王で自己修復をしたらしい。ルカルカも昼間同様にリジェネレーションを使い、ダメージを回復しつつ起き上がった。衿栖とレオンも強いダメージを負っているが、一番爆発の影響を受けたのは朱里だった。幸いにも五体満足の状態だったが、ぴくりとも動かない。望がよろよろと彼女に近付き、ヒールを掛け始めた。
「一体、何が……」
 そこに、爆発音を聞いたチェリー達がやってきた。音のした方向へ、炎と鉄の匂いがする方向へと走り、ここに辿り着いたのだ。
「…………!」
 チェリーは現場を見て、其処に倒れている何処か見覚えのある機体を見て、状況を悟った。力が抜けたように膝を折りかける彼女を、エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が支えた。
「……アクア……」
 呆然と目を見開き、チェリーが機体の名を呼んだ時――
「どうしたの? 大丈夫!?」
 ファーシーの声が響いた。怪我人とその付き添いを除く、ハーレック興業に行った皆が後から追いついて来る。彼女達はちょうど、地図に記されていたこの倉庫を訪れる所だったのだ。
 ファーシーはシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)の背に負ぶわれていた。まだまだまだまだ、普通に歩いたり走ったりということが出来る状態ではない。(ちなみに、運んでもらう際にはさも当然という感じで躊躇いはミジンコ一匹分も無かった)
「アクアさん……? 皆……」
 崩れた倉庫には目もくれず、ファーシーはただ、傷ついた仲間達とアクアの姿を見詰めていた。自然と、シルヴェスターの首に巻いた腕に力が入る。
「……何で、こんなことになってるの……? 何で、こんなに壊れてるの……?」
 声が震える。彼女は、かつて同等……いや、これ以上に壊れた機晶姫の身体を見たことがある。それは、自分の身体だった。修理をする為にモーナの工房に運び込み、包んでいた布を取った時。
 その時にも発しなかった悲鳴を、彼女は上げた。
「いやああああああああああ!」
 錯乱と慟哭。
「ファーシー!」「ファーシー、落ち着いて!」「落ち着け!」「み、耳が……」
 ファーシーだけではない。凄惨な現場を前にして皆も衝撃を受けている。悲鳴が続く中、弾かれたように何人かが動いた。我に返った者達はファーシーに声をかけ、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が朱里に駆け寄って命のうねりで治療を始め、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は冷静な表情を崩さないままに前に出る。ダリルは、美央の手の中にある機晶石とアクアの機体を見比べ、機体内の石が取り外されている事を確認した。
「その機晶石、少しいいか?」
「あ、はい……」
 石を受け取ってチェックし、やがて、ダリルは全員に聞こえるように言った。
「まだ大丈夫だ。機晶石は、機晶姫のコアとしての役割を終えてはいない」
「……え……?」
 ファーシーが驚いて顔を上げる。皆も、揃って彼に注目した。ルカルカが近付いて、安心したような笑顔を浮かべる。
「またそんな言い方して! 素直に生きてるって言えばいいじゃない」
「……ルカはいつも、機晶姫や俺達の思考基盤も魂だと言っているからな」
「そうよ、器が違うだけ。私達と何も変わらないわ」
 そんな2人の会話を何となく耳に入れながら、ファーシーはぼうっとした口調で呟く。
「……壊れて……ないの……?」
「この機体が再び身体として使えるかは、また別の話だがな」
 耳がきんきんして目をぐるぐるさせていたシルヴェスターの隣で、ガートルードが言う。
「ベリルは、急を要する状態ではないのですね?」
「ああ、この機晶石がこれ以上割れなければ、大丈夫だ」
「では一度、事務所に戻りましょう。負傷した方々とベリルの身体は、皆で協力して運びましょう。充分に気をつけて……」
 そうして、3人の少女に関わりキマクに集まった皆が、一堂に会することとなった。