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シルバーソーン(第1回/全2回)

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シルバーソーン(第1回/全2回)

リアクション


■オープニング

●東カナン首都・アガデ

「うわあーーーっきれーーーーいっ」
 白壁を越えて見える優美なミナレットや礼拝堂といった建物の屋根を見て、神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)は素直に声を上げた。
 今日は冬晴れのいい天気で、アガデの都特有の赤屋根や壁面の白いタイルがまぶしいほど光り輝いている。
 授受が張りついているのとは反対側の馬車窓からそれを見て、シャムス・ニヌア(しゃむす・にぬあ)もかすかに口元をほころばせた。あの美しい都が破壊されたと聞いたときは少なからず胸を痛めたが、今こうして見るアガデは、かつて目にした都と変わりない。むしろ、あのころよりもはるかに立派にさえ見える。まるで炎に焼かれて生まれ変わるという火の鳥のように。
「ジュジュはアガデを訪れるのは初めてだったか」
「うんっ。東カナンの領主さまはバァルさまっていうのよね。ちゃんと会うのは初めてだから、すっごく楽しみ!
 みんなは? アガデ来たことある?」
「そういえば、僕たちも初めてかな」
 知らない場所を訪れる期待に早くも目をキラキラさせた授受の姿に、ほほ笑ましい思いで榊 朝斗(さかき・あさと)が答える。
「そうですね。東カナンは前にも訪れたことはありますが、アガデは初めてです」
 膝の上でくうくう気持ち良さそうに眠っているちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)をなでながらルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は頷く。
「私も同じよ。アガデに入るのは今回が初めて」
 目線を向けられて、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)も同意した。
「柚や三月も?」
「ええ。だから、お式が終わったらみんなで観光できたらいいな、って三月ちゃんとも話してたの」
 ね? とほほ笑む杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)がうなずく。
「うん。アガデって最近みんなの手で復興したんだろ? どんな都か、すごく興味あるんだ」
「そっか。みんな初めてなんだ。シャムスさまは?」
「オレか? オレは何度かある。隣国だからな。ただ、オレも国政に携わる身だからそう回数は多くはないな」
 外壁の門をくぐり、都の中を城まで走らせる間、なんとはなしに数えてみた。実際、数は多くなかった。片手で事足りるほどだ。
 だがそれでも、窓を流れる景色には何かしら懐かしいものがあった。美しい屋根飾り、角を丸くした壁は流れる水のような優雅さで道と道をつなぐ。まるで川の流れの中を進んでいるかのようになめらかに。
 馬車はやがて、領主の居城へと続くゆるやかな坂の前まで進んだ。そこには城の外門が設置されている。門の前には彼らを出迎えるように騎馬と1人の騎士が立っていた。
「あ、セテカさんだ」
 何気ない朝斗の言葉に、彼と最後に顔を合わせたときのことを思い出してシャムスの心臓はどきりと強い一拍を打つ。
『お前が好きだ。答えは急がない。考えておいてくれたら、それでいい』
 あざやかによみがえる、まるで耳に刻まれたかのような言葉に、シャムスはかあっと顔が熱くなるのを感じた。
 目が回るほどの日々の忙しさにまぎれ、答えはいまだ返せていない。あれから何カ月も経つというのに…。その気まずさもあって、前に立って彼を見返すには少し勇気がいった。
「やあ、セテカ・タイフォン」
「やあシャムス。それにみんなも。こんな遠い地へよく来てくれた」
