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56


 去年のお祭りでは露店を出して楽しんだけれど。
「今年はお客さんとして参加しようかなって」
 へらり、笑ってケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)はクロエに言った。
「クロエさんと響子で一緒に楽しみたかったんだー」
 だから、お祭りらしく浴衣も着てみた。赤地に菊の柄が入った、やや大人びた印象を与えるものだ。
「クロエさんも浴衣なんだね。可愛いよー」
「えへへ。おともだちとおそろいなのー」
 嬉しそうに笑うクロエが、袖をつまんで一回転。白い生地に赤いなでしこがちりばめられた可愛らしい浴衣がふわりと揺れた。
「にあうっていわれると、うれしいわ」
「ええ。似合っておいでです」
 と言ったのは、御薗井 響子(みそのい・きょうこ)だ。
「あ。……すみません、私ったら。初対面ですのに名乗りもしないで話しかけて……」
「ううん、わたしこそはしゃいじゃって。クロエよ、よろしく!」
 差し出されたクロエの手を、響子が握った。
「御薗井響子と申します。よろしくお願いします、クロエ様」
「さまづけって、なんだかくすぐったいのね」
 くすくすとクロエが笑う。響子も少しだけ笑ったようだ。
 ――よかった。二人とも仲良く出来そうだね。
 クロエと響子が仲良く出来ればいいなと思っていたから、二人のやり取りを見てケイラがほっと息を吐く。もっとも、そこまで心配はしていなかったけれど。
「このせなかのはなぁに?」
「これですか? マニュピレータと言いまして、動かすこともできますよ」
「わあっ。すごいすごい! こまかくうごくのね!」
「すごいでしょうか?」
「すごいわ!」
 マニュピレータが揺れるように動いた。あ、照れてるな、とケイラは思う。マニュピレータは響子の表情よりもよほどわかりやすく動く。
 さて、自己紹介も済んだようだし。
「そろそろお祭りを回ろうか?」
 ケイラは提案する。
「お祭りって言ったら食べ歩きだよね。お好み焼き、焼きそば、カキ氷……今から楽しみだなあ。どこから行こうか? クロエさん、響子、希望ある?」
「ケイラ、お祭りにプリンはある?」
「プリンは……どうかな、ないんじゃないかな……?」
 デザート系のものを置いてあるところには、もしかしたらあるかもしれないけれど、お祭りの屋台でメジャーなものではないし。
 でも、あったらいいなと思う。食べ物にあまり興味を持たない響子だけど、プリンは好きだし。
「わたし、わたがしたべたい!」
「綿菓子だね、じゃあそこから行こうか。響子もそれでいい?」
「うん」
 頷いたのを確認後、出発進行ー、と歩きだした。まってまってとクロエがケイラの手を握る。
「えへへー。まいごぼうしなのー」
「そうだね。人がいっぱいいるからね、迷子になったら大変だもんね」
 きゅっと握り返して、答えた。
「きょうこおねぇちゃん、いこっ」
 それからクロエが反対の手を響子に伸ばす。
 響子は、その手を取っていいのか迷っているようだった。ちらり、視線がケイラに向いたので頷いてやる。すると、おずおずとした様子だったが手を伸ばし、
「……はい。行きましょう」
 遠慮がちにクロエの手を握った。
「プリン、わたしもすきよ」
「え。本当ですか?」
「うんっ。だから、あるといいねっ」
「そうですね」


