校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●『久我内屋』にて ポートシャングリラには様々な店が大量にある。しかれどこの店……万雑貨(よろずざっか)の『久我内屋』と似た雰囲気の店は、さしものポートシャングリラといえど他にないだろう。 店はシャングリラ内の片隅にあり、ポートシャングリラにある最新型のきらびやかな店に比べると、ぐっとレトロで和風で、落ち着いたたたずまいである。 瓦屋根で木造、オープンは最近だが、看板にはじまり、暖房器具の火鉢、サイフォン式のコーヒーメーカー、一日一回ネジを巻く大時計、分銅を使う薬品計量器、昭和の時代に描かれた過去の店主の人物画など、店を特徴付ける様々な設備が、この場所を特殊な空間にしていた。 扱っている商品も特殊だ。万雑貨の名に偽りはなく、日用品、服飾、履物、食料品に書物など、多種多様な品目を扱っていた。しかし、バラバラに品物を集めてみたような印象は受けない。いずれもが、どこか懐かしく品が良く、買い付けてきた店主の姿が透けて見えるような、すぐれたセンスの逸品ばかりであって、しかも『久我内屋』という店舗に調和していた。 使い捨てにできるようなものはあまり販売していない。むしろ、使い込むことでより味がでるような、大事に使えば生涯付き合っていけるような商品が多いことも特徴だ。 この『久我内屋』(空京店)の店主こそ、本家『久我内屋』の次男坊、久我内 椋(くがうち・りょう)その人である。本日は久我内屋も初売りの大安売り、衣料品を多めにして店を開けている。身動きやしやすく機能的で目立ちにくい服を取りそろえ、服ばかりあつめた福袋も用意していた。 センスが良いぶん安物を扱わず、ちと値段高めの久我内屋だけに、赤字覚悟の安売りを開催した本日は、普段より多くの客が店を訪れていた。忙しく働きながら、椋は店内を巡っている。誰かを捜しているかのように、入口に時折目を向けた。 「枯れ木も山の賑わいとはよく言ったもんだねぇ。普段相手にしているような、本当に良いものだけ求めに来る固定客ばかりでなく、今日は一見さんもよく来ている」 浴槽の公爵 クロケル(あくまでただの・くろける)はそんな椋をからかうように言った。本日クロケルは帆布製のエプロンに首を通し、久我内屋の店員をしている。 「商業的には正しいのです。お馴染みさんはもちろん大切。けれど、新規のお客様を招く努力もしなければ、先細りするだけですからね」 「さあ、しかし少年、大量生産大量消費を是とするタイプの人間が増えた昨今、久我内屋の心意気を理解してくれる人がどれだけいるか……」 いささか挑発気味にクロケルは言うのだが、椋は超然としていた。 「世の中はめまぐるしく進歩しているようで、人の本質はそう変わらないものですよ」 「おい悪魔、不景気な話を垂れ流すな」 モードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)が二人の間に割って入った。 「おやおや、これは異な事。景気の悪い話をバラ撒いているのではなく、今日の我は自発的に協力してあげているわけだよ、大変珍しいことに自発的に」 ぺろりと舌を出してクロケルは笑む。しかしモードレットは容赦しなかった。 「貴様が呼び出しも求めず自発的に働いている時点でもう不景気だ」 「相変わらずきついねぇ、モードレット。ますます気に入ったよ」 すると、刃のような目でモードレットは悪魔クロケルを睨みつけた。 「いい加減本音で話せ。喉に槍でも突っ込んでやろうか」 「それも楽しそうだが穂鞘になってしまうと話せないからねぇ……さて、結論からいうとまだクランジΚ(カッパ)らしいのはいないよ」 きっかけは、ある日クロケルが気まぐれに出した御託宣だった。 塵殺寺院の機晶姫、殺人兵器とされるクランジの存在についてクロケルは語ったのである。とりわけ、Κ(カッパ)、Θ(シータ)の二人については、モードレットも強い興味を持った。 