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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

リアクション



14


 下宿先での手伝いを終えた瀬島 壮太(せじま・そうた)は、紺侍に電話をかけてみた。
 呼び出し音が数回続き、ややして「はい?」という声が聞こえてくる。
「よっす。紡界いまどこにいんの?」
『オレ今人形師ンとこスよ』
「へえ、リンスの工房? ……リンスの?」
『っス』
「ふーん……」
 そういえば前に、リンスに迷惑をかけたから暇があったら手伝いに行っている、とか言っていたような気がする。そうか。リンスのところか。
「オレも行こっと」
『あ。壮太さん、人形師と仲いいスもんねェ』
「うん。良いよ、仲」
『妬ける』
「ばーか」
 ケラケラ笑いながら言ってくるなよ、と笑い返して通話を切る。
 菓子パンと紅茶缶を手土産に飛空艇に跨り、壮太は一路ヴァイシャリーを目指した。


 ほどなくして工房に着いた。
 ドアを開け、リンスやクロエに聞こえるように挨拶をして紺侍の姿を探す。いた。リンスと同じテーブルに座って、人形作りの手伝いをしている。
「よ」
「お疲れ様っス。早かったスね」
「うちにいたし。ほらオレ、今日下宿先の手伝いだったから」
「なおさらお疲れ様じゃないスか」
「そっか。そうだな」
 ゆるい会話をしてから、リンスに視線を向ける。と、リンスもこちらを向いていたので目が合った。土産を持ってきたことを思い出し、パンを渡そうと口を開いた時だった。
「仲良いんだ。ふたり」
 予想外のことを言われて、壮太は空気を飲み込んだ。
 ああそうか。リンスは知らないのか。壮太と紺侍が元々知り合いだったことも、付き合い始めたことも、何も。相談はしたけれど、相手が誰かなんて結局最後まで言わなかったし。事後報告の手紙だって、簡潔に結果を伝えただけだし。
 あれ、じゃあ今って、なんかすごく恥ずかしい構図なんじゃ?
「…………」
「瀬島?」
「う」
「?」
「あー」
「??」
「えっと、あの。……こいつが、『傷つかなかった』相手」
 ぼそぼそと小声で呟くと、リンスは「ああ」と頷いた。
「なるほど」
「え、なンの話スか」
「こっちの話すよ」
「何ソレ」
「内緒。ほら紡界くんお手手止まってますよリンスの手伝いしてたんじゃねえの」
「あーあー意地悪ィ」
 適当に誤魔化した後、壮太はしばらく人形作りの工程の最後の部分を手伝っている紺侍の手元を見ていた。
「見られてンとやりづれェんスけど」
 と抗議されたので、はいはい、と視線を上げた。今度はリンスの方を見る。違和感を覚えた。
 なんだ? と首を傾げ、様子を窺ってみる。しかしリンスは壮太が凝視していることにも気付かないようだった。人形制作の手も、あまり進んでいない。
 座っていた椅子から立ち上がって、リンスの隣に行った。ひょいと顔を覗き込む。さすがに驚いたのかリンスは少し目を開き、頭を後ろに引いた。
「なんかボケーっとしてんな」
「そう?」
「そうだよ。ちゃんと寝てんのか?」
「大丈夫」
「メシは食ってんのか」
「うん」
「本当かよ」
「本当だよ」
「ちゃんと世話してくれる女を見つけろって前にも言っただろ」
「そんな目的で探すの嫌だな」
「ぐだぐだ言える立場かよ」
 返答もどこかぼんやりしているし、本当に大丈夫なのだろうか。顔色は普通だし、熱もないようだからひとまずそこは安心なのだが。
 それにしてもリンスにはいつもやきもきさせられる。前に来て話をした時は随分しっかりしたなあと思ったのに、今日来たらこれだ。心配になってしょうがない。
「……なんかね」
 そんな風に思っているのが伝わったのか、ぽそりとリンスが口を開いた。
「春が来るな、って」
「え? おまえ春嫌いだったっけ?」
「いや、好きなんだけど」
 だけど、ともう一度リンスは繰り返す。
 なんとなく、うっすらとだが言いたいことがわかった。それ以上言わなくていいよ、と背中を軽く二度叩く。
「オレは春が嫌いだったよ」
「え」
「親に捨てられたのも、初めて好きになった人に捨てられたのも春だったからな」
「それは」
「あ、なんも言わなくていいから。重い話したいわけでもねえし。
 オレが言いたいのは、でも今はそんな悪い気分でもねえよってこと」
「春が来ても?」
「そ。隣に紡界がいるからな」
「…………」
「何、意外そうな面してんだ」
 苦笑してから、ちらりと紺侍の方を見た。こちらの話を聞いている様子はない。それでも壮太は声のトーンを落とし、言葉を続けた。
「……そういうもんだよ。本当に大事な奴がひとりできたら、そいつのことでいっぱいになるからさ。嫌でしかなかったことも良い記憶で上書きされるんだ」
「そっか」
「うん。……一応、そういうのもあって、おまえに『早くいい女見つけろ』つってんだけど」
「その意図は汲めなかった」
「汲んで。そんでオレを安心させて」
 壮太が笑うと、リンスもふっと笑った。良かった、と思う。今の笑みは、普通の笑みだったから。
「今度はおまえが来いよな」
「そうならないといいけど」
「まあな。すんなりいきゃそれに越したことはねえよ。つーかそもそもおまえ相手いんの?」
 問いかけに、リンスは押し黙った。どっちの反応なのか、いまいちわかりづらい。
 顔色を見ていたらわかるかな、と思ったけれど、それも紺侍の「仕上げ終わったっスよ」という呼びかけに遮られた。
「ありがとう。今日はもういいよ」
「って言ってくれてるし。どっか行く?」
「行く。じゃ、お先っス」
「またな」
 軽く手を振り挨拶をして、ふたりは工房を出た。