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レターズ・オブ・バレンタイン

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レターズ・オブ・バレンタイン
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13)

水上の町アイールの薔薇の隠れ家。
バロック様式の洋館だが、
日本庭園と茶室のある、離れが併設されている。
そこに、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、
和装で、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)と対峙していた。

今日のエメの目的は、ジェイダスに、華道の指導を受けることだった。
昨年のクリスマスに、華道の弟子入りを許可してもらったエメは、
ジェイダスに自ら、その技術を学ぼうと、
ここ、薔薇の隠れ家にジェイダスを招いたのだった。

花材は春らしく、花桃と椿と水仙を用意している。
立花の花器に、ジェイダスが、優雅に花を活けていく。
(少しでも、ジェイダス様の技術を学ぶことができれば)
エメは、弟子入りしたからには、本気で、ジェイダスの華道を学ぶつもりだった。
「ここは、こう」
だから、ジェイダスの手が、エメの手袋を取った素手にふれても、
胸が高鳴るようなことはなく、
ずっと目の前の花に意識を集中している。

出来上がった様子を見て、エメはため息をついた。
ジェイダスの作品は、息をのむようなできばえであった。
自分の作品とでは、比べるべくもない。
(やはり、一朝一夕にはいきませんね。
予習をしてきたとはいえ、そこは簡単にジェイダス様に追いつくべくもありません)
エメは、気を取り直し、
また、今日の指導を復習するために、少し、自由に活けてみることにした。

「ほう」
ジェイダスが、目を細める。
華美を得意とするジェイダスに対し、
エメは清楚を好み、また得意としている。
しかし、それだけでは、自分の枠を越えられないと、あえて、華美な活け方を試みてみたのだ。

「普段とは違う雰囲気だな。
……何か、思うところがあったのか?」
「ええ、まだまだですが」
エメの自由作品を見て、ジェイダスが言葉をかける。
エメは、ジェイダスの言葉に恐縮しつつも、うなずいた。

「今日は、どうもありがとうございました」
エメは、ジェイダスに礼をして、
床の間にジェイダスの花を飾る。
そして、一段下に、自分の作品を飾った。

今日の指導のお礼にと、エメが、
お茶をたて、ジェイダスに一服してもらうことにする。
お茶菓子は、椿を象った上生菓子だ。

お菓子を優雅に口に運び、
お茶を飲んで、ジェイダスは口を開いた。
「精進しているようだな。私の弟子を志望するだけのことはある」
「もったいないお言葉です」
ジェイダスは、床の間の自分の花と、エメの花を見比べた。
「華道の道は、そうやすやすと身につく物ではないが……。
おまえのその努力は、師匠として鼻が高い。
これからも精進するがいい」
「ありがとうございます」
エメは、深くお辞儀をした。

「ところで、ジェイダス様」
エメが、ジェイダスに、手紙と小箱を差し出す。
「面と向かってお話するのは気恥ずかしいので、手紙を書いて参りました。
後でお読みくださいね」
差し出されたのは、
桜を漉き入れた和紙の封筒に入れた手紙だった。
便箋も、同様の和紙を使っている。
「後……こちらは、バレンタインチョコレートです。
どうかお受け取りください」
桜色の袱紗で包んだ小箱に入っているのは、椿の形の生チョコだ。
これは、エメの手づくりのチョコレートだった。

「どうもありがとう。
ありがたくいただこう」
ジェイダスは、笑顔を浮かべた。

「あ、それと……」
内緒話をするように、エメがジェイダスに近づく。
ジェイダスが、エメにそっと顔を近づける。

エメは、そっと、ジェイダスに触れるだけの口づけを交わした。

クリスマスの時のジェイダスのサプライズと同じ。

「この前のお礼です」
エメが、にこやかな笑みを浮かべた。

ジェイダスが、面白そうに、笑みを深めた。
「なかなか習得が早いじゃないか」
「恐れ入ります」

茶室には、穏やかな空気が流れていった。