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うるるんシャンバラ旅行記

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うるるんシャンバラ旅行記

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「ようこそ、イルミンスール魔法学校へ」
「レモっち、いらっしゃいませー」
 丁寧に挨拶をする関谷 未憂(せきや・みゆう)の横で、ひらひらと手を振るリン・リーファ(りん・りーふぁ)。その間で、プリム・フラアリー(ぷりむ・ふらありー)は無言のままぺこりと一礼をした。
「今日はお世話になります」
「いつだったかは喫茶室へ招待ありがとうね。今日はそのお返しってことで!」
 リンは楽しそうに笑う。
 イルミンスール魔法学校の案内をかってでてくれたのは、この三人だった。
 ついでに未憂はイルミンスールの制服も貸してくれ、今日のレモは一風変わった雰囲気だ。
「気分転換に他校の制服着るのも楽しいかな…と思いまして」
「似合ってるよー」
 彼女たちにそう褒められ、レモははにかんで礼を言う。
 カールハインツは、今日は別行動だ。他に見たいところがあるとか言っていたが、おそらく、若い女の子に囲まれるのが、やや苦手だからだろう。後で迎えに来る、とだけ言い残して、玄関で別れていた。
「では、ご案内しますね」
 そう前置きをして、未憂が先導する。主に、生徒たちが普段使用している教室や、食堂といったフロアだ。未憂の説明に、リンが時折口を挟み、レモを笑わせてくれる。プリムはずっと、レモの手を握り、迷子にならないようにそっと導いてくれていた。なにせ、校内内部は巨大な迷宮になっている。少し見学しただけで、レモにはもう、帰り道がわからなくなっていた。
 時折他の生徒たちとすれ違うが、レモが制服を着ていることもあり、あまり注視はされない。その分、のんびりと校内を見て回ることができた。
「これが全部世界樹の内部なんですよね……びっくりします」
「初めて見たならそう思うかもね〜」
 最後に未憂が案内をしたのは、イルミンスール魔法学校の名所である、大図書室だった。
「どうぞ。ラドゥ様のお屋敷の蔵書もすごかったですけど、こちらもいろんな本があって飽きないですよ」
「うわぁ……」
 扉を開けて、一歩を踏み出しただけでもわかる。唸るほどの蔵書と、圧倒的な魔法の力に、レモはしばし言葉をなくした。
「みゆう……」
「あ、そうそう。念のため、こちらをつけておいてください」
 プリムに促され、未憂は用意してきた見学者用のプレートをレモの胸につけてやった。
「レモさん魔道書なので、あまり大図書室の奥に行って蔵書と間違えられても困りますし……。司書さんに相談して、用意していただいたんです」
「ああ」
 未憂の気遣いに納得しつつ、レモは「ありがとうございます」と礼を言う。
 大図書室は全体的にほのかな明かりだけが点り、その奥がどこまであり、どうなっているのか、到底一目では見通せない。だが、そんな中を、未憂は慣れた足取りで進んでいく。よほど、ここにも出入りしているのだろう。
「そういえば、レモさんは好きな本とかありますか? ご希望がありましたら、書架までご案内しますけど」
「本……ですか? 僕、まだ教科書とか読むのが精一杯で、あんまり。未憂さんのおすすめとか、ありますか?」
「私の好きな本は…今は植物図鑑とか。花の咲く季節だったり実の成る季節、育て方とか読んでいて楽しいです」
「あたしのお勧めの本は『チェス入門の手引き』だよー」
「チェス?」
「そう。ちょっと勝負する相手が居るので勉強してるの。けっこう面白いよー」
 リンが言う『相手』が誰なのかはレモにはわからなかったが、彼女がその対戦をとても楽しみにしていることは伝わってきた。
「一度、ジェイダス様に将棋というゲームは見せてもらったんですが、僕には難しくて……」
「ああ、あれはねー。チェスに似てるようでまた違うんだよね」
 うんうんとリンが頷く。その横で、プリムは一冊の本を書架から取り出すと、レモに差し出した。表紙には『やさしいお菓子づくり』と書いてある。
「プリムさんのおすすめですか?」
「……そう……みゆうが、好きだから……」
 レモは両手で差し出された本を受け取り、開いてみる。初心者向けの、図解の多い丁寧な本だ。