 一方で、セテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)はといえば、まったくいつもと変わりない笑顔で馬車を下りる彼らを出迎える。
 ふと、その目がシャムスの全身を見て、驚いたように丸くなった。
「シャムス、その服は…」
「あ、ああ、これか」
 言われてシャムスはあらためて自分の服を見下ろした。それは、アイボリーを基調として所々に緑が重ねとして入れられたワンピースドレスだった。スパッツとブーツを履いて肌の露出は少なく、控えめなデザインながらも清楚な上品さがある旅行着。
「エンヘドゥがこれを着ていけと言ったんだ。祝事に対する正式な訪問だし。その……お、おかしいか?」
「そうか、エンヘドゥが。いや、よく似合っている」
 彼女を見るセテカの視線があきらかにやわらかく、ぐっと好意的なものへと変化した。その意味が分からず、とまどうシャムスの横からセテカに握手を求める手が差し伸べられる。
「お招きありがとうございます、セテカさん。おひさしぶりです!」
「このたびはおめでとうございます」
「ありがとう」
 2人の事情を知らない朝斗やローザマリアが進み出て、セテカと屈託ないあいさつをかわした。柚や三月もまた、シャムスの紹介でセテカとあいさつをかわす。
 そんなやりとりが繰り広げられている後ろで。
 授受はうむむむむ……と、先のシャムスの見せた反応をいぶかっていた。
「ジュジュ?」
 となりでエマ・ルビィ(えま・るびぃ)が小首を傾げる。
「なんだかおかしくない? シャムスさま」
「え? 普通だと思いますけれど…」
「ううん、そんなことない! 絶対さっき、視線が泳いでた! あたしには分かる!」
 さらにさらに2人の様子をじーっと凝視する授受。つられてエマも向かい合って話している2人――特にシャムスに注意をして見てみた。
「そう言われてみたら、ちょっとぎこちないかも……って、ジュジュ!?」
「シャムスさま! 何のお話? あたしも混ーぜてーっ!」
「あっ、いけません!」
 エマが掴み止めるより早く、ジュジュはセテカとシャムスの間に飛び込んでいた。
「きみは?」
「はじめまして、セテカさま! 神楽 授受です。ジュジュって呼んでください!」
 本人はにこやかに笑顔であいさつしているつもりなのだろうが、目は強い光を放ち、声もなんだか挑戦的で、まるで背後のシャムスをかばっているようだ。それとも、奪われまいとしているのか?
(あらあら…)
 授受の様子にそれと察して、エマは困ったように笑う。彼女の前、セテカは少しとまどった様子ながらも授受とあいさつをかわしていた。
「さあさあ。あいさつもすんだことだし、馬車に戻りましょ、シャムスさま! こんな所で立ち話なんかしてたら、いつまでたってもバァルさまにお会いできませんからっ」
「これはすまない。気がつかなくて」
 と、セテカが謝る間も授受はシャムスの背中をグイグイ押して、なかば強引に馬車へと急きたてて行く。
 かわるようにエマがセテカに歩み寄った。
「はじめまして、ジュジュのパートナーでエマ・ルビィといいます。
 ジュジュがあのような無礼な態度をとって、ごめんなさいですわ、セテカさま。どうかジュジュを嫌わないでやってくださいね」
「ああ……いや、なんとも思ってないよ」
 ちょっととまどっているだけで。そう言わんばかりの笑みに、エマもまた笑みを返す。
「多分、やきもちを焼いてるんだと思いますわ。お2人が自分の知らないことを親密そうに話しているものですから、少し疎外感を感じてしまったのだと思います」
「なるほど」
「それで……さっきのは、どういう意味だったんですか?」
 腑に落ちた顔でいるセテカの横顔を、下から覗き込むようにして訊いた。その好奇心丸出しのストレートな訊き方には、セテカもつい、プッと吹き出してしまう。
「いや、たいしたことじゃない。ただ、俺たちが出会ったときに着ていた服に似ているんだ」
「ああ、それでですね」
