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神楽崎春のパン…まつり 2023

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神楽崎春のパン…まつり 2023
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第4章 屋台でわくわく

「イングリットさん、あなたをお誘いしたのは他でもありません」
 柔道着を纏った女性――ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が、桜の花びらが舞い散る中、勇ましく檀上に立っていた。
「分かっていますわ。神楽崎先輩の期待に応えましょう!」
 優子に寄せられたパン…のリクエストの中には、食用のパンではないパンのリクエストもあった。
 食べられないだけならまだしも。パンサーなどの生物のパン…であったり、更には。
「わたくしたちの、『パンクラチオン』見せてさしあげますわ! 行きますわよ、セリナ副団長!!」
「来なさい、イングリットさん!」
 イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)がロザリンドに飛び掛かる。
 ロザリンドは、イングリットの鋭い蹴りを、片腕で受け――。
「え? あれ?」
 檀上で戦い合っているロザリンドとイングリット、それからロザリンド企画の『パンクラチオン』祭りに集まった猛者達の姿を見て、テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)は大きく首をかしげた。
 パンクラチオン。それは、目潰しと噛み付き以外のどんな攻撃も認められた格闘技である。
「おねーちゃんたち、やるな〜」
「けど、所詮お嬢様学校の生徒ちゃんたちだろー。せいぜい楽しませてくれよぉ」
 男達が、イングリット、ロザリンドに向かってきた。
 看板には「百合園生が実践指導」と銘打ってある。
「お相手します」
「指導できる身分ではありませんが、よろしくお願いしますわ」
 ロザリンドとイングリットは組手をやめて、離れ、それぞれ向かってきた男達と対峙する。
「それじゃ、関節技いくぜぇ!」
 男が、柔道着の襟首に手を伸ばしてきた。
(間接技……)
 ロザリンドは冷静に男の動きを見ていた。
 男はロザリンドの柔道着を引っ張り、その中のTシャツに目を留めて、なんだか残念そうな顔をした。
「こっちは当たりだぜ、ヒヤッハー!」
 もう一人の男は、とても楽しそうだ。
「まあ、いいか」
 男は足をかけて、ロザリンドを倒そうとする。
「……ふっ」
「う、ぐあああああぁぁぁ……」
 が、ロザリンドは倒された途端、巴投げで男を投げ飛ばす。場外というか遥か遠ーくへ。
「やはりそうだったのですね。パンクラチオンをリクエストした理由。優子さんやアレナさん、そしてスタイル抜群の私達百合園生との寝技を夢見ていたのですね!」
 胸元を直しながらロザリンドは嘆く。
 ちなみに彼女はかなり痩せている。
「いいでしょう、相手になります。投げ技も寝技も、一通り心得ています」
「いやまって、ロザリー」
 テレサが抗議の声を上げる。
「こう、なんか、イケメンと密着したり、色々するって話を聞いてきたんだけど? これってどう見てもプロレスとか柔道とかじゃないのさー!?」
「違います。パンクラチオンです。はあっ!」
 飛び掛かってきた男を、一本背負いで投げ飛ばしながらロザリンドが答えた。
「パンチラオン? パンチラ? いや、名前なんかどうでもいの。ちょっとー、これ何かおかしいよね? この間もお突き合いとかわけの分からないことになってたし」
 白百合団の団員の企画って……なんか変! イケメンいないし!
 テレサの思考回路も独特なのだけれど。
「こらー! 責任者出てこーい!」
 お付き合いを楽しんだクリスマス同様に、叫んで壇上に上がるテレサ。
「おっ、こっちのねーちゃん、良い格好してんじゃねーかよ〜」
「俺も混ぜろ」
「俺にも教えてくれよぉ」
 下品な男達が次々に壇上に上がってくる。
「順番にお相手します」
「いえ、セリナ副団長。わたくしは構いませんわ。まとめてかかってきなさい。相手になりますわ!」
「イングリットさん、流石です。調子が良いようですね?」
「ええ。百合園の訓練だけでは物足りなくて、こういう機会を求めていましたの。願わくは強者と会えることを! どりゃあっ!」
 イングリットが、飛び掛かってきた男の足を払い、手の甲で隣の男の顎を打つ。
「こうなたらやけ。もう皆関節技掛けたるで! ほらかかってきなさーい!!」
 テレサもやる気満々?になって、男達を煽っている。
「勝ったら賞品でるの?」
「勝ったら、お持ち帰りやでー! パンチラぁ!」
 どかっと、テレサが男性を突き飛ばしながら言う。
「百合園生お持ち帰り?」
「まさか、パン…だけだろ」
「好きな子の選んでいいとか!?」
 変な噂が広まっていったこともあり。
 次々と参加希望者が上ってきた。

