リアクション
序段 その一 カタル再び 日の光すら差さぬ奥深い山の中、丹羽 匡壱(にわ・きょういち)は仲間の契約者と共に、約束の場所へとやってきた。 既にそこには、カタルとオウェン、他に三名ほどの若者たちが待っていた。体中に負った傷や、疲れの滲み出る表情が、この行程の苦労を物語っている。 応急手当てを終え、大概の情報交換を済ませると匡壱は言った。 「後は任せてくれ。この先、あちこちで仲間が待っている。必ず、カタルを明倫館に届けよう」 カタルは変わらず、右目を呪の綴られた布で覆っており、年に似合わぬ落ち着いた雰囲気を醸し出していた。こんな時でも――いや、こんな事態だからこそ、彼は感情を表に出さぬよう、気を付けていた。 「報告します」 斥候に出ていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)とイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が戻ってきた。 「この先、敵は見当たりません」 「確かか?」 「我の力を信じよ。間違いなく、敵はいない」 その時、別の方向で何かが光った。 「二人とも、カタルを連れて先へ行け!」 命令が下るや、吹雪はカタルの腕を掴み、走り出した。オウェン、イングラハムが後に続く。 「俺たちは残る」 若者が言った。カタルが息を飲み、彼を見る。 「頼んだぞ、カタル。俺たちの存在理由の全てが、お前にかかってるんだ!」 カタルは足を止めなかった。遠ざかりながら、強く頷く。 「あなたも行ってください、ここは俺たちが」 「しかし」 匡壱は躊躇った。オウェンやカタルを見る限り、「梟の一族」はそれほど戦闘力は高くない。 「時間稼ぎにはなりますよ」 「大丈夫、命を捨てるような真似はしません」 「あなた方の仲間もいるんですから、我々の出番もそうはないでしょうけどね」 「――分かった。くれぐれも無茶はしないでくれよ」 匡壱は頷き、カタルたちの後を追った。 「嫌になるな、まったく」 「どうせ足手纏いになるだけだからな……」 「それなら、いっそ時間稼ぎをした方がましだしな」 三人は顔を見合わせて苦笑すると、裏街道へ続く道へ向かった。 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の【シーリングランス】が、黒装束を吹っ飛ばす。逆から襲ってくる敵には、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が【エイミング】で狙い撃ちにする。「シュヴァルツ」「ヴァイス」の二丁から、途切れることなく弾が発射された。 黒装束たちは身動きが取れず、木の陰に隠れた。が、撃ち尽くしたセレンフィリティが弾を込めている間に、横からすうっと近づく者があった。 「危ない!」 若者の一人が声を上げ、セレアナが咄嗟にセレンフィリティを庇うよう「幻槍モノケロス」を突き出した。 「甘いわよ!」 軽やかな音を立て、装填を完了した銃を握り締めると、セレンフィリティはとんっ、と地面を蹴った。 整地されていない山の中だが、【レビテート】で浮いてしまえば問題ない。一方、黒装束たちは草に足を取られ、動きが鈍かった。セレンフィリティは狙いを定め、引き金を引いた。 【ライトニングウェポン】で電流を帯びた弾が、黒装束の肩や足に当たる。一瞬、動きを止めた隙に、セレアナが再び【シーリングランス】で薙ぎ払った。 「さっきはありがとう」 気絶した黒装束たちを縛り上げ、セレンフィリティは微笑みながら若者たちの手を握った。メタリックブルーのトライアングルビキニとロングコートという扇情的な姿に、三人は目を逸らすことも出来ないでいる。 「い、いえ、大したことは、ハイ……」 「カタルは、行ったのかしら?」 セレアナの質問に、もう一人がハイと答えた。 表街道を裏街道、どちらを進むべきか。匡壱はそれぞれに斥候を出し、その結果で決めることにした。裏街道に繋がるこの道――といっても獣道だが――に敵が出た以上、カタルたちが向かったのは、表だ。 おそらく、先々で敵が襲ってくることだろうが、まずは退けることに成功した。 そしてもう一つ。 「試してみたいことがあるの。危険だから、気を付けて」 「どうするんです?」 「こいつらの正体を探るのよ……」 セレンフィリティは捕えた中でも比較的軽症の者の前に立ち、仮面を剥いだ。若い男だが、どこか目が虚ろだ。 「悪いけど、ちょっと辛いわよ?」 それほど悪いと思っていない口調で先に謝ると、セレンフィリティは男の額に手を当て、【その身を蝕む妄執】を使った。 男の目が大きく見開かれ、唸り声を上げる。 「ううぅ……」 「さ、何でもかんでも言うのよ。さもなきゃ、ずーっとこのままだからね?」 男はだらだらと脂汗を流し、叫んだ。 「おしまいだあああああ!」 セレンフィリティは、ぎょっとして身を引いた。 「滅びる! 世界は滅びる! 世界統一国家神様ァ!!!!」 そしてガクリと首が垂れ、気を失った。 セレンフィリティは他の黒装束たちにも、【その身を蝕む妄執】をかけてみた。皆、同じように叫び、気を失った。口にしたのは「世界統一国家神様」「世界が滅びる」「救うのは我ら」といった言葉だけだ。 「ちょっと、やりすぎだったんじゃない?」 セレアナは、気絶した黒装束たちを横たえさせながら嘆息した。 「でも、その価値はあったと思うけど」 「どこが? みんな気絶しちゃったじゃない」 「だから、こいつらみんな、何も知らないんだってこと」 「それじゃ意味ない――」 「何も知らないで、普通、命がけの仕事なんて出来る?」 「出来――ないわね」 「どういうことです?」 若者が尋ねた。 「ちゃんと調べないとはっきりとは言えないけど、――この人たちも操られているってことよ」 若い男は、よく見れば幼さの残る顔立ちだ。自分たちと左程、年も変わらないのだろう。 どこの誰なのだろう。どうして、こんなことになったのだろう? セレンフィリティもセレアナも、その答えを出すことは出来なかった。 |
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