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リアクション
■1――三日目――19:00
「ふぅ……これで、やれることは全部やった、かな?」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は暗くなりかけたブナ林の中で呟いた。
彼女は同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)と共に、儀式に向け、閻羅穴を取り囲むように五色不動を配していた。
閻羅穴を中心に五芒星を描くように、白・黒・赤・青・黄色の不動明王を描き、囲むことで破邪の力を高めようと考えたのだ。
儀式で呼び出すのは大威徳明王だが、不動明王の力は絶対的なものに値する。
彼女たちが知り得る限り、やっておけることはやっておきたかった。
「戻ろっか?」
「ええ」
静香と共に閻羅穴の方へと向かう。
「後は儀式が終わるまで、防衛し続けるだけね」
と――。
「祥子」
祥子に纏われている魔鎧那須 朱美(なす・あけみ)の警告を含んだ声に、祥子は立ち止まった。
眼の前の林から、クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が姿を現す。
「俺の情報は役に立ちましたか?」
彼の問いかけに、祥子は「情報……?」と目を細め、ふと、その『声』に思い当たる。
「あの銃型HCの――」
「ああ、そうだ」
「何故あんな渡し方を? 直接渡してくれれば、お礼もすぐ言えたのに。
あれのおかげで、色々な事が分かったわ。死人についての事や――」
「近づくな」
クローラの鋭く静かな声に、祥子は彼に近づこうとした足を止めた。
クローラが続ける。
「これ以上、強力な『仲間』に増えて欲しくは無い」
「仲間……?」
小首を傾げた祥子へ、隣に立つ静香が囁くように言う。
「祥子さん。彼はおそらく……」
死人だ。と祥子も直感した。クローラが二人の様子に薄く頷く。
祥子は問うた。
「今更、姿を表した理由は?」
「あなたは知り過ぎた」
クローラが言う。ガリ、と響いた小さな音は彼が樹の幹を指で削っている音だろう。
クローラは視線を祥子たちから虚空へ向けたまま続けた。
「それは、必要な事だった。“このタイミング”までは。
本来なら、アクリトだけだった。彼は知り過ぎていた」
にわかに支離滅裂になり始めた彼の言葉に、祥子は薄く眉根を寄せながら言った。
「アクリトは、死んだわ」
「だが、彼の知識と意志を継いだ者が居る」
「……私。私はアクリトに代わって儀式を見届ける」
「見届け、あなたはまた得る事になる。知識を。知識を求める者は危険だ。知り過ぎ、また、知ろうとする。俺は、この村のような事態を繰り返させはしない」
クローラはただ喋り続けているだけだった。
「祥子、上ッ!!!」
朱美が鋭く言う。
反射的に、祥子は頭上を見上げた。
そこには、空飛ぶ箒にまたがったセリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)がおり、彼が物質化したエアカーが、祥子らを押し潰さんと降り落ちてくるのが見えた。
祥子は地を蹴った。
軽身功で軽やかな身体を空中で翻し、木の幹を蹴って、上空を目指し、エアカーとすれ違おうとする。
その時。
祥子は気付いた。
エアカーの中に詰め込まれた幾つもの機晶爆弾に。
セリオスの放ったフラワシによる炎がエアカーを打つ。
祥子を葬った爆発の火の粉が燻る中、セリオスが目の前に着地する。
クローラはセリオスに言った。
「これで、俺を刺せ」
セリオスへと差し出した手の中には、さざれ石の短刀があった。
セリオスが、それを手に取る。
クローラは、セリオスにクローラ自身を石化させるために、『用意していた言葉』を告げた。
「聞いた通りだ。俺は、銃型HCを使って生者側へ情報を漏らした。
つまり――俺は、『死人の害』」
弥美の支配を逃れるために用意した言葉。
しかし、今、考えれば。
今、改めて、全てを考えてみれば、もしかしたら、己は初めから弥美の都合の良いように動いていたのかもしれない。
アクリト亡き今、山場弥美にとって最も邪魔な存在は宇都宮祥子だった。
情報の提供は結果として、彼女を油断させたのかもしれない。
その油断が彼女の判断を半歩ばかり遅らせ、彼女自身に死をもたらしたのかもしれない。
そして、今、クローラは軍への検体提供として『死人』を未来へ残そうとしている。
これは山場弥美を支配するヤマにとってメリットのあることなのではないか。
――疑い出せばキリも無く、そして、どちらにせよクローラは、これ以上の手もこれ以下の手も打つ気は無かった。
短刀を持ったセリオスが小首を傾げる。
「だから、僕はこれで君を刺さなければいけない?」
「そうだ」
クローラの言葉にセリオスが微笑み、
「じゃあ、さよならだね。クロ」
短刀でクローラの身体を刺した。
クローラは、少しだけ表情を緩め、
