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59


 ルーフィリアス・アーミティッジ・フォルテッサを見て、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)はなんともいえない気持ちになった。
 ――あの人が……本当の父さんか。
 義父からは、もう亡くなっていると聞いていた。
 けれど、実際に会ったことがなかったから、心のどこかでは信じていなかった。
 だけど、思っていたよりショックはなくて。
 ルーフィリアスを目の前にしても、何を話せばいいかわからず。
 博季は、ただ黙ることしかできなかった。
「ひろきおにぃちゃん、だいじょうぶ?」
 クロエが、博季の服の裾を引っ張って問うてきた。心配させてしまうような表情をしてしまっていたのだろうか?
「うん。大丈夫だよ」
 こんな小さな子にそんな思いをさせてはいけないと、無理に笑顔を作って言った。
 そう、と言ってクロエがマリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)の許へ行く。
「それではクロエに『淑女遊び』を教えてやろうかのぅ。これを体得すれば立派なレディになれるぞ!」
「ほんと? マリアベルおねぇちゃん、わたしもきょうからレディ?」
「ほんとだとも! このマリアベルのお墨付きじゃ!」
 クロエとマリアベルは、(中身が)お子様同士仲良くやれているようだ。それはそれで、微笑ましいから良い。
「でも、ゆきこおねぇちゃんたちは?」
「んー? ……わらわ、あやつらの難しい過去、知らんし。だからクロエ、付き合え」
「はーい。でもでもわたし、ちゃんとおはなしもきくから。はなしはんぶんになっちゃってたら、ごめんなさい」
 ……なにやら大人びたクロエの発言も聞こえたけれど。
 ともあれ博季の持つ目下の問題は、やはり父ルーフィリアスのこと。
 ――……本当、今更何を話せって言うんだろう。
 それに今、彼を父として認め、父として話しかけてしまうと、それまでに博季を育ててくれた人たちに悪い。
 義父である信之も、信之の家族も、博季のことを実の息子のように可愛がってくれた。家族として迎え入れてくれた。
 そんな人たちを、裏切ってしまうような気がして。
 ――考えすぎかもしれないし、父さんいは悪いけど……。
 ――……こうして見ているだけにしよう。
 だから、博季は見守ることを選んだ。
 ルーフィリアスと西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が話すのを、遠目から静かに見守ることを。