 館を出発する際、見送りに出ていたエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)からの言葉を思い出して、エマは1人うなずいた。馬車へ乗り込むエマに、エンヘドゥはくれぐれもと念を押したのだ。東カナンへ入る際には、絶対にあのドレスを着させてほしいと。
(てっきりシャムスさまにお任せしたら普段の騎士装束のまま訪問しかねないと思っての注意だと思っていたのですが……そういう意味がありましたのね)
「もっとも、本人は全然気付いていないようだが。ロマンチストなのは男の方、ということの証明かな」
 苦笑するセテカに、エマはつま先立ちをしてこそっと耳打ちした。
「セテカさま。実は少し前にシャムスさま「黒の騎士姫になるのも悪くない」って、おっしゃってましたわ。あれはもしかして、好きな方のため……かもしれませんわね?」
 そして目をしぱたかせるセテカに、ふふっと笑う。
「エマーっ、行くよー?」
 いつまでも戻ってこないエマにじれた授受の声が馬車から飛んできて、エマは「すみません」と笑顔で応じながらそちらへ歩き出した。
「……まいったな」
 そんなに自分はあからさまなのか。だが、まあ、今さらだ。サンドアート展でかなりの者に知られてしまっている。そこに1人2人増えたところでどうということもない。
 馬車へ乗り込む彼女の背中を見送って、セテカも自分の馬にまたがる。御者の手で馬車のドアに鍵がかけられたのを確認し、御者台へ戻った彼に頷いて見せると、彼は馬の頭を巡らせ先に立って城へ続く道を進んでいったのだった。


*           *           *


●北カナン首都・キシュ

 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)とともに、木々生い茂る木立のなかを歩いていた。
 鳥のさえずりがあちこちから聞こえ、気持ちいい風がほおや髪をかすめていく。ここはいつもそうだ。国家神イナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)の力によって守られたこの地でも、特にその力の波動が強い場所。光の神殿では、大気にまでイナンナという存在が満ちあふれている。さざ波ような、木漏れ日にすらも。
 リカインは一度足を止め、大きく深呼吸をしてそれらを身いっぱいに取り込むと、遊歩道に沿ってカーブを曲がった。
 道からは見えないように工夫され、開けた小さな場所。そこには簡素な噴水と縁の方に石造りのベンチが置かれているだけで、どこか隠れ家的な雰囲気がある。
 そしてそこに、リカインの探していた者――女神官ニンフルサグの姿があった。
「リカインさん」
 彼女の気配に気づいたニンフルサグがベンチから立ち上がる。
 パッと花が開いたようなその可憐な笑顔に彼女の来訪を歓迎する気持ちを感じて幾分ホッとしつつ、リカインはそちらへ歩いて行った。
「久しぶり。元気だった?」
「はい。リカインさんもお元気そうで、何よりです」
 かつて2人は、ともに同じ地を探索し、同じ場所で戦った。ニンフルサグは彼女のように武器を手に戦う闘士ではなく、民の平安を祈り奉仕する神官だが、かけがえのない人々の命を守りたいという思いで彼らは同志だった。
 ともにベンチに並んで腰かけ、気心の知れた気やすさで離れていた間のお互いのことを報告し合う。リカインは、ニンフルサグが神殿での務めや神殿を訪れる人々の悩み相談にのるだけでなく、この神殿を出て市井へ下りて、そこの人々と再び接し始めたことを聞いて心から喜んだ。
「正直、まだ……つらくて。わたしなんかが彼らの手をとってもいいのか…。
 彼らは『神官』に助けを求めているんです。でも、わたしは彼らの望むような者ではなくて……彼らを苦しめた張本人なのに、そのわたしが彼らに理解を示し、彼らの思いを受け取って、彼らの心に教えを説き、奉仕する……そしてそんなわたしに彼らは感謝の言葉を口にするんです。わたしは……わたしこそ、踏みつけられても、罵られても、彼らに許しを請わねばならない身なのに…」
 彼女にとって、これは贖罪だった。かつてザナドゥ側の策略で送り込まれた奈落人アバドンに憑依され、カナン全土を巻き込む戦争を引き起こした。
