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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

リアクション



20



 着ていく服は、この間デパートで買ったお揃いの洋服。
 かけるサングラスは、同じくその時買ったもの。
 あの日買ったものだということに、リンスは気付くだろうか? たぶん気付かないだろうな。いつも通りなんだろうな。と反応を想像して、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)はふっと微笑む。
「こんにちは」
 工房のドアを開けた先では、クロエがリンスとカードゲームに興じていた。
「花札、ですか」
 テーブルに広げられた札を見て言い当てると、クロエが目を輝かせた。
「テスラおねぇちゃん、わかるの?」
「ええ。わかりますよ、やったことはありませんが」
「じゃ、あそびましょ?」
「いいですよ。でもクロエちゃん、その前に。リンス君と一度、勝負させてくれません?」
「俺?」
 急に話を振られたリンスが、疑問符を浮かべて首を傾げた。どうして、と言いたげだ。
 別に、勝負に意味なんてない。ただ口実が欲しいだけだった。
「リンス君が勝ったら、粗品をプレゼントします」
「勝てるほど知らないよ」
「大丈夫、私もです。やったことないって言ったでしょう?」
「似たり寄ったり」
「ええ、その通り。で、私が勝った場合ですが――ひとつ、お願いを聞いてください」
「別にいいけど」
 粗品と言うことひとつ、では景品ランクが違いすぎるかもと思ったが、幸いにもツッコまれなかった。ほっと安堵して、花札を配る。
「では、こいこい一発勝負です」
「引き分けたらどうするの?」
「親を交代してもう一戦で」
 十分後、結果は出ていた。
「十七文で、私の勝ちですね」
「強いじゃない」
「運ですよ。では、約束通りお願いを」
「簡単なものにしてね」
「わかりました。では――『コーヒーを淹れてください』」
「……それだけ?」
「ええ、それだけ」
 にっこりと笑みを浮かべると、リンスはいっそう怪訝そうな顔をしてキッチンへ行った。その間にテスラはお茶請けを用意して、待つ。
 ほどなくして、いい香りを上げるマグカップを持ってリンスが戻ってきた。
「? 何これ」
「お茶請けです」
「チョコ」
「はい。もしくは、粗品です」
「粗品って」
「ええ。リンス君専用の、粗品ですよ」
 そう、口実が欲しかったのだ。渡しそびれたバレンタインのチョコレートを渡す、口実が。
「じゃ、勝敗関係なく結果は同じだったんだ」
「そうです。強いて言うなら作戦勝ちでしょうか」
「なんかずるい」
「ふふ。リベンジでしたらいつでもお受けしますよ」
 言って、テスラはクロエに向き直る。彼女にも勿論、チョコを用意していた。
「クロエちゃんにもどうぞ、召し上がれ」
「ありがとうっ」
「どういたしまして。……で、リンス君? 食べてくれないんですか?」
 チョコを食べようとしないリンスに問うと、リンスはテスラの方を見た。それから再び、チョコに視線を移す。かと思えばもう一度テスラの方を見た。視線の行ったり来たりが面白くて笑うと、今度は視線を逸らされた。
「見られてると食べづらいよ」
「でも、反応気になりますし」
「そういうの、苦手」
「はい。じゃあ、やめますね」
 目を伏せて、コーヒーを飲む。テスラが普段飲んでいるものより若干濃く、苦い。リンスは苦い方が好きなのだろうか。覚えておこう。
 マグカップの中身が半分ほど減ったあたりで、テスラは改めてリンスを見た。そして、やっぱり、と確信する。
「ねぇ、なんだか、今日はアンニュイですね」
「え。……」
「何を思っていますか? 聞かせてください」
「真っ直ぐ聞いてくるね」
「正面から行けば応えてくれる人だと思っていますので」
 それから少し、間が空いた。十数秒の沈黙の末、リンスが口を開く。
「……別に、大袈裟な理由はないよ。ただ、春は別れの季節だから、寂しいなって思っただけ」
 ああ、それでずっとあんな表情をしていたのか。
 納得しながら、テスラはリンスの発言を反芻する。別れが寂しい? けれど。
「私はね。別れのない出会いなんて、存在しないと思うんです」
「……そうなの?」
「持論ですよ。けれどそれは、逆説的にこう取れます。
 別れを想うから出会いが、今が愛しく想えるのだと」
 同じく反対にすれば、別れたくないのならずっとひとりでいればいいことになる。
 だけどそんなの、せっかくこの世界に生まれてきているのに勿体無いじゃないか。
「リンス君やクロエちゃんに出会えていない自分がどうなっていたかなんて、今更想像もできない。する必要もない。
 だけど貴方たちに出会えて、今私がどれだけ幸せなのか、これは想像するまでもなく知っています」
 出会いは幸せをもたらしてくれる。
 その幸せは、別れの時にある寂しさよりももっともっと大きなものだ。
「何が言いたいかっていうと、また来ます。ってことです」
 仕事の都合もあるから、毎日、とは言いたくても言えないけれど。
 だから――と言葉を続けようとして、けれど、それは声にならなかった。
 リンスが泣いていたからだ。
 一粒だけ涙を零している。気付いていないようで、拭いもせず、ゆえに静かに。
 何も考えずに、テスラはリンスに手を伸ばした。零れた涙を拭う。
「泣かないでください」
「泣いてないよ」
「いっぱい来ますから」
「やめてそれ。泣く」
「泣くんじゃないですか」
 リンスがぱっ、と顔を隠した。なんだその、子供のするような仕草は。普段が普段だから、ギャップがすごくて思わず笑った。


「また来ますね」
「うん」
 その日は暗くなってから家路に着いた。
 これからもそうしよう、と帰途を歩きながら思う。
 できるだけ長く一緒に過ごして、思い出を作ろう。
 それが幸せに繋がるから。


担当マスターより

▼担当マスター

灰島懐音

▼マスターコメント

 お久しぶりです、あるいは初めまして。
 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。
 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。

 二月某日どころかすでに三月です。
 しかも半分過ぎそうです。
 月日の流れは速いです。恐ろしい。
 今回も遅くなってしまいましてごめんなさい。
 また、今回も、時間軸優先してシーンごとにページを分けてありますのでページが多くなってしまっております。
 毎度申し訳ございませんが、のんびりゆるりと読んでいただけましたらと思います。

 それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。