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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

リアクション



9


 クリスマスの日に、皆川 陽(みなかわ・よう)テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)に言った。
 今までごめん。
 もう僕に縛られないで。
 あの日謝りに行ったのなんてただの自己満足なんだから、言いたいことが終わったならすぐ帰っても良かったのに。
 呼び止められた。
 話を聞いた。
 そして自分は『考えてみる』と言った。
 考えると言ったから陽はずっと考えている。
 ずっと、ずっと、考えている。
 決闘までして彼を拒絶するだけの激情に駆られるほど、自分は何が嫌だったのだろう。
 どうなれば満足したのだろう。
 つまり――何を求めているんだろう?
 陽は今年で成人する。もう子供とは言えない年だ。自分がどうしたいのか、何を求めているのか、どう生きたいのか。きちんとわからないといけない。わからないなら、考えないと。
「……僕は」
 無意識に、小さく声が漏れた。
 僕は。欲していたものは。求めていたものは。
 召使のように言うことを聞いてくれる人ではない。
 大事だ大事だって口では言うくせにこちらの意思を聞こうともしない庇護者が欲しかったわけでもない。
 どんなに優しくしてもらえても、なんだかすごく嫌だった。
 それは何故?
 何故って。
 相手のいてくれる位置は、前でも後ろでも嫌だったんだ。
 隣にいてくれる人が欲しかった。自分はどうしたいと思っているのかを、気にしてほしかった。
 でもそれだけじゃなくて、ただ何かをしてもらうだけじゃなくて、自分も自分の意思で相手の望みのために何かをして、自分は役に立ってるって実感したかった。
 だからあんな一方通行は、どう転んでも受け入れられるものではなかった。
 大体陽から言わせれば、騎士の忠誠って何? という話だ。陽にはいまいちわからない。唯一の主に忠誠を誓って、なのにそれとはまったく別に大切な人を他所に作るなんてどういう了見だ。
 待つ人は別にいるなんて、嫌なんだって。
 一方的とか、どっちかがどっちかに向けてだとか、そういうのじゃなくて。
 お互いに唯一無二で、ちゃんと対等で、そこにお互いの意思があって。
 ああ、そういう関係があっただろうか。価値観が封建時代の彼にも理解できるわかりやすい関係が。
「何かあったような気がするんだけど……」
 出てこない。出てこなくて、もやもやする。
 もうほとんど、自分の気持ちに答えは出ているのに。
 上手い言葉が見つからなくて伝えづらいなんて、ああもう、どうしたら。
「……あ」
 ふと閃いた。本当に、閃きという言葉がしっくりきた。適切な言葉を見つけることができて、陽は、テディの部屋へ走る。
 乱暴にドアをノックする。一秒。二秒。心の中で秒数を数えて息を整える。ドアノブが回る音がした。ドアが開く。開いた。向こうに、少し疲れたようなテディの顔がある。陽はまっすぐテディの目を見て、言った。
「僕の嫁になるなら、許可してやる!」


「……嫁?」
 一瞬、テディはその言葉の意味を理解できなかった。
 嫁とはアレか。以前自分が彼に言っていたような、『僕のヨメ』という類の嫁、だろうか。それとも厳密に法で定められたもの? あれ、嫁ってなんだっけ。
 思考回路がフリーズしたので、視点を変えてみることにした。
 陽のことを『僕のヨメ』と言っていた当時、自分はどういう気持ちがあってそういうことを言っていたんだっけ。
 独占欲? 周囲への牽制? ……ろくでもない部分もあったけど、大切だと思う気持ちからだ。
 ねえじゃあそれは、その言葉は、『そういう』意味合いがあるのだと受け取っていいのだろうか。
 傍にいても、いいのだろうか。
 陽は、発言以降何も言わない。そっと表情を窺い見ると、頭を抱えていた。
「えっ。何、その失言しちゃったうわあ、みたいな反応……」
「いや……失言っていうか……」
「……訂正する?」
 されてしまうのは嫌だけど。
 言ってから、あれやっぱおかしいな、と気持ちを疑う言葉なんてどうせ、二転三転するものだから。
「……いや、しない。間違ってないもん」
「間違ってないの?」
「ないよ。ないけど、異常事態だなって気付いてあれっ? ってなっただけ」
「あはは。そうだね」
 だと言うのなら。
 気持ちに間違いはないのなら。
「傍にいてもいいの」
「……嫁になるなら」
「性転換は無理だよ」
「僕だって望んでないよ」
「良かった」
「……なるの。嫁」
「言ったでしょう。僕は、陽がいいんだって」
 最初はそんな風に思っていなかった。
 正直守れるなら誰だって良かったんだと思う。それこそ、出会ったあの日、陽がテディの主になるのを断っていたらテディは仕方ないねと軽く頷き他の人を探しに行っていただろう。
 けど、いつからか大切に思うようになっていた。
 別れを切り出されて抜け殻になるくらいには、自分の中の大部分が『陽を』守るになっていた。
 今、どう思っているのだろう。
 守りたい? ……よくわからない。
 一緒にいたいと思う気持ちの方が強くて、生きる意味でもあった『守る』についてがよく見えない。
「変わり者だ」
 そっぽを向いたまま、陽が言った。
「僕が変わり者なら陽も変わり者だよ」
「そうかもね。……廊下、寒いんだけど。お茶飲みたい」
「イエス・マイ・ロード」
「主君じゃない」
「それは失礼」
 外では雪が降り始め、周囲の音を飲み込み始めていた。