 カナンの人々に目覚めの一石を投じるため、短期間でカナンを再生させるために――かなり乱暴な手法ではあったが――必要なことだったと評価する者もいるだろう。ニンフルサグとてその意義を全く理解していないわけではない。事実、ザナドゥとの過酷な戦いがすぐそこまで迫っていたのだから。けれど、あの戦いで北カナンでも数多くの神官兵士が死んだのもまた事実だった。なのに主犯である自分がおめおめと生きながらえ、あまつさえ神殿の庇護の下、人々に『施し』を与え、そのことに感謝されている…。
「でも、街へ下りることを選んだ?」
「はい。少しずつ、ですが。いつかまた、みんなと一緒にカナンじゅうを巡れたらと思っています」
 ふふ、と笑う。少し恥ずかしそうなその笑顔に、リカインは彼女の強さを見た。彼女は彼女なりの手法で戦い、見えない鎖を断ち切ろうとしている。
「そう。……うん。良かった」
「ところでリカインさんは東カナンへ行かれなくてよかったんですか? バァルさまたちとはお友達でしたよね? 今日は結婚式では?」
「ああ……うん」と、ごまかすように背を正して視線を避け、足を組み替える。「私も、最近いろいろ思うことがあってね。きみと同じ、留守番を選択することにしたの」
 例えばセテカが、自分といるとよくけがをすることとか。
 会いたくないわけじゃない。彼とのことにはすっかり心のなかで整理がついて昇華している。もうずい分顔を合わせてないし、友として奇譚なく話がしたい。会いに行けばきっとセテカだって喜んでくれるのは分かっている。
(でも今日という日ぐらい、何の問題もなくすごさせてあげたいわよね。式には多分、彼女だって参列していると思うし)
「リカインさん…?」
「んっ? ああ、大丈夫、手紙は出しておいたから。1週間かそこらして、落ち着いたころにあらためて祝辞を述べに行く予定」
「そうですか?」
「それに、狐樹廊がきみに訊きたいことがあるって言うから」
 まだ少し納得しきれていなさそうに少し眉根を寄せて見ているニンフルサグの注意を、それまで黙って聞きに徹していた狐樹廊へと向けさせた。
 話を振られたことに気付いた狐樹廊が、リカイン越しに自分を見てくるニンフルサグに会釈をする。
「わたしに訊きたいこと、ですか?」
「へぇ」
 と答えたものの、リカインとのやりとりを聞きながら、彼は内心質問するべきかどうか逡巡していた。アバドンに乗っ取られていた記憶があるために、今もつらい思いをしている彼女に当時のことを思い出させることは気がひける。
 だがなんとしても知りたかった。心に引っかかっている存在――東カナンでバァルの両親やセテカの母を事故に見せかけて殺害し、叔父ナハル・ハダドをそそのかして東カナンに内乱を起こそうとしていたタルムドのことを。
「なぜ彼について知りたいのですか?」
「どうしても、手前の頭のなかからその名を払拭できないのです。魔女モレクとモートはあの戦いで散り、アバドンも倒されました。ですが、このタルムドという人物は姿を現そうとしなかった…。彼はどこへ消えてしまったのでしょう? あの戦いのなか、どこで何をしていたのか…。
 考えすぎやもしれません。手前の勝手な空想、単なる夢物語かも。ですが、彼の顛末だけが分からないのが妙に心にかかって」
「……タルムド」
 その名に、ニンフルサグは表情を陰らせた。さらさらと流れる噴水に顔を向けたが、その目は今、遠くを見ているように焦点がぼやけてしまっている。
「タルムドはアバドンがカナン各地の情勢を探るために配していた魔女の1人で、東カナンを担当していました。隙あらばあの地へ争いの種を撒くことを指示されていて…。ですが東カナンの内乱は不発に終わり、東カナンの災いの魔女であるモレクが石化刑を解かれたこともあって、彼と交代して前線を退いたのです。モレクは単独行動を好む魔女でしたから、彼と共闘するのをいやがって…。彼はその後、ザナドゥへ戻った……はずです」
「そうですか」
(ですが、ザナドゥで彼の名を聞いたことはついぞありませんでしたねぇ)
 ザナドゥにいなかったとすれば、彼はどこで何をしていた?
