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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 28 爆発。

 夜。キマク。
 ツァンダから公共機関を使って移動した面々――チェリーと如月 正悟(きさらぎ・しょうご)エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)リネン・エルフト(りねん・えるふと)ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)達は、2台の軍用バイクのヘッドライト、そしてその上を飛ぶ小型飛空艇ヘリファルテを見て安心した。
「良かった、何も無かったか……、……………………」
 チェリーは、自分達の前で停車したバイクに歩み寄り声を掛けたが――
 輝石 ライス(きせき・らいす)のサイドカーに乗っている半裸の男に目を丸くして固まった。
「……………………」
 長い長い三点リーダーが続く中、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)が言う。
「チェリーを狙ってきたっス! いろいろあって連れてきたっスよ!」
「この姿で大荒野に放っぽり出すのも忍びないしなあ。服買ってあげようと思って」
 緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)が少し困ったように言って、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が男の話した内容を手短にチェリーに説明する。
「……私はまだ狙われているんだな。私がもう寺院に関わらないと証明するか……」
「落とし前、だな」
「…………」
 課長の言葉に、どこの暴走族だと突っ込む余裕すらなく、チェリーはその意味について真剣に考える。その表情のまま課長を見て更に数秒。何が胸に去来したかは想像にお任せするとして。
 とりあえず、自分は謝らなければいけない。
 ライスに。
 彼と課長を見比べ、真に反省した面持ちで、言う。
「正直……ごめん。半裸、というかほぼ全裸の男を運べとか言うつもりは、全く無かったんだ……」
 でも。
 この男に会えて、良かったと、心からそう思う。
「気にしてねーよ! 成り行きで、このサイドカーしか空いてなかったしな!」
 ライスが言うと、チェリーはそうか、と表情を明るくした。
「じゃあ、この男の服を買ってきて欲しいんだけど……」
 ……パシリか。今度こそ正真正銘のパシリか。
「……分かった。買ってくる」
 チェリーが手持ちから足りそうなだけの代金を渡すと、ライスは走っていった。

 無事に課長が変態から脱却した所で一行はアクアが住んでいるテナントビルに向かった。その途中、チェリーはシグノーとキリカ・キリルク(きりか・きりるく)に話しかける。
「シグノー……身代わりになってくれて、ありがとう……」
「全然大したことじゃないっスよ! 楽勝だったっス!」
「そうか……キリカ。私、ここに来る前に考えてみたんだ。私の『仇』に会ったら、どうするか……」
「……はい」
 キリカは静かに応える。それは、別れる前に彼女がチェリーに言った事。『もし仇と遭ったのなら。かつての貴方ではなく、今の、貴方がどうするのか考えておいて下さい』――
「はっきりとこう、とは言えない。だけど、ただ1つ……殺すことだけは、しないと思う」
 別に、突然罪を意識したわけではない。罪を理解したわけではない。
 私は人。
 私は犬。
 人は理性を優先し、犬は本能を優先する。誰かを殺すということを想像した時。誰かを殺した自分を想像した時。本能の部分が悲鳴を上げた。今度こそ、自分が潰れるような気がした。
 だから、私は人を殺さない。
 何故潰れると思うのかは解らない。だけど、それは多分誰かの為じゃない。
 それはどこまでも自分の為。きっとそれは、自分の為。
 私はそんなに……善い獣人じゃないから。
 それにしても、さっきから気になる。この、焦げくささは何だろう? 歩く度に臭いが強くなっていくような、危険は感じていないのに、ざわざわと胸騒ぎがする。
 そして、皆をビルまで案内した時。
「…………!」
 チェリーは言葉を失った。テナントビルの最上部が壊れている。壁が吹き飛び、落ちた瓦礫が道の脇にどかされている。周囲の建物が煤け、焦げた臭いを発している――
「此処で何か戦闘があったようだな。チェリー、このビルにアクアが住んでいたのか?」
 正悟に聞かれ、立ち尽くしていたチェリーは我に返って彼を見返した。その上でもう一度、ビルを見上げる。
「そうだ……此処が、アクアの家。私達の、名ばかりの事務所……」
 改めて鼻を効かせる。この臭い……消火されてから数時間は経っている。アクアは何処へ行ったのか――

