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リアクション
■ あの人の名前 ■
フレリア・アルカトル。
それはヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が柊 真司(ひいらぎ・しんじ)と契約する前、彼女の世話を担当していた研究員だ。
暴走事故により命を落としたフレリアの墓がどこにあるかを、真司は前々から知っていた。
けれど、今までのヴェルリアの記憶にはフレリアの存在はなかった。そんな状態のヴェルリアを連れて行っても意味がないからと、真司はこれまでフレリアの墓に行くのは保留していた。
けれど……本来の人格が表に出てきている今なら、行っても大丈夫だろう。そう真司は判断し、どんな反応をするかとヴェルリアを誘ってみる。
「フレリアの墓参りに行ってみるか?」
「あの人の……」
ヴェルリアは何かを思い出すように、目を伏せた。が、すぐにまた顔を上げて頷いた。
そして2人はフレリアの墓へと赴いた。
真司は墓の周りに伸びている夏草を抜き、墓石の汚れをきれいに落とすと、花を供えた。
その様子を手伝うでもなく眺めながら、ヴェルリアはフレリアのことを思い出す。
フレリアは研究員らしくない、温和でのほほんとした女性だった。
淡緑のロングウェーブに、緑色の瞳。おっとりと笑うフレリアの表情を、今でもありありと思い出せる。
認識番号だけしか持たなかったヴェルリアに、名前をつけたのもフレリアだ。
「ヴェルリア・アルカトル、というのはどうでしょう。ヴェルリアとフレリア。まるで本当の姉妹のようでしょう?」
そう言ってから私の歳なら母娘でしょうか、なんてフレリアはちょっと首を傾げていた。
「私は両親がつけてくれたフレリアという名前が大好きなんです。だから似た名前を考えてみたんですけれど、どうですか?」
それに対して頷いたそのときから、自分はヴェルリアとなったのだった。
本当の妹であるかのように接してくれ、様々なことを教えてくれるフレリアのことを、ヴェルリアも姉とも母とも慕っていた。
研究のためとはいえ、実験で苦しむヴェルリアを見るフレリア目はとても辛そうだった。辛い実験があった日には、ヴェルリアの気持ちが落ち着くまでずっと頭を撫でてくれた、そんな優しい人……だったのに。
その事故はヴェルリアが13歳の時に起きた。
実験中、反対派からの妨害を受けたことが原因で、ヴェルリアは暴走した。荒れ狂う念力は、ヴェルリアの生存本能に従って、実験に参加していた強化人間、及び研究員をすべて殺してしまったのだ。
……いつものようにヴェルリアを見守っていたフレリアをも。
本当は、すぐにでも謝りたかった。
けれど暴走事故の後、すぐに封印されてしまった為にそれは叶わず、随分と時間がかかってしまった。それに関しては勘弁してもらうしかないけれど、とヴェルリアは墓に刻まれたフレリアの名前を指でなぞる。
暴走事故に関しては、ヴェルリアとて被害者だといえるのだろう。実際、ヴェルリアの身体の成長はあの事故の後遺症で止まってしまったままだ。それでも……自分の手でフレリアを殺めてしまった事実は変わらない。
「ずっと私の世話をしてくれてありがとう……そしてごめんなさい」
伝えなければと思い続けていたその2つの言葉をフレリアに告げられて、ヴェルリアの感じていた重荷はほんの少しだけだけれど、軽くなった。
ヴェルリアの隣では、真司が手を合わせて頭を垂れている。
フレリアの魂が安らかであるように、そしてこれからもヴェルリアを見守ってあげて欲しいという願いをこめて。
「そうそう、貴女に1つお願いがあるの」
お参りを終えようとしたヴェルリアは、ふと思いついて聞いてみる。
「今、私の中にはもう1つ人格があるんだけど、2人とも同じ名前だと紛らわしいのよね。だから、私の『ヴェルリア』という名前をあの子にあげて、私は貴女の名前をもらいたいんだけど、構わないかしら?」
もちろん墓石はその問いには答えてくれない。
けれど、フレリアだったらきっといいですよと答えてくれる、いや、それは素敵ですねと楽しそうに笑ってくれることだろう。
「真司もこれから私のことはフレリアって呼んでね」
「ああ。おまえがそれで良いんだったら」
真司の答えに、ヴェルリア、否、フレリアはありがとうと笑った。
今からは、自分が断ち切ってしまったあの人の名が自分の名前。
優しかったあの人の名を自らのものとして刻み込むと、フレリアは墓を後にしたのだった。
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