「使えるなら、手に入れたい」 簡単にモードレットは言った。手駒にしたい、とも。 これに関してはクロケルも同意し、新たな御託宣、さらには情報収集によって、カッパがポートシャングリラに潜伏していると思われること、ライダースーツの替えを求めているところまで嗅ぎつけたのだった。 「ブラッディ・ディバインにはまだ接触していませんのではっきりしたことは言えませんが、クランジというのは塵殺寺院でも別系統の可能性が高いですね……つまり俺のコネをたどっても手が届かないかもしれない」 と椋は言い、大英断を下した。 すなわち、本日の久我内屋を、Κをおびき寄せるための餌にしようというのだ。 ゆえに今日は、本来の店の趣味とは少々外れるが、ライダースーツを多数取りそろえている。広告も打った。この店はシャングリラの外れなので、わざわざ、誘導する看板を(ライダースーツ多数、というメッセージとともに)道々に立ててある。 「店全体が罠、内側には我々、いわばここは必殺の冥路……そういうタイトルの小説が前世紀にあったことをご存じかい、少年?」 と、嘘か真か怪しいことを言って、クロケルはまた舌を出した。 このとき、「かかった!?」とモードレットが小声で告げた。 緊張が走る。クロケルも口を閉ざした。 しかし、 「いや、違う。だが危険なタイプの人間ではある……」 ライダースーツを睨んで、モードレットは低い声で唸った。 モードレットの視線の先には、クリビア・ソウル(くりびあ・そうる)ら三人の姿があった。 「ね、アキュート、言った通りですよね! この店みたいに本物がわかってる店でないとこういう完璧な商品はないんです!」 クリビアは小躍りせんばかりにして喜んでいる。手にして体に合わせてみて、「見て見て」などと言っていた。 「完璧なぁ……? 俺には、さっきの店のライダースーツとの違いがわからんのだが」 ところがアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は欠伸半分といった口調だ。正月くらいゆっくりしたいというのに、「初売り、行きますよ!」と本日開口一番に言われたクリビアに、引きずられるようにこの場所まで連れてこられた彼なのだ。で、荷物持ちを命じられ、さんざっぱら女の争い(特売品奪い合い)を見せられ、おまけに、ついてきたペト・ペト(ぺと・ぺと)の意味不明発言の数々まで聞かされて、大変にグッタリ、アイム・ソー・タイアドの状態なのである。もう外は暗い。正直、さっさと帰って寝たい。 ところがアキュートの投げやりな態度が、自称ライダースーツ評論家たるクリビアのライダースーツ愛に怒りの炎を着火したらしい。彼女は、 「何をおっしゃいます!」 と声を上げ熱く語り出したのである。 「体の動きを制限しないのが最高です。本革の肌触りは最高ですが、伸縮性では合皮に一歩譲りますね。特にA社製のモノは防風性能を保ちながら、ムレ対応にも気を配り、要所に通気性の良い素材を使う事で……」 どうやら久我内屋に展示されているものが、そのA社のビンテージものらしい。ずいぶん値引きされているようだ。 まあ、アキュートにとってはどちらでもいいことである。 (「途中の店で、ワインの試飲をやったのが問題だったな。ロハ(※)だからって全種類試して、すっかり酔っぱらってノンストップな語り口になってやがる……」) じゃあこれ買って帰ろう、と言いかけたところで、すらりとした長身の青年が、横合いから出てきてライダースーツを奪い取った。 (「どこかで見た顔だが……?」) アキュートは青年を見たことがあるような気がした。だがそれが、どこであるかは思い出せなかった。 「ちょっと! 私がこれ、買うつもりだったんですよ!」 本来は真面目なクリビアである。しかし今日はワインが入っておりキャラクターが違う。一点物でもあるし讓る気はない、と青年にくってかかった。 