 ほう、と広げた扇の後ろでため息を漏らしたとき。
 突然後ろで「プハッ」と派手な呼吸音がした。
 思わず振り返った3人の前、はらりと布が地面へ落ちる。それは、北カナンへ入って早々リカインが禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)へ施したさるぐつわの布だった。――もっとも、総石造りの魔道書ではどこが口か判別つきかねたため、全体をグルグル巻きにした結果、それはさるぐつわというより単なる手荷物状態になってしまっていたのだが。
「おいリカイン! これはどういうことだ! さっさとほどけ!!」
 くくりつけられた七神官の盾ごと地面に仰向けに転がった姿で河馬吸虎は叫ぶ。どうやら盾が邪魔をしてか、うまく浮き上がれないでいるようだ。
「駄目。おとなしくそこでそうしていなさい」
 リカインは無視すると決めてか、くるり再び背中を向ける。
「くっそー! いきなり後ろから頭突いたと思ったら、ひとが気絶してる間にこんなことしやがってっ。一体俺様が何をしたと――」
 と、河馬吸虎の言葉がそこで止まった。ひょこ、と盾ごと強引に身を起こした河馬吸虎の正面にいるのは、初めて目にしたしゃべる石本にとまどっているニンフルサグの姿――。
「おお、その服装! おまえ女神官だな! そうか、ここはもう光の神殿か!
 おまえ、神官ということはまだ女としての悦びを知らないのであろう! そんなことでは全然駄目だ! 下々の苦しみが分かるはずがないではないか! よし! 俺様がじきじきにおまえにほどこしてやる!」
 はたしてどこからそんな力が沸いてきたのか――まさにすさまじきは煩悩パワー。人間も魔道書も、その違いはないということか? さっきまで浮くこともままならなさそうだった河馬吸虎が突然飛んだと思うやニンフルサグに向かって一直線に突き進む。
「よいか! せいぎこそ全ての幸福へと通じる道! 心身ともに満ち足りた至福を与えてくれるものなのだ! すぐにそれをおまえの体に刻み込んでやるからな! そう、この赤鼻の天狗の面、で――はぐっっ!?
 残念ながら、河馬吸虎はニンフルサグに届くはるか手前でまたもやリカインにはたき落とされてしまった。
 思うに、前置きが長すぎたのが敗因か。
「そういうことを言い出しかねないと思ったからこうしてたっていうのに……盾じゃ甘すぎたようね」
 足元でピクピク引き攣っている河馬吸虎を見下ろして、リカインがつぶやく。
 そんな彼女の元へ驚くべき一報が飛び込んできたのは、ちょうど狐樹廊とともに河馬吸虎を噴水の像の持つ水がめから噴き出す水の真下へくくりつけた岩ごと沈めているときだった。
「……ええっ!? セテカくんがモレクの放った毒矢を受けて死にかけている!? ――そんな…」
 じゃあ私がそばにいなくても結局は危機的状況に陥ってしまったということ…?
 衝撃のあまり、呆然とそんなことを考えつつ、手のなかの切れた携帯を見つめる。
「……ああ、キノコマンとジョードは何をしていたの。あんなにセテカくんのそばにいて、彼を護れと言っておいたのに…。
 と、とにかく東カナンへ行かないと。ニンフくん、悪いけど、私たちはこれで失礼するね」
「はい。わたしもできればご同行したいのですが…」
「うん、分かってる。きみはここを離れられないんだから仕方ない」
「どうか皆さんにくれぐれもよろしくお伝えください。この光の神殿で、ご病気の平癒を祈願しております」
 ニンフルサグは静かに頭を垂れた。