「俺は猫じゃないぞ」
言った。
昼間から続く死人狩り、そして、緋雨たちによる涼司人形を使った陽動。
それらによって、死人の多くが閻羅穴へと投げ込まれた。
それでも、死人との戦力差は五分とはいえない。
それ程までに村には死が蔓延していたのだ。
閻羅穴の淵に設けられた祭壇には火が灯されていた。
死人たちが攻めて来たタイミングで、ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)とダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)があらかじめ穴のある巨大洞窟の上部に仕掛けていた機晶爆弾を用いて一気に爆破した。
瓦礫は死人たちを飲み込み、そして場を塞いだ。
それにより、閻羅穴近くの山は崩れ、結果的に、生者たちは閻羅穴沿いに戦線を築くことに成功したのだった。
「ゾンビなゲームを地でやるほど嫌なことってないね……」
桐生 円(きりゅう・まどか)は二丁の魔道銃で群がり迫る死人たちを撃ち飛ばしながら、呻くように言った。
機晶バイクを変形させた機晶ロボの銃撃が重なっていく。
「あともう少しだからねぇ〜。頑張りましょぉ〜?」
隣で、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が言う。
彼女はカーマインで円たちの補助を行うように銃撃を行なっていた。
彼女たちが狙っていたのは、死人たちの四肢だった。
そうして動きを鈍らせた死人たちをミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)がヴァルザドーンのレーザーで吹っ飛ばしつ、剣で首をかっ斬りつ、
「でりゃーっと、おーとーすー!」
閻羅穴へと落としていく。
死角からオリヴィアに飛びかかってきた死人の手が、霧と化したオリヴィアの残像を掻く。
すぐに実体化したオリヴィアのサーベルが、死人の脊髄を突き砕く。
「いやァ、こりゃ想像以上にハードな仕事だが、ね。
生憎と死んでやるわけにもいかんのヨ」
ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)がマシンピストルとレーザーガトリングで弾幕を張る中を――
東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)はフラワシで死人の足を鈍らせながら距離を詰め、狂血の黒影爪でその足を斬り砕いた。
地面に転がった死人の首に雄軒の黒影爪が喰いこみ、鈍い音。
雄軒はすぐさま爪の先で首を引っかけて、それを穴へと放った。
「まったく――数日前は、明日の太陽を見るなど当たり前のことだと思っていましたよ」
死人の群れの中に生者が居ない事を確認し、機晶爆弾を投げ込む。
「当たり前というのが如何に大切なものか、思い知らされますね」
爆発が死人たちの肉体を四散させながら、その中の数人の体を穴へと吹っ飛ばす。
「そんなもんはゾンビ映画でも見て実感する程度で十分だな、俺ァ」
ドゥムカがボヤく。
その一方で、機晶姫用フライトユニットでバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)は仲間たちの動きを支援するように動き回っていた。
金剛力と【ヘビーアームズ】によって生み出された怪力による疾風突きが、死人の口腔を砕き潰し首から上を抉り飛ばす。
そして、彼は加速ブースターを用いて急上昇し、死人たちの攻撃を逃れ、また、他の仲間を助けに向かった。
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)達も死人の猛攻を凌ぎ続けていた。
「儀式が終わるまで――絶対に通さない!」
ゴッドスピードとダッシュローラーで加速し、死人たちを翻弄しながらフェニックスやサンダーバードで一気に殲滅していく。
合わせて、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の鬼払いの弓から放たれた無数の矢が死人たちに降り注ぐ。
「喰ってもマズそうな連中ばっかりだなぁ、こりゃあ」
「アホな事抜かしてんじゃねぇって」
更に夏侯 淵(かこう・えん)がジェットドラゴンやフラワシを放ちながら、エンドゲームで周囲の死人を吹き飛ばす。
「……ルカルカ」
鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)は大勢の死人たちに混じって、閻羅穴へ向かいながら、彼らと戦うルカルカを見つけていた。
必死に戦う恋人の姿を見、酷く懐かしい気持ちになる。
彼女と笑い合った日々は、もう二度と戻ることは出来ない。
いや――もしかしたら、彼女も死人となれば、二人永遠に並び歩き続けることが出来るのかもしれない。
だが、それを良しとするような彼女ではないし、真一郎自身も、それを願うことは無かった。