 こうして、どこのだれがリクエストしたのか分からない『パンクラチオン』は、多くの人に提供され、提供した百合園生達は爽やかな汗を流したのだった。

 氷術で氷を作って、コップに入れて。
 ゆっくり紅茶、そしてコーヒーを注いでいく。
「アイスティーと、アイスコーヒーお待たせしました♪ パン屋さんのパンと一緒にどうぞ」
 秋月 葵(あきづき・あおい)は、淹れたての紅茶とコーヒーを、カップルの客に渡した。
「紅茶とコーヒーのお店かぁ。コーヒーは苦いから苦手なんだよな」
 次の客は葵と同じ年くらいの、男性だった。
「ミルクたっぷりのカフェオレもありますよー。ブラックコーヒーが苦手な方にもお勧めです♪」
「そう? じゃそれ飲んでみようかな」
 コーヒーというより、【超感覚】でネコミミを出した可愛らしい葵に惹かれたのか、男性客は葵のお店お勧めの、カフェオレを注文した。
「はーい、アイスにしますか? ホットにしますか?」
「お勧めは?」
「ホットです」
「それじゃ、ホットで!」
「かしこまりました。少々御待ちください〜」
 今度は火術を使って、十分温めて。
 コクのあるミルクを用いて、カフェオレを作った。
「紙コップだからちょっと味気ないけど、味は確かだからね」
「うん、ありがと」
 男性客は息を吹きかけて冷まして、その場で一口飲むと微笑んだ。
「キミのイメージに似た味わいだ」
「そうですか? ありがとうございます♪」
 多分褒め言葉なのだろう。葵は飛び切りの笑顔でお礼を言った。
「すみませーん、紅茶お願いします。ホットで」
「僕は、アイスティーがいいな。レモンある?」
「はい、ありますよー。温かい紅茶と、アイスレモンティーですね♪」
 パンを美味しく食べるには、飲み物が必要だ。
 優子のパン屋の向かいにあるこの葵のお店には、紅茶とコーヒーだけ置いてある。
 ちょっとした魔法のパフォーマンスの効果もあって、お客が絶えなかった。
 ただ、『パンクラチオン』祭りなるものが、近くで始まってから少しの間、皆の興味がそちらに向かった為、葵にもちょっとだけ時間ができた。
「チャンス♪ アレナちゃんたちに差入に行こ〜。桜茶屋には飲み物緑茶系しかないみたいだからねっ」
 葵はコーヒーポットを手に、パン屋の隣にある桜茶屋に向かった――。
「アレナちゃん♪ 差し入れ持ってきたよ〜」
「葵さん、お疲れ様ですっ」
 葵が近づくと、客席の片付けをしていたアレナが振り向いて笑顔を見せる。
「コーヒーです。ミルクをたっぷりいれて、カフェオレにするとおいしいよ」
「ありがとうございます。よかったら、葵さんも桜餅どうぞ」
 あげでもいいですよね? と確認するかのように、アレナはゼスタを見た。
 頷いて、ゼスタは近づいてきた。
「桜餅に、桜饅頭、桜団子、好きなだけどうぞ。いつもアレナが世話になってるしな」
 パンダパーカーを纏ったアレナの頭にぽんと手を置きながら、ゼスタは葵にそう言った。
(以前よりちょっと仲良くなったみたい? 良い事なのかどうなのか〜)
 ゼスタはそれ以上葵の前で、アレナに触れることはなかった。
「ありがとうございますー。で、ゼスタ先生……アレナちゃんに変な事してないですよね?」
「変な事ってどんなことだよ。アレナと俺は、神楽崎を中心に結ばれた関係なんだぜ。なー?」
 ゼスタがアレナに微笑みかけると、アレナはちょっと警戒とも緊張しているともいえる顔で、こくんと頷いた。
「してないんならいいんですよー♪ あ、お客さんがきちゃった。お菓子いただいていきます♪ ついでに、お店で宣伝もしちゃうよ♪」
「ありがとうございます」
 ぺこりとアレナは頭を下げて。
 また後でと、手を振りあって別れた。