「私が手にして調べているものを横取りするなんて常識外れでは!」 だが青年は、無視してライダースーツを丸めて持っていこうとする。 「そもそも、これレディースじゃないですか。あなたみたいな男性が……」 強く突くつもりではなかった。 だが片手でクリビアが押すと、押された青年――緋桜遙遠の姿をした何者か――は大きくバランスを崩しふわりと前のめりになった。 青年の顔はやはり記憶から蘇らなかった。しかし、今のような動きには確かに見覚えがある。アキュートは、青年の肩を手で押さえて言った。 「ん? この感じ、ひょっとして、Κのねーちゃんかい?」 「カッパ、カッパですね。ビールのつまみ〜」 もっともわけのわからない発言だが、もっとも反応が早かったのはペトだった。 「ペトが、逃げないように捕まえておくのですよ〜」 などと言ってΚにペトは貼り付いた。くねくね、絡みつく。 「初めましてなのですよ〜。モノマネ上手な人ですね? アキュートから聞いてるのですよ〜」 何が作用するかわからない。このとき、青年だった姿が、黄金の半仮面をつけた少女に変貌していた。彼女……つまりクランジΚは叫んだ。 「モノマネじゃないっ!」 さすがのペトも、「はわぁぁぁ!」と声を上げて縦に伸びてしまうくらいの声だった。 「自分のは! 能力だ!」 思わず変身を解き、我を忘れて怒鳴ってしまうくらい逆鱗に触れる台詞だったようだ。Κは、これまで目撃されたどんなときよりも冷静さを失っていた。 だからいつの間にか店から自分たち以外の客が消え、シャッターが下ろされたのに気づくのが遅れた。鎧戸が落ちる音がして、気がつけば、唯一の出口である正面が塞がれていた。 すっかり怯えたペトを肩に乗せてアキュートが言った。 「おっと、怒ったのならすまん。まあナガバノモウセンゴケの言ったことだ、許してやってくれ。なんならほら、侘びのしるしにそのライダースーツ買ってやるからよ」 「アキュート!」 クリビアが声を上げた。 「自分のだって言いたいんだろ? だがこういうときは年上が譲ってやらにゃあ。……年上だったよな?」 「そんなことが言いたいわけじゃありません! この店……変です!」 「店で騒ぎが起こったら防犯でシャッターが降りるとか……いや、違うな」 ようやく事態の異様さに気づいたか、アキュートは静かに言った。 「店員のにーちゃん、これ、何の真似だい?」 シャッターは分厚い装甲であることがわかった。見れば、和風の内装だが壁も防火防弾のシロモノであり、内側から突破しようとしてもできるものではないだろう。そこから推測して窓も強化ガラスと思われた。よく見れば窓は、開くことができる構造ではない。 「閉じ込められたみてぇに見えるんだが」 椋は落ち着き払って返答した。 「店主の久我内椋と申します。結論から言いますと閉じ込めました」 「アキュート・クリッパーと他二名だ。清廉潔白とは言わないが、買い物してて閉じ込められるようなことをしたつもりはないぜ」 「アキュート殿にはご迷惑をおかけしました。そちらの方……」 「♪カッパ〜、カッパ〜、ビールのつまみ〜」出し抜けにペトが変歌を挟んだ。 「……」椋はペトを見て、 「……」アキュートはペトの口をふさいだ。 何事もなく再開される。 「そちらの方……Κ殿に用があります」 薄笑みを浮かべてやりとりを聞いていたクロケルが、手にした煙管にマッチで火をつけた。 通常の煙管でないのは確実だ。実際これは、魔法的ダメージを与える『名探偵のパイプ』の変形である。 また、モードレットが、飾りのように壁にかけられていた槍を黙って手にしていた。音もなく槍が焔をまとった。 「自分は、用がない」 モノマネ上手発言に傷つけられた怒りは収まったらしい。Κは油断なく椋に目を向けた。 「鏖殺寺院だろうが関係ないが、クランジという機晶姫達は使えるそうだな」 無視するようにモードレットが言った。モードレットは槍を、腕の延長のように巧みに回転させ、ぴたりとその穂先をΚに向けた。 