答えは、決まっていた。
死人の群れの中を掻き分けるように、彼女の方へと向かっていく。
これ以上、自分自身が誰かから、その生命を奪う前に。
(ルカルカ……その手で俺を終わらせてくれ)
彼女の放ったフェニックスが目の前の死人たちを焼き払っていく。
真一郎は焼け焦げる匂いの中へと出た。
「真一郎さん――」
ルカルカと目が合う。
嗚呼、と真一郎は吐息した。
「会いたかった」
心からそう想い、呟いた。
身体を再生していく死人たちの間を駆け、彼女の元へ向かう。
意志に反して、自身の手が高周波ブレードを抜き去る。
本能に直接働きかける力に抗えず、彼女の生気を求めて、真一郎の身体は刃を構え、ルカルカへと踏み込んでいく。
「愛してるよ」
「私もよ、真一郎さん」
そうして、真一郎の首はルカルカによって切断された。
「貴方を愛してる」
ルカルカは真一郎の頭部を抱きしめ、口付けし――
すぐに死人たちの方へと意識を返した。
邪魔な涙を乾かすためにフェニックスで風景を焼き尽くす。
シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)が氷術で、死人を牽制しながら、懐へ潜り込み、【黄のスタンプ】でその首に印影を刻印する。
瞬間、『手記』の凍て付く炎が死人の首を、刈り取った。
『手記』がその首をすぐに引っ掴んで、閻羅穴の方へと投げ捨てる。
その一方で、ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は己へ迫った死人を風の鎧の生み出した風圧で弾き、シュッと自身の腰元から抜き放ったダークネスウィップで牽制した。
「……丸腰ではなかったのか?」
という『手記』の問いかけに、ラムズは、ふむ、と零した。
「ベルト代わりに使ってたんですが、意外と役に立ちますね」
アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が放ったサンダーブラストが死人の群れを走る。
その光景を端に置きながら、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、死人たちの首を無心に斬り落とし続けていた。
ただ生き残るために隠れ続け、そして、今は生き残るために戦い続けている。
なのに、人の肉と骨を切断する感触に慣れ始めてきている。その音が当たり前のようになってきている。
「動いてる人間の首を狩るなんて、パラミタでもやった事は無いっていうのに――きっと一生のトラウマになる……」
そう呻きながらも、さゆみは自身の中に何かしらの違和感を感じ始めていた。
「さゆみ……」
アデリーヌが何かを言いたそうにしている様子が見えたけれど、今、問い返している暇は無かった。
自身の中に生まれ始めている、暗く熱い何か酷く醜い物の影に気付く暇すら、無かったのだから。
「随分とてめえ、楽しそうな事やってんじゃねぇか。ア?」
白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は嬉々としてヴァルザドーンを振り回していた。
周囲の死人を砕き散らしながら、旋回した巨大な刃が向かった先はラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)。
ラルクがニィっと口端を笑ませ。
「知ってるか? 格闘技ってのは――」
その竜鱗化した腕で刃の腹を、トッ、と軽く打ち弾き、巨大な刃の行く手を逸らす。
「単に殴るだけってわけじゃないんだぜ?」
そして、出来上がった空白地帯へと身体を滑らせながら、竜造へと迫った。
「知ったこっちゃねぇええ!!」
竜造は、ギチッと周囲にも聴こえそうなほど骨と筋肉を軋ませ、乱暴にヴァルザドーンの力の行く先をねじ曲げ、ラルクへと刃を返した。
と同時にアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)がサイコキネシスで操った小岩がラルクの顔面を狙う。
「嫌いじゃないぜ。そういう馬鹿の力任せってのは」
ラルクが飛来した岩を額で割り砕き、神速で加速し、刃が己の身に届く前に竜造の身体をふっ飛ばした。
吹っ飛んだ先で松岡 徹雄(まつおか・てつお)に身体を受け止められ、すぐさま、竜造は体勢を整えた。
たっぷり血を含んだ唾液を吐き捨てる。
龍鱗化していたおかげで、ダメージは抑えられたはずだが、とんでもなく重い一撃だった。
「いいじゃねぇか、てめえ」
竜造は心底から歓喜し、片口を釣り上げた。
「山葉のクソメガネと殺り合うつもりできたが、とんだ拾いもんだ」
「早死にしそうな性格してんな、お前」
ラルクが構えを取って冗談めかすように言う。
竜造は剣を大きく背中まで振り構えた格好で、粗野に嘲笑した。
「死んでるてめえに言われたかねぇなァ」
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