 三人が祭りを見て回っている間。
 マラッタ・ナイフィード(まらった・ないふぃーど)は、ドヴォルザーク作曲 ピアノ三重奏曲第四番(どう゛ぉるざーくさっきょく・ぴあのとりおだいよんばんほたんちょう)――通称ドゥムカを誘って祭りに出ていた。
 どうしてドゥムカを誘ったのか。
 別に深い意図はない。ただ、なんとなくだ。なんとなく一緒に居ることも多いし、だから。
 それに適当なことを言ったりしないから、屋台の品で新作料理の研究をしようとしている今回、アドバイスをもらおうと思って。
「行くか」
「ああ」
 声をかけて、歩き出す。
 からんころんとドゥムカの履いた下駄が鳴った。こういうのは風流だなと、ふと思った。
「これとこれは美味だから、混ぜ合わせたら更に美味にならないだろうか」
「いや、ならないだろう」
「……ならこれとこれで」
「混ぜ合わせることから離れろ、マラッタ。料理の研究以前にもっと常識というか、基礎知識というか……地盤固めをした方がいいと思うぞ」
「そうか……」
 確かにマラッタの料理に関する知識は少なく、それゆえ失敗することも多い。
 ――今度改めて基礎に関する本を読んでみるか。
 その時もドゥムカに見立ててもらおうか、などと考えていたら、
「……でもまあ、その、料理に関する真摯な姿勢は、……認めんでもないぞ」
 唐突に褒められた。……いや、褒められたのだろうか。よくわからない。
 疑問符を浮かべていると、「なんでもないっ」と言われてしまった。頬が赤かったような気がする。
 機嫌でも損ねてしまったか。なぜかそのことを不安に思った。
「ドゥムカ」
「なんだ」
「すまん」
「何がだ」
「いや、わからないのだが。俺は何かしてしまったようだったからな」
「わからんのに謝るな、たわけ者」
 それもそうか、と頷きかけたところで、焼きそばを焼く屋台の小手捌きが目に止まった。
 じゃっ、じゃっ、と軽快な音を立てて、具を炒め、麺と併せ、ソースをかけて絡め。
 あれはいいな、とメモに取る。それに簡単そうだ。挑戦してみたい。
「ドゥムカ、今度俺はあれを作ろうと思う」
「そうか。焼きそばなら失敗することもなかろう」
「作ったら食べてくれるか?」
 だってほら、ドゥムカは嘘を言わないし。
「私がか?」
「いやか?」
「……まあ、味見くらいはしてやる」
 ぷい、とそっぽを向きつつ頷いてくれたので、ありがとう、と礼を言った。
「ドゥムカは食べたいものとかないのか? 付き合ってくれているんだし、奢るぞ?」
「ふむ。……なら、あんず飴だな。綿菓子でもいい」
「去年と同じだな」
「覚えていたのか?」
「覚えているさ。ドゥムカの好きなものだろう?」
「〜〜っ、や、やっぱりなしだ。今のはなしだ。マラッタが見たいものを見て回れ」
「? ドゥムカはどうするんだ?」
「わ、私は履き慣れない下駄で足を痛めた。少しここで休む」
 言って、適当に人混みから離れて行った。座れそうな場所を見つけて座ったのを確認してから、マラッタはふむと考える。
 ――連れまわしてしまったしな。お詫びとしてあんず飴を買って持っていこう。
 その後は、二人で喋ろうか。
 だってもう、料理の研究はできたから。


 そろそろ帰らないと、と言うクロエを会場の入り口まで送り届ける時。
「ケイラおねぇちゃんは、あいたいひと、いないの?」
 クロエが問うてきた。
「会いたい人、かぁ……」
 曖昧に笑うケイラの頭に浮かんだのは、死んでしまった恋人の顔。
 話したいことがある。
 会いたいとも思う。
 だけど。
「居るけど、会わないかなー」
 だって、もし一目でも会ってしまったら、別れが辛くなるから。
 ずっと一緒に居たくなってしまうから。
 だから、会わない。
 違う。
 ――会えないんだ。
 クロエと響子が、顔を見合わせていた。それから心配そうにケイラを見てくるから、
「あはは。二人がそんな顔しなくていいんだよー。
 それにね、今日二人が仲良くなってくれて、自分すごく嬉しかったんだから。それでもう、満足かなって」
 ケイラは、クロエのことが好きだし響子のことも好きだ。大好きだ。
 大好きな人同士の仲が良いと、それだけで嬉しくなる。
「だから笑って笑って」
 にーっと笑って見せると、クロエもにーっと笑った。
「響子も」
「私もですか? ……こ、こう?」
「違う違う。もっとこう、にーっと」
「にーっと、よ!」
「む、難しいです……」
 笑みの形を上手く作れないで居る間に、会場の入り口に着いてしまった。
「じゃあわたし、かえるわ! またねっ」
「うん、またね」
 ばいばい、と手を振るクロエに振り返し。
「自分たちはどうしようか?」
 祭りの終わりまでは、まだ時間がある。
「ケイラの好きなようにしていいよ」
「……じゃあ、もう少し見て回ろうか」
 思い出して、少し寂しくなってしまったから。
 もうちょっと、この喧騒にまぎれて居たいな、と。
 うん、と頷いてくれた響子と二人、手を繋いで歩き出した。