「使える駒となりえるのか確かめさせろ」 「無料お試しとは言わないよ。もし、モードレットが認める人材なら、ここを安全に出してあげるし……そうだ、そのライダースーツもあげるよ」 クロケルはその、黄金色の瞳を歪めて嗤った。 「今から本気で壊しに行く。壊れなければ、良い。それくらいの力がなければ、使えるとは言えないだろう?」 モードレットは摺り足でΚとの距離を詰めた。 「一撃で確認は終わりだ。壊れたらそれまで。安全に出ていくか、壊れるかだけの話だ」 アキュートが意を唱えた。 「おい、店員……じゃなくて店主のにーちゃん。俺たちは見てるだけか? 賭けに参加させろ」 「賭け? アキュート殿たちは、結果がどうあれ無傷で解放しますよ」 「何言ってんだ。俺も賭けるぜ。Κのねーちゃんの勝ちだ。その通りになったら、そうだな……」 アキュートはぐるりと店内を見回して、 「そうだ酒! そこに飾ってる日本酒をもらうぜ」 「負けたら?」 「そうだなあ。まあ、正月期間中この店で無償奉仕するってどうだ……そこのペト・ペトが」 「ちょっと〜、そんな〜、聞いてないですよ〜。領収書くれ〜、ガンロック〜」 困ってるのか困ってないのか、さっぱりわからない歌をペトは唄った。意味は不明だ。 「いりませんよそんな……」 しかし、 「じゃあ我が玩具(オモチャ)にでもしようかねぇ」 クロケルが言ったので、なんとなくそういうことになった。 「行くぞ」 モードレットが槍を構えた。 「その一撃を、自分が受けるか避けるかすればいいのか?」 Κは、来たるものに備えるように腰を落とした。 「そうだ」 とモードレット言ったとき、Κが懐からアサシンブレードを抜いて投じた。 モードレットは反射的に槍でこれを弾く。Κの足元にブレードが刺さった。これを抜いて、 「一撃したな。これで終わりだ」 「まともに一撃をさせなければいい、ってことか……まあ暗殺者らしい結論だな」 ふーっ、とアキュートは息を吐いた。実は、彼も自信があったわけではなかった。 ガラガラと音がしてシャッターが開いた。 「どうぞ」 椋は出口を指し示す。 モードレットは「行け」とだけ述べて顎をしゃくった。 「忘れ物だよ」 クロケルはライダースーツを放り投げてΚに渡した。 「じゃあ俺も」 アキュートは一升瓶を握って出口に向かった。クリビア、ペト・ペトも同行する。 「『久我内屋』は年中無休です、基本的には」椋は商売人らしく言った。「Κ殿、保護と協力が欲しければいつでもおいでください。クランジΘ達の破壊、手を貸してもいいですよ」 「断る」 Κは振り返ることすらなかった。 「『今は断る』、ですよね。それって」 椋が告げると、Κは今度は振り向いた。だが何も言わず、やはり店から出て行った。 アキュートは追いかけて言う。 「おい、ねーちゃん。ほら、俺とお前で手に入れた酒だ。純米吟醸! かー、たまんねぇな! どっか屋根のあるところで戦利品を山分けしねぇか。ちょっとツマミも買ってよ。手羽先なんて合うと思うぜ。手羽先のから揚げは甘辛いタレも良いけどよ、塩とレモンでサッパリ食うのが俺は好きだな」 「アキュート、自分が飲みたいだけでしょう?」 今の騒ぎで酔いが覚めたか、クリビアは平常の口調になっている。 「お酒のみのみ、いいですね。飲み助の歌を唄います〜」 と言ってペトは、なんだか意味はわからないが、ギター爪弾きつつ愉快に唄う。 「て〜ばさ〜き と〜んそ〜く え〜いのヒレ〜 はじっこばっかり た〜べて〜ると〜 い〜つのまにか〜 か〜やの〜そと〜 ホッケ〜のひ〜らき〜で は〜らを〜われ〜」 Κはライダースーツを手にしたまま立ち止まらず、 「自分は未成年だ」 と言い捨てた。 同時に、ほぼ直角に曲がってゲートのようなところに飛び込む。 慌ててアキュートは追ったが、曲がった先には大量の買い物客がいて、Κの姿を特定しようにも、まず不可能になっていた。 ※ロハ――漢字の『只』をカタカナにひらいた洒落。つまり『ただ』、無料のこと。