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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

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11


 試験が明け、長期休暇に入ることができて
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)はほっとしていた。
「正直、留年したと思っていたわ……」
 思わず、安堵の息と共にそんなセリフを口にしてしまうほどだ。
「お互い、結構休んでしまいましたものね」
 隣を歩くアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が言葉を繋いだ。ね、とさゆみは小さく頷く。
 『シニフィアン・メイデン』の活動と学生生活は、思っていた以上に多忙だった。ロケが重なると学校を休むことになったし、歌や台本を覚えるために勉強が疎かになることも、あった。もちろん頑張れる範疇で頑張ったけれど、頑張ったからといって全て上手く行くほど現実は甘くない。
 だからこそ覚悟して試験結果を受け取ったのだけれど。
「ふたりで進級できて、良かった」
 その上、進級祝いかご褒美か、所属事務所から数日間の休みをもらえた。数日、といったってふたりにとってはかなり貴重だ。どうせ、春休みだってアイドル活動で休みという名の平日で休む暇なんてないんだから。
 せっかくの休みを楽しもうとさゆみが計画したのは、ヴァイシャリーへの小旅行だった。
 美しい街並みを、時間に追われることなくゆっくりと見て回る。それだけで、結構贅沢だ。
「雪化粧がされて、いつもより綺麗ですね」
「そうね……」
 うっとりと言うアデリーヌの横顔に見惚れたりもして。
 有意義な一日目が過ぎ、二日目は少し早めのホワイトデーだとふたりでプレゼントを贈り合い小洒落たレストランで食事を摂った。
 三日目、あえてノープランでいたこの日、しようと思ったのは『Sweet Illusion』に行くことだった。
「ここのケーキって美味しいのよね」
 イートインコーナーで羽を伸ばす。ほどなくして、フィルが紅茶とケーキを銀色のトレイに乗せてやってきた。
 目の前に置かれた宝石のようなケーキに感嘆する。綺麗だ。月並みな表現だけれど、その言葉が一番しっくりくる。
 一口食べると、絶妙な甘さに思わず唸った。
「〜〜っ、美味しい」
「見た目だけではないんですね……さすがです」
 アデリーヌと一口交換し合ったりもして堪能していると、ケーキはあっという間になくなった。余韻に浸りながら店内を見る。
「当たり前だけど、テイクアウトも可能なのよね……」
「買って帰りますか?」
「閃いた」
「何をです?」
「お土産にしましょう」
「ケーキを?」
「ケーキを」
 席を立ち、さゆみはカウンターにいたフィルへと欲しいケーキを指差し伝える。
 三十分もつように保冷剤を入れてもらい、店を出て目的地へと足を向けた。ホテルへ帰る道とは反対方向だ。
 ヴァイシャリー郊外に向かっているということに、疑問符を浮かべていたアデリーヌも気がついたらしい。
「人形工房ですね」
「正解」
 間近に迫った工房の扉を開ける。いつもならすぐにクロエが「いらっしゃいませ!」と明るい声で言ってくるのだが、今日はそれがなかった。
 いないのかしら、と工房内を見回すと、リンスが作業しているのとは別のテーブルで何やらカードを広げている。
「ねえ、何やってるの?」
 さゆみがひょいと覗き込んで尋ねると、クロエはびくりと肩を跳ねさせて振り返った。
「ああ、びっくりした。さゆみおねぇちゃん、いらっしゃいませ」
「余程集中していたのね。驚かせちゃってごめんなさい」
「いいのよ」
「それにしても……花札とはまた変わったチョイスね」
 クロエの手元にあったカードを見て、さゆみは呟く。なぜ、花札なのだろうか。和だろうか。でも、同じ和なら百人一首の方がいいんじゃないかとさゆみは思う。
「えがきれいだったの」
 なるほど。綺麗なものに惹かれるのは、人としてなんら不自然なことではない。現にアデリーヌは既に惹かれ、札を手に取りじっと見つめている。
 納得して頷き、さゆみはクロエの正面に回って席に着いた。
「私も一緒に遊ばせて?」
「あそんでくれるの?」
「花札、やったことがない初心者でも良ければ」
「もちろんよ! わたし、やりかたしってるからおしえられるわ」
 嬉しそうにクロエは言って、花札の遊び方を教えてくれた。花合わせという遊びがあるらしい。
「アデリーヌおねぇちゃん、さゆみおねぇちゃん、わたし。さんにんいるから、できるわ」
「三人で遊ぶものなのね」
「そうなの。てふだのはなと、ばふだのはなをあわせてそれをじぶんのふだとしてとくてんをきそうのよ」
 まず、クロエは札の得点を説明した。なかなか種類が多く、すんなり覚えるのは難しいかと思ったがなんだか親しみやすく、簡単に覚えられた。
「まずおやをきめるのよ。はんとけいまわりにすすめていくの」
 説明を受けながら、実際に一度遊んでみる。
 親をクロエが務め、親の右隣となるさゆみが札を切る。切った札を親に渡し、親が全員に手札を配る。七枚ずつだ。場には、六枚並べられた。残りは山札だそうで、伏せて置かれた。
 次に、親であるクロエが手札から一枚を取り出して場に出した。
「このとき、おなじしゅるいのふだがばふだにあれば、とくてんになるのよ」
「なかったら?」
「ばのふだになるだけよ」
 クロエが置いたのは九月のカス札だった。場に、九月札はない。
「こんなかんじ。とれてもとれなくても、おいたらつぎにやまふだをめくるのよ」
 手を伸ばし、山札をめくる。桜だった。
「やまふだのカードもね、ばにかさなるカードがあったらとくてんになるのよ」
 場には、四月のカス札がある。重なった。
「これらはとくてんになるの。じぶんのわきにおくのよ。つぎは、みぎどなりのさゆみおねぇちゃん。そのつぎはまたとなりのアデリーヌおねぇちゃん。じゅんばんにきっていって、てふだがなくなったらおわり」
 やってみましょ、と促されたので、わからないながらにカードを置く。
 クロエに勝てるだろうか。ひとり遊びとはいえ、やり込んでいるようだし、勝つのは難しいかもしれない。
 でも今日は、勝ちに来たわけではない。楽しく遊べればいいのだ。ビギナーズラックが出ればいいかな、という気分で遊んでみた。
 結果は、僅差でクロエの勝利だった。
「一点差って……!」
「これは悔しいですね」
「クロエちゃん。もう一回やりましょうか」
「いいわよ! なんどでもおつきあいするわ」
「では、次の親はわたくしが」
「次は負けないっ」
「ふふ、こちらこそよ」
「わたくしも、負けませんよ」
 言葉を交わしながら、次の手札が配られた。