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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

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胸に響くはきみの歌声(第1回/全2回)

リアクション

 青灰色の冬の空の下、くっきりと黒い影を地表に落としながら翼ある人影が北東に向かって飛んでいく。
「垂ーー! 早く早くー!」
 宮殿用飛行翼を自在に操り、大きくUターンをかけてライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は後ろを振り返った。
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)が同じく背中に黒色の翼を生やして飛んでいる。
「ライゼ、そうあわてるな。第一、アストー01たちの居場所もまだ分かっていないんだぞ。シャンバラ大荒野の遺跡に向かっている可能性が高いっていうだけで」
「えー? 分かるよ?」
 ライゼはきょとんとした顔で垂を見返した。
「って、おまえ分かるのか!?」
「垂こそ、分かんないの?」
「分かるわけないだろ!」
 それを聞いて、ライゼはふふんと胸を張る。
「しかたないなぁ。じゃあ僕が案内してあげるよ!
 こっちこっち!」
 優越感たっぷりに手招きをしてくるライゼに、垂はチッと舌打ちを漏らした。
「あいつ、何をあんなり張り切って……」
「垂、ついて行ってみよう」
 地上を走っていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、何か考え込む様子を見せたあとにつぶやいた。
「ライゼはかつてドルグワントとして覚醒していたんだったな。俺たちには分からんが、ライゼだけに何か通じるものがあるのかもしれん」
「……そうだな」
 そう答えつつも垂の気持ちは複雑だった。
 あれは自分にもライゼにもつらい出来事だった。何かしら通じるものがライゼのなかに残っているということは、それに近づくことでまた何かしら共鳴して引きずられる、なんてことは起きないだろうか?
『垂、助けて……お願い……アストーさまを、ルドラさまを…。お願い、だから…』
 かつて泣きながらライゼは垂に懇願した。
 垂とルドラ、小さな体のなかで2つの忠誠心が戦い、肉体的にも精神的にもライゼは引き裂かれる寸前だった。
 あんなライゼだけはもう絶対に見たくない。けれど、こうして助けに行きたいという意思を妨げることもできないのだった。
「垂ー! 何そんなとこで止まってるの。おっそいよー?」
 垂の複雑な胸中も知らず、ライゼはいつもの小生意気なライゼで、無邪気な顔して笑っている。垂は、ふっと息を吐いた。
「ああ、すまん」
 黒色の翼をはばたかせ、待ってくれているライゼのとなりまで飛ぶ。
 ふふっとこらえきれないようにライゼが笑った。
「どうした?」
「んーん。何でもない。さあ行こっ」
 颯爽と先頭について、2人を導くように飛んでいく。そのまま無言でいくのかと思われたころ、ぽつりとつぶやいた。
「たださぁ、馬場校長の所に来たアストーさんの話によると、カルト組織に狙われてたみたいだし、アストーさんたちを管理? している科学者たちも、体内のデータチップだけ取り戻せればいいみたいだし……01さんだって生きているのに、酷いよね?」
「そうだな。ただ、そばにいるのがルドラというのが気がかりだが」
「えー? どうして?」
「どうして、って……」
「あの映像見たでしょ?」
 ライゼが言っているのは、コンサート会場が襲撃されたときのものだ。観客が携帯を用いて撮影した襲撃時の映像がネットや報道に流れたのだ。暗く、荒い映像だったが、そのなかにはルドラに操られたときの松原タケシそっくりの人物が映っていた。
(あんな犯罪者めいたことをして、仲間たちに協力を呼びかけることもせず、単独で動いているということは……あれはやはりルドラなんだろうな。タケシの体から追い出せていなかったわけだ)
 そう思い、暗鬱な気持ちになったが、ライゼはそうでもなかったらしい。
「ルドラさんが悪い人たちからアストーさんを守ったんだ。今も守ってるってことは、このルドラさんはあのときみたいな悪い人じゃないんだよね」
「早まるな、ライゼ」
 張り切るのはともかく、想像で期待してうわつかれるのは困ると、垂は釘を刺す。
「もし本当にアストー01を連れ去ったのがルドラなら、実際に会って、何を考えているのか確かめるのが先だ。アストー01を守るだけなら連れ去る必要はないはずだからな」
「もー。疑り深いなあ、垂は」
 まあでも、しかたないか、とライゼは思う。この胸がわくわくするような感覚を感じられないんだから。
 そう思うと、なんだか寛容な気持ちが沸いてきて、笑顔になった。
「そりゃ、何かしらの目的があって行動したに違いないよ、きっと。
 でも、大丈夫だよ。少なくとも、今の時点で彼らに『いやな気持ち』は全然感じないから」
「なんにせよ『2人を無事に保護すること』が現在の絶対最優先事項だ、いいな?」
「うん! 今度こそ、絶対にルドラさんとアストー01さんを助けてあげようね! そんで、馬場校長のところに来たアストーさんも安心させてあげよう!!」
 今度こそ――。
 その言葉は無意識に出たに違いない。ライゼ自身、口にしたことに気づいていないだろう。だが垂は確信した。今のライゼのなかには、あのときのライゼがまだいる。
『垂、助けて……お願い……』
「助けるさ。今度こそ」
 あのとき果たせなかった約束を果たしてみせる。
 垂はふつふつとこみ上げてきた力を全身に行き渡らせると、力強く黒色の翼をはためかせた。