「美味しそう。いつか、プリムさんが作ったお菓子、食べさせてくださいね」
「レモさんも、挑戦してみたらいかがですか? 簡単なんですよ」
 未憂がそうすすめる。が、レモは苦笑して「でも、僕は……」そう言いかけ、口を閉じる。
「どうかしたの?」
「そう、ですね。やってみないと、わかりませんからね」
 できない、とばかり言っていても仕方がない。それは昨夜、思ったことだった。
 だが、そう言うレモの表情は、楽しさというよりもどこか悲壮感すら漂っており、リンと未憂は無言のまま目配せをしあう。
「最初は、色々な本に出会うだけでも良いんじゃないですか? もちろん、本に書いてある知識だけじゃ足りない事もあると思うんですけど、きっかけにはなるんじゃないかなと思います」
 焦らなくてもいい、と言外に告げて、未憂はそっと微笑む。
「……思うんだけどね。あなたの力になりたいって人はきっとたくさん居るから、ひとりじゃどーしようもないって時は頼るといいんだよ」
「……そうですよね」
 レモは首肯してみせるものの、本を握る手は力がこもったままだった。
「それと、また喫茶室に招待してもらえると嬉しいな。夏とか秋の薔薇園はまた違って素敵だと思うから」
 リンがそう付け加えると、ようやくレモは顔をあげ、「それは、もちろん!」とはっきり答えた。
「あ、でも、みんなに相談してからになりますけど……きっと、賛成してくれると思います」
「楽しみにしていますね」
 未憂は微笑んだ。横から、プリムの細い指先が、色を失ったレモの指にそっと触れる。
「……だいじょうぶ」
 そっと、プリムは囁いた。ようやく、レモの手から、力が抜ける。
「あ、あの」
「はい?」
「コーヒーとか、紅茶の本って、ありますか?」
 喫茶室、というフレーズは、レモにとって『絆』を思い起こさせるのかもしれない。そう口にしたレモに、未憂は「こちらです」と案内することにした。
 傷が癒えるのには、まだまだ時間がかかるようだと、内心で未憂は思う。
 ただ、本と出会うことが、なにかのきっかけになれば良い。

 数冊の本を興味深げに閲覧し、四人は大図書室を後にした。
 もうすぐ、カールハインツと約束している時間だ。まだまだ名残惜しいが、そろそろ行かなくてはならない。
「そういえば、レモさん。ヴァイシャリーへの移動は、どんなご予定なんですか? 特に決まっていないなら、リンが【バーバ・ヤーガの小屋】で送ると言ってるんですけど……乗り、ます?」
 未憂は小首を傾げる。まるで、勧めて良いものか、やや迷っている風だ。
「バーバ・ヤーガ?」
「うん! 人間を食べる魔女だよー」
 明るくリンに説明され、レモは若干頬を引きつらせた。レモはまぁ、厳密には人間ではないが、カールハインツが困るだろう。
「えっと。カールハインツさんが車を出してくれるそうなんで、大丈夫です。それに、ちょっとヴァイシャリーの前に、パラミタ内海に寄ることになってて」
「パラミタ内海に?」
「はい。友人が、潮干狩りに誘ってくれたんです」
「わー、いいなぁ! 楽しそー」
 リンが手を叩く。
「そうですか。楽しんで来てくださいね」
「はい。本当に、皆さんお世話になりました。……あ、これ!」
 旅行荷物からわけてきていたお礼のタシガンコーヒーを手渡し、レモはもう一度丁寧に礼を述べた。
「また、お会いしたいです」
「こちらこそ」
「レモっち、まったねー!」
「……さようなら」
 可愛らしい三人に見送られ、レモは制服を返却してから、カールハインツとの待ち合わせ場所に向かったのだった。


 待ち合わせ場所にさせてもらったのは、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の探偵事務所だ。名前を、【薔薇十字社 探偵局】という。イルミンスールの中腹にあり、自宅と兼用している。イルミンスールを訪れるなら、休憩がてらに寄るといいと、招待を受けていたのだった。
「探偵さんだったんですね」
「そうなのだよ。なにか調べたいことがあるならば、相談に来るが良い」
 見たところ、そう探偵の仕事が忙しいというわけではないらしい。
 広い一畳間を仕切った、十二畳ほどの応接室には、ソファセットの他に、観葉植物や本棚が並んでいる。とはいえ、全体的にしごくシンプルだ。
「何も無い所だが気は使わずとも良いのだ。レモ、そちらに座ってくつろぎ給えよ」
「ありがとうございます」