「ルーフィリアス卿……お久しぶりね」
 幽綺子は、笑みの中に憂いを湛えながらルーフィリアスに話しかけた。
「魔幽華。懐かしいな」
 ルーフィリアスが、幽綺子の名前を――本名である、御桜 魔幽華という名を、呼んだ。
 久しぶりに呼ばれた名前。胸がちくりと痛む。
 御桜 魔幽華は、塵殺寺院の研究者の娘である。
 死んだ妻を生き返らせるという、幽綺子の――いや、魔幽華の父の目的のため、ネクロマンサーの修行もされたれた。
 そんな彼女がルーフィリアスに出会ったのは、十年ほど前のことである。
 ルーフィリアスは、塵殺寺院の手から魔幽華のことを守ってくれた。いや、きっと守ったつもりはないのだろう。保護していた。それだけに過ぎない。
 しばらくの間行動を共にし、魔幽華は父から得られなかった暖かさを、愛を、たくさんもらった。
 様々なことを教えてもらったし、幸せだと思ったことも少なくはなかった。
 だけど。
 結局は、父親の指示に従って、ルーフィリアスを殺害した。
「……私のこと、恨んでる?」
 つい、そう尋ねてしまうのは否定してほしいからだろうか。
 ――だとしたら、私はずるいわね。
 けれど、ルーフィリアスの返答は否定でも肯定でもなかった。
「魔幽華……君は未だに私のことを引きずっているんだな」
 どこか悲しそうに、それでも昔のように優しく言って魔幽華の頭を撫でる。
「私のことは忘れてもかまわない。君のことだって、恨んではいないよ。第一君を恨んでも仕方がないだろう?」
「……でも」
 魔幽華がことに及ばなければ、ルーフィリアスは息子である博季を愛し、博季もルーフィリアスから溢れんばかりの愛を受けて育っただろう。たとえ十何年という空白の時があったとしても。
 あの二人なら、その時間をも乗り越えられただろう。
 だけど、魔幽華はその機会を奪ってしまった。
 運命を狂わせてしまった。
 その業は、思っていたよりも遥かに重いのだと。
「君は気にしているようだがね。どの道私は自分の正義のために息子を親友に預けるような父親失格な男だからな。何が出来たとも思えないよ」
 でも、と反論したくなったけれど、何も言わないでおいた。
「ところで、あれがルーティスか?」
「ええ。今は博季と名乗っているわ」
 ルーティスというのは、ルーフィリアスが博季につけた名前である。が、博季はその名を知らないだろう。ルーフィリアスも、そのことは承知しているのだろう。
 ふとルーフィリアスの顔を見た。優しい、親の顔をしていた。
「……私より妻に似ているようだな。あの穏やかな目、線の細さ」
「そうかしら。卿、あの子にそっくりよ」
「そうかね?」
「ええ。ルーティス……いえ、博季は……優しくて意思の強い、いい男に育ったわ」
 言うと、ああ性格のことか、とルーフィリアスが頷く。
 そうか、私にも似てくれたか、と。
 嬉しそうに。
「それにね、あの子、頑張り屋さんのお嫁さんもいるのよ? ほら、可愛いでしょ?」
 言って、魔幽華は博季からくすねてきたリンネの写真を取り出して見せた。
 どれ、とルーフィリアスが覗き込む。
「……なるほど。確かに可愛い娘だ。幸せにやってくれているようで何よりだよ」
 リンネと博季が並んで笑っている写真。
 そこからは、幸せが溢れ出ていて。
「君のおかげだろうな」
「そんなまさか。私は何もできてないわよ」
「それはどうかな。……ところであの子が博季の娘か?」
 ルーフィリアスが、博季とマリアベルと雑談しているクロエを指差す。
 視線に気付いたらしいクロエが振り返り、ひらひらと手を振った。魔幽華も手を振り替えす。
「あの子は違うわ。クロエちゃんっていってね、私と博季の友達。あの様子ならマリアベルとも仲良くなれたのかしら?」
「そうか、友達か」
「卿の孫なら……そうね、あと一、二年遅ければ、見れたかもしれなかったわね」
「残念だ。しかし待つ楽しみが出来たな」
「卿って、とってもポジティブよね」
 くすくす笑うと、会話が途切れた。
 しばしの空白の時間の後。
「魔幽華……君は未だ父君を許せないか?」
 ルーフィリアスが、問うてきた。
「……許せないわよ」
 その答えは、ずっと昔から変わっていない。
「過去に囚われている限り、『自分の意思で生きている』ことにはならんよ」
 今の言葉は、ルーフィリアスが死の間際、魔幽華に教えたことでもあった。
 『自分の意思で生きることの大切さ』。
 それを学んだ魔幽華は、父に疑問を感じ、名前を変えて身を隠した。
 そして、『ルーティスを頼む』というルーフィリアスの遺言を守るという名目で博季に近付いた。
 本音をいえば、自分のためだった。
 父への復讐に繋がるから。
 そのためだけに、近付いて、利用して。
 だけど、それにも、自分にも、疑問を覚え始めてきた。
「父の事は許せない。卿に何を言われても、これだけは譲れないわ。
 ……でも、私の復讐にあの子を利用してしまった。本当に私、貴方たちの人生を狂わせてばかり」
 少なからずの後悔と。
 復讐に対しての虚しさと。
 それでもまだ燃える、許しきれない気持ち。
 だけど、ひとつだけ。
「卿。……私、貴方に謝りたかったの。……ごめんなさい」
「……君自身が君を赦せるのは、いつになるのだろうな」
 魔幽華の謝罪に、ルーフィリアスがぽつりと言った。
「博季のこと、礼を言うよ。見守ってきてくれて、ありがとう」
「……利用してきたって、言ったじゃない」
「それでもあの子は、真っ直ぐに育ってくれた。それは君のおかげでもあるのではないかね」
「……卿」
「さて。そろそろ私は帰るとするよ。恥ずかしい話だが、博季には何と声をかければいいかわからんからな。
 ……さらばだ。幸せにな」
 ローブの裾を翻し、去っていくルーフィリアスの背に。
「おやすみなさい、卿。
 ……ありがとう」
 魔幽華は――いや、幽綺子は静かに声をかけた。


 きゃっきゃと楽しむちびっこ二人は、ルーフィリアスと幽綺子の話が聞こえていたのだろうか。
 博季はぼんやりと、去っていくルーフィリアスと、彼を見送る幽綺子を見る。
 訊きたいことがたくさんあった。
 幽綺子と会ったのは、やはり偶然なんかではなかったのか、ということ。
 それから、幽綺子と父との関係。
 自分と契約した理由。
 ――でも、なぁ。
 博季は、幽綺子と契約した際に言っていた。
 『話したくなければ無理に話さなくていい』。
 博季らしい優しい言葉だったのだけれど、今思うとそれは後々訊きたいことができても訊けないということで。
「……でもまぁ、いいか」
 博季は空を仰いだ。
「いいの?」
 いつの間にか隣に居たクロエが、博季に問いかける。
「うん。きっと、いつか話してくれるだろうから」
 だから、その時を待とう。
「……だよね? クロエさん」
 尋ねると、クロエが柔らかく微笑んだ。