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リアクション
■ 優しい温もり ■
白星 切札(しらほし・きりふだ)は見晴らしの良い高台にポツンとある小さな墓に、白星 カルテ(しらほし・かるて)を連れてやってきた。
「ここがママのママのお墓?」
「そうですよ。ママはちょっとやることがありますから、カルテはしばらく他の場所で遊んでいて下さいね」
切札に言われ、カルテは赤い瞳で見上げる。
「お手伝いしなくていいの?」
「ええ、これはママがすることですからね」
「分かった。じゃあ遊んでくる!」
カルテは頷いて、ぱたぱたと走っていった。
カルテが行ってしまうと、カルテのママとしてでなく自分自身として、切札は墓に向かい合う。
「もう5年になるんだな…………お袋」
墓に刻まれた名前は白星 シズカ。切札の母親だ。そしてこの場所は、切札とシズカの思い出の場所でもあった。
「俺もカルテも元気だ。カルテも大きくなったよ」
高台から見下ろせば、すぐ下にある野原でカルテはチョウチョをふらふら追いかけている。その愛らしい姿に、切札は微笑を誘われた。
けれど、1人の子供を育てるということは並々ならぬことでもある。カルテはそれほど手のかかる方ではないけれど、それでも切札は苦労して育ててきた。
「ママってのは大変なんだな。経験してつくづくそう思うよ」
あの日まで、母に育てられる方だった自分を思い出し、切札は墓に眠るシズカに呼びかける。
「――尊敬するよ、お袋」
5年前、とある紛争の中、シズカはカルテを庇って命を落とした。
その時シズカは切札に遺言を残したのだ。
――この子のママになってあげて、と。
切札はその時からママとなった。
その時の光景のショックで記憶を失くした女の子にカルテと名前をつけ、切札は自分の養子にした。それからずっと、切札はシズカが自分にしてくれたようにカルテを大切に育ててきた。シズカの遺言をしっかりと守って。
あれこれと墓に話しかけているうちに、どうやら切札は眠ってしまったらしかった。長旅の疲れもあったのだろう。
ふと温かいものを感じて目を開けてみると、周囲の風景がなんだかおかしかった。
先ほどと同じ場所のはずなのに、どこか違う。そして……懐かしくもある風景に。
「目が覚めた?」
その言葉に切札は声のした方、自分の真上へと視線を移した。
そこにはこちらを覗き込んでいるシズカの姿。
シズカは5年前に死んだはずなのに……そう分かっていても、切札を膝枕しているシズカの脚は温かい。
「大きくなったわね。それにすごくかっこよくなっちゃって、お母さん惚れちゃいそう」
くすくす笑うと、シズカの膝もそれにあわせて震える。
「なん……で?」
驚きの間から切札が声を絞り出すと、シズカはいたずらっぽくウインクした。
「愛する息子に会いに来ちゃった」
「……相変わらずだな、お袋」
これは夢だ。
自覚しながらも、同時に思う。
これが何であろうと、彼女は本物の自分の母親だ、と。
「聞かせて、切札。カルテちゃんとあなたのこれまでを」
「そうだな、まずは何を話そうか……」
話したいことは山ほどある。
シズカに頭を撫でられながら、切札は穏やかに笑った――。
――今度目を覚ますと、そこは元の風景だった。
「ママ?」
そう呼ばれて視線を向けると、カルテが手にいっぱいの小さな花の花束を持っていた。
カルテを見た切札は、意識をママへと切り替える。
「どうしたの? カルテ」
「ママのママに!」
カルテは手にしていた花束を切札へと差し出した。
「そうですか。ありがとう、カルテ。カルテは優しい子ね」
「えへへ」
幌られて嬉しそうに笑うカルテの頭を、切札は宝物のように撫でてから、花束を墓前に供えた。
「おふく……母さん、カルテからですよ」
一瞬、母の息子になりかけた意識を、切札はカルテのママへと戻す。そしてカルテにも手を合わせさせて、2人でシズカの墓に参った。
「あ……」
お参りを終えた切札は、何かを思いついたように墓から少し離れた場所に座った。
「カルテ」
膝をぽんぽん叩いて呼ぶと、カルテは嬉しそうに寄ってきて、切札の膝を枕にする。
さっき切札が感じたように、カルテも切札の温もりを感じているのだろうか。幸せそうな顔で目を閉じている。
そんなカルテの頭を、切札は笑顔で撫でながら、空を見上げた。
ふわりと。
花の香りのする風が、2人を優しく撫でながら吹きすぎていった――。