※               ※               ※


「あんたのこと、何て呼べばいいのかな?」
「えっ」
 ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)からの問いかけに、少女はとまどった。
「あの……それはどう……」
「だってほら、あんたもアストーで、これから保護する相手もアストーだと呼びづらいじゃない。
 あんたは普段何て呼ばれてるの?」
 少女は沈黙した。それが少し長かったので、もしや答える気がないのでは、と危ぶみだしたころにようやく、蚊の鳴くような声で
「12……」
 と答えた。
 少女は数いる「アストー」のうちの1体だった。ほんの4日ほど前、コンサートの準備中に破壊された01のスペアだった11の代わりとして起動したのだ。
「あの……博士たちからは、12と呼ばれていました……」
 みんなに『アストー』と呼ばれていたのは01だけだ。自分はあくまでも予備。
 たどたどしいしゃべりでそう説明すると、ヴァイスは舌打ちをした。
「す、すみません……」
 少女は恐縮そうに身を縮めて下を向く。
「あ、いや。あんたが謝ることじゃないよ。オレがムカついたのはその博士たちにだから」
 不思議そうに見つめてくる少女に、ヴァイスはさらに説明を足した。
「つまりね、人はだれだって番号なんかで呼ばれちゃいけないんだ。名前っていうのは立派な個性で、その人の生涯に渡って一番深く根ざすものなんだから」
(そう、なのかしら……)
 やはり生まれたばかりで社会的経験が不足しているせいか、大人びた外見に見合わず小さな子どものような幼い表情で、いまひとつ分かっていないふうに考え込んでいる少女を見て、ヴァイスは提案をした。
「何か、こんなふうに呼ばれたい名前とかある? もしないんだったらオレがつけてもいい?」
「名前をくださるんですか?」
 少女はぱあぁと表情を輝かせ、前者に首を振り、後者にうなずいた。
「そうだなぁ……。トエちゃんってどうかな」
「トエ?」
「うん。あとから何か、気に入った名前が思いついたら変えてもいいから、今は仮名ってことで」
「トエ……」
 少女は噛み締めるようにその名前を繰り返す。
「ね? かわいくない? セリカ」
 同意を求めて、ヴァイスはセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)を見た。
 セリカはチラと横目でヴァイスを見、反対どなりにいる少女を見て
「ああ」
 とだけ、短く答える。
「なんだよそれ。彼女に失礼だろ」
 と叱ったところで、セリカが仏頂面をしている理由に思い当たった。
「もしかしておまえ、まだ気にしてんのか? あのときのこと」
 セリカは無言でそっぽを向いた。図星らしい。
「彼女はあのアストーじゃないし、助けに向かっている相手だってあのときのルドラやアストーじゃないんだぞ」
「…………」
 かつてセリカはアストーによってドルグワント化し、ルドラに操られた。その過程でヴァイスを傷つけてしまった。いずれもセリカにはどうしようもなかったことだ。ヴァイスはそれを理解し、何とも思っていなかったが、傷つけた側であるセリカはまだそのときのことを完全には割り切れずにいるのだろう。
 それはヴァイスにも分かった。セリカはそういう男だから。
 しかしやっぱり、それはそれ、これはこれなのだ。
「あ、あの。わたし……あの……、ごめんなさい……」
 2人が仲違いを始めたと思った少女は、じわっと涙をにじませ、それを悟られまいとするようにうつむいた。
 そんな少女を見て、セリカはぎょっとする。
 ヴァイスがあわてて手を振った。
「ちがっ……、こんなのはケンカでも何でもなくってっ」
 すっと横から伸びた手が、優しく涙をぬぐった。
「そうだ」
 触れた指先を追って顔を上げた少女に、セリカを作り鍛えた戦士にして科学者のアルバ・ヴィクティム(あるば・う゛ぃくてぃむ)は、にこっとほほ笑んだ。
「あれは単に拗ねているだけだ。そなたのせいではない」
「拗ねてるって何だよ!?」
「そうだろう?」
 笑顔のままアルバはセリカの方を向く。にこやかな表情で、問う声も穏やかなものだったが、向けられたセリカには無言の圧力にしか感じられなかった。威圧というのか。
 セリカは開けたままだった口を閉じ、そして先の自分の態度を省みて、たしかに大人げない態度だったと思った。
 ヴァイスやアルバの言うとおりだ。
「……ちっ。
 おいトエ。俺たちが向かっている先は戦場だ。もし戦闘になったら、俺のそばに来い」
「ふむ、それはいい。ああ見えて、戦場でのあれはそこそこ頼りになる。鍛えた我が保証しよう」
 アルバも太鼓判を押した。
 少女は少し考える素振りを見せたあと
「そこそこって何だ、そこそこって」
 と言い返しているセリカの横まで歩いて行き
「よろしくお願いします。セリカさんの足手まといにならないよう、がんばります」
 と素直に頭を下げた。
「あ、ああ……」
 実のところ、何か危険な兆候が出たらみんなに影響が出る前に始末するつもりで口にした言葉だったのだが。
 まさかそうくるとは思わなかったととまどうセリカと少女をアルバはにこにこと笑顔で見守る。
「ところでトエさん。そなたはアストー01さんと同じ「アストー」なのだね?」
「あ、はい」
「ふむ。とても興味深い。そなたは現代に造られた機晶姫というが、とても自然だ。そなたたちは本当に普通の機晶姫と同じなのだろうか? 今度じっくりなかを調べさせて――」
「アルバ?」
「いや、冗談だヴァイス、そうにらむな」
 冗談と口にしながらもあながちではなさそうな顔で、アルバは残念そうな吐息をそっと漏らした。