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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

リアクション



12


 年末、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は中尉に昇進した。
 それからが、忙しかった。
 覚えなければならないことは以前よりも増え、研修だ試験だとそれまで以上に努力しなければいけないことが多かったのだ。
 やっと一息ついたと思えばもう二月で、月日の流れの速さを身に染みて実感した。


 空京での公務を終えたセレンフィリティは、伸びをしながら街並みを見た。暖かくなってきたとはいえまだ肌寒く、昨日の名残の雪が各所に残っている。
「綺麗よね」
 呟いたのは、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)だった。彼女もセレンフィリティ同様公務でここへ来ていたので制服姿だ。ぴんと伸びた背筋が凛々しく美しい。見惚れていると、セレアナが切れ長の目をこちらに向けたので少しどきりとした。
「ねえセレン、仕事は終わった?」
「終わったわよ。どうして?」
「私もさっき終わったの。お互い、この仕事が明けたら休暇の予定だったでしょう? 一緒の時間が作れたらいいなって」
「作るわ。今すぐ」
 勢いよく執務机から立ち上がったら笑われた。少し頬を膨らませる。
 だって、仕方ないじゃないか。セレンフィリティだって、セレアナとの時間を作りたかったのだ。
「着替えてくるわ」
 なんだか急に気恥ずかしくなって、誤魔化すようにセレンフィリティはそっぽを向いて部屋を出る。
 制服から私服に着替えて廊下に出ると、既に支度を終えたセレアナが立っていた。
「早いのね」
「一緒に出かけるのが楽しみだったのよ」
「あなた、いつからそんな軽い言葉を言えるようになったの」
「失礼ね。本心よ」
 軽口を叩きながら外に出た。ひんやりと冷えた風が頬を撫でる。寒い、と言ってセレアナの手を取ると、ぎゅっと握り締められた。相手の温もりが気持ちいい。
 雪化粧した街をのんびりとぶらついた後、ふたりの足は公園へ向いた。以前行ったことのある、大きな自然公園だ。
 到着して早々、セレンフィリティは目を見開いた。
 雪が、たくさん残っている。
「う、わあ……」
 街中の雪は既に雪かきがされ、だいぶまばらになっていたが、公園には手付かずの部分もあった。太陽光を反射し、きらきらと光る雪を見ていると目が眩むようだった。
「こんなにたくさん残ってるとは思わなかったわ……」
「ね。意外だわ」
「これ、ねえ。遊べるわよね。ね」
「……楽しそうね、あなた」
「うん。だってほら、これ見てよ」
 見つけたものを思わず指差すと、セレアナの視線がそちらに移った。
「雪だるま、ね」
 子供が作ったらしい不恰好な雪だるまと、隣に並ぶ大きくて立派な雪だるま。
「作りたいの」
「言うと思った」
「あとあれ。あれもしたいわ」
 再びセレンフィリティは違う方向へ人差し指を向けた。今度は何よ、とセレアナが視線を移す。
「雪合戦って……ふたりで?」
「できるでしょ?」
「できるけど」
「けどまあ、雪合戦は余力があれば、ね」
「余力って。あなた、何するつもりなの」
「だから。雪だるま作るのよ。この公園で一番大きなものをね!」
 意気揚々と、セレンフィリティは雪が綺麗な場所に陣取った。
 雪を集め、核を作って雪を纏わせる。纏わせたら、どんどんどんどん大きくしていく。
「雪像を作れるくらい、雪が残っていたらなあ……」
「残っていたら、どうしたというの」
「お城を作ったわ」
「残ってなくて良かった」
「どうしてよ!」
 セレアナには熱意が足りないんだから、と呟き、顔になる部分の雪玉作りに取り掛かった。
 そして、完成したそれを胴に乗せようとして、
「――あっ!」
 バランスを崩してしまった。どさっ、と重い音と共に雪だるまが倒れる。雪玉が崩れていないだけに、なんだかシュールな光景になった。セレアナの、生ぬるい視線がなんとも言えない気持ちにさせてくれる。
「違うわよ。失敗とかじゃないから」
「まだ何も言ってないわよ」
「これは、お昼寝中の雪だるまなの。それを表現したくて、わざと倒したのよ」
「はいはい」
「子供をあやすような反応と苦笑いはやめてもらえないかしら。ほら、見てよこれ。お昼寝中に見えるでしょ?」
 むしろ、見えるようにしてやるとばかりに作り直す。セレアナも途中から手伝ってくれた。この雪だるまがお昼寝雪だるまだと認めてくれたようだ。
「ほら、完成!」
「あはは。そうね、それっぽく見えるわ」
 他愛もないことをやって、くだらないことで笑う。
 好きな人とこうしていられる時間が、どれほど大切なものか。
「…………」
 ――あたしたちは軍人だ。
 セレンフィリティの頭に、無情な言葉が浮かび上がる。
 ――いつ、「死がふたりを分かつ」のかわからない。
 身震いした。気温のせいか思考のせいか、どちらだろうか。
「セレン」
 セレアナの声がした。優しい声だった。こんなことを考えていてはいけないと、笑顔を作って顔を上げる。
「ねえ、もうすぐ春ね」
「ええ。そうね」
「休みが取れたら、今度はサイクリングでもしない? 春の陽気の中を、ふたりで風を切って走るの。きっと、気持ちいいわ」
「サイクリングは素敵だけど……セレンって運転が乱暴だからね。私の後ろに乗るっていうなら、いいわよ」
「えー! 何よそれ、あたしだって前に乗りたい!」
「ふふ。じゃあ、丁寧なドライビングテクを身に着けてもらわなくちゃね」
「いいわ、唸らせてあげるんだから」
 神様がいればいい、と思った。
 いたら、祈るから。
 ふたりで笑い合える時間が長く続くよう、祈るから。
 だからどうか、できるだけ長く。