 勧められたソファに座り、ほっと息をつく。リリとは何度か顔をあわせており、未憂と同じように、他校生ながらレモにとって親しみのある相手だ。
「どうぞ。安い茶葉で心苦しいがね」
 奥のキッチンから、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が紅茶とマカロンをトレイに乗せて運んで来た。
「ま、まて。それは私のおやつ……」
「まったく、君はスイーツのことになるとこうだからなあ」
 ララは苦笑する。日頃沈着冷静の塊のようなリリだが、ことスイーツに関しては人が変わるのだ。それは、レモもよく知っていて、思わず笑みをこぼしながら、手にしていた袋からお土産を取り出した。
「じゃあ、かわりにこれを。喫茶室で使ってる、チョコレートです。他の方にはコーヒーをお渡ししてたんですけど、リリさんはこっちのほうが良いかなと思って」
「おお! 気が利くではないか」
 手渡された小さな箱に、さっそくリリは大喜びで受け取る。
「よかった」
 喜んでもらえたのなら、なによりだ。
 その傍らで、まだ立ったままのララが、こほんと咳払いをする。
「で、その、ルドルフは……」
「校長は多忙だ。同行はしないだろう」
「いや、私はお元気かと……」
 それだけだ、と言い訳しつつも、ララの白い頬はほんのりと上気していた。
「はい。それと、ララさんにこれを」
 レモがララに差し出したのは、先日の喫茶室来場者への礼状だ。ただし、ララには、ルドルフからの一筆が入っている。ここに立ち寄る予定もあり、レモはララにだけは、直接持ってくることにしたのだった。
「ルドルフ様から、よろしくとのことです」
「そ、そうか!」
 途端にララはぱぁっと表情を輝かせ、大切そうに封筒を受け取った。本当なら今すぐ開けたいだろうに、そこは我慢しているようだ。
「私あてでもあろう。読んでくれないか?」
「あ、ああ。もちろんだ!」
 気もそぞろな様子がありありと感じられ、リリは自分から開けてよいと水をむけてやった。やれやれ、と苦笑するが、ララには当然目に入っていない。
 可愛らしいな、とレモもまた微笑む。
(……ふむ)
 ララが手紙の内容を音読する間に、リリは密かに、レモの様子を観察していた。
 リリがレモを招待した理由は、もしレモ自身の奥底に不穏な人格が潜んでいるとすれば、世界樹が反応するのではないかと考えたからだったのだ。
(レモにも世界樹にも兆しはないのだ。考え過ぎか……)
 あくまであれは、あの笛の魔力によるものらしい。
「ところで、旅行は楽しんでいるか?」
「え、ええ。もちろん。……色々なことがあって、新鮮です」
 ほんの微かに、レモの表情に陰りが出る。それを見逃すリリではなかった。
(ふむ……)
「レモ、君がこの旅で各地域のトップに会うことはないだろう。だが君は常に注目されている。ルドルフがこの旅を許した理由の一つは、それが君のお披露目の意味を持つからなのだよ」
「……お披露目、ですか」
 レモが、ごくりと唾を飲み込んだ。
 たしかに、時折、視線を感じることはあった。なぜなら自分が、あの人と同じ顔をしているからだ。彼の罪はそれほどまでに深く、存在は大きい。
「まあ、気負うことはない。君が善良な人間であることは皆が知っているのだ」
 そう言うと、リリはお土産のチョコレートをさっそく口にしている。
「でも……善良なだけじゃ、だめですよね」
「レモ?」
「僕は、もっと強くならなきゃいけないんだって、そう思うんです。色々なことができるように、ちゃんと、一人前にならなきゃいけないって……」
「だが、強いだけの存在は哀れだ。レモ」
 ララの言葉に、レモは顔をあげる。ララは、真剣な表情をしていた。
「哀れ……?」
 そのとき、彼らの背後でドアが開いた。
「邪魔するぜ。ああ、レモ。もう来てたのか」
 カールハインツの声に、レモは振り返る。
「それじゃあ、行こうぜ。二人とも、ありがとうな」
「あ、ありがとうございました。ごちそうさまです」
 レモもぺこりと一礼をして、立ち上がる。
「息災でな。次は、私の魔導書コレクションも見ていくといいのだよ」
「ルドルフに、よろしく伝えてくれ!」
 なんとかララはそう口にすると、手にした封筒を、再び大切そうに胸元に押し当てた。
「はい! また、必ず!」
 レモはそう返すと、静かに探偵社を出ていく。
「ふむ。まだまだレモには、色々とありそうなのだよ」
 閉じたドアにむかってリリは呟き、ふぅと息をついた。