 その時だった。

 彼女達の耳に爆発音が届いたのは。

                           ◇◇

 その少し前、現在未使用の倉庫では――
「私が、幸せになる為に……? 何を、何を言っているのですか?」
 何を頓珍漢な事を、とアクアはせせら笑う。口元を動かす事は叶わなくとも、声で笑っている事が分かる。だが、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は彼女の説得を止めなかった。
 アクアには治療が必要。ファーシーも、治療が必要。でもファーシーは、アクアを置いてライナスの所へ行こうとはしないだろうから。
「ね、まずは身体を治そう? ファーシーがどうしても憎いというならそれでもいい。どうしても彼女に絶望を与えたいというのなら、それでもいい。ねえ、ファーシーの脚が治る所、見たくない?」
「……どうして私が……、歩けるようになったファーシーなんて、私が見て愉快になる筈がないでしょう」
「そう? じゃあ……治ったファーシーが喜んでいる所を砕いて、殺すというのはどう?」
「……何ですって?」
 囁くように、唆すように、ルカルカは言う。話しながら彼女は苦笑していたのだが、アクアは当然目視することは出来ない。ただ、自らの聴力を疑った。
「その方が、ファーシーに絶望を与えられるわ」
「…………」
 本気なのか裏があるのか意図不明のその言葉に、アクアは黙り込んだ。やがて、言う。
「……少し、考えさせてください」
 何も考えられない。もう、疲れたから。考えたくないから、そう言った。
 彼女達は、自分が何と返答しようとライナスの所に連れて行くつもりなのだ。事実、自分を修理すると言い張った人形師、茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)はそう、言った。今も、勝手に修理は進んでいるのだろう。
 でも、彼女達は忘れたのだろうか。アスファルトに叩きつけられた時に自分が言った事を。ライナス達を殺すよう、チェリーに指示したと言った事を。
 だから『考えさせてくれ』というのは馬鹿らしく、卑怯な答えだ。考えようが考えなかろうが、結果は変わらない。チェリーが殺らずとも、他の駒にも連絡はしてあるのだ。研究ばかりしている吸血鬼など――
 行っても、労力の無駄なのだ。
「……うん。待つわ」
 だが、ルカルカはそう言った。手に、温もりが伝わってくる。
「貴女……、私の手を握っている貴女。名前は……聞いていましたっけ。何というのです?」
「ルカルカ・ルーよ。ルカでいいわ」
「そう、ルカ……」
 アクアはそう呟き……静かに、言う。
「貴女は……私の、友人です」
「え……?」
「だから、その手を離してください。私はまだ、人に触れられるのが恐ろしいのです。落ち着かないのです。貴女が手を離しても、私は壊れないし絶望もしません。ルカがそこに居ると、信じているから。だから……『私の為に』離してください。ゆっくりと、考える為に……」
 戯言だ。卑怯過ぎる、戯言。ぺらぺらとよく、思いもしていない事を話すものだとアクアは思った。誰かに触られるのが嫌なのは事実。しかし、それ以外は――
 それ以外も事実であることを、アクアは理解していなかった。今の台詞は、ルカルカの気持ちが伝わっていないと考えつきもしないのだと。彼女は――理解していなかった。
「……分かった、離すわ」

 温もりが消えていく。しかし、それでも彼女達は、自分についてきた5人は近くに居るのだろう。恐らく、あのうさんくさいエッツェルと瘴気の少女も、私を見ている。ロボは外に立っている。
 全ての感覚が無い。ただ、暗闇の中に私は浮かんでいる。
 安らぐ時間。安らぐ空間。
 その中で、先程の会話を思い返す。『ファーシーに絶望を与える』為に一度治すという、あのくだりを。
『ファーシーに絶望を与える』というのは、自分の生きる目的だった。彼女の生存を知ったあの日以来、それだけを考えて生きてきた。
 テレビ画面に映った、ファーシーの笑顔を思い出すだけで煮えたぎる思い。泣きたくなるような思い。彼女を不幸に叩き落せば――
 5000年間、自分を実験体として扱ってきた連中の、もうこの世に居ない研究者達の鼻を明かせる程の幸福と達成感を得られると信じて。
 しかし、今はどうなのだろう。
 エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)に何をしたいかと問われる前。ファーシーと共に来た友人達に自身が言った事。あの怒りは、何処から生まれたものなのだろう。
 スタジアムの映像。
 ファーシーを見つけた時に感じた、本当の本当に、最初に感じて直ぐに消えたもの。そんな何かが在ったような気がする。無意識に自分で打ち消した、その感情が何なのか。
 多分――私は、答えを知っている。

「私は……」

 無の中で、どれだけそうしていただろうか。
「……何か来る」「「危ない!」」
 何でもないような台詞と、危機を伝える台詞が聴こえた。
 直後、激しい爆発音、誰かの叫びが聴こえ――一瞬だけ感じた灼熱と、温もり。
 そして。
 ぷつん、と、アクアの意識は闇に消えた。