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そんな、一日。~二月、某日。~

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そんな、一日。~二月、某日。~

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19


 二月二十二日は三井 静(みつい・せい)の誕生日だ。
 三井 藍(みつい・あお)がお祝いのケーキを『Sweet Illusion』に買いに行ってくれている間、静は寮の自室で考え事をしていた。
 藍は、『実験』について不安に思っているらしい。
 どうして、不安なのだろう。そのことをただ、考える。
 彼が不安がっていたから、今は恋じゃなくていい、と思うようになったのに。
 どれくらいの距離にいればいいかがわからなくて、『実験』をしていたのに。
 それすら不安と思われたなら、では自分はどうしたらいいのか。
「…………」
 以前、フィルは言っていた。
 自分の気持ちは伝えないとわからない。
 だったら、話し合ってみよう。
 藍はどの距離がちょうどいいのか、話し合ってみよう。


 ケーキを買って帰ってきたら、お祝いもそこそこに「ここに座って」と言われた。藍は素直に、静に促されて正面の椅子に座る。
 何があったのだろうと言葉を待っていると、少し間を置いてから静は口を開いた。
「藍は、どの距離がちょうどいいの?」
 真っ直ぐすぎる質問に面食らっていると、「ちょっと待って」と静からストップが入った。
「結論を急ぎすぎた。ごめん」
「ああ……どうしたんだ?」
「ええとね……」
 たどたどしく、静は藍に教えてくれた。
 『実験』を行っていた理由。
 けれど、その『実験』を藍が不安がっているのではないか、と思い困惑していること。
 『実験』が駄目なら、どうすればいいのかわからないこと。
 そして最後に、最初の問いを繰り返した。
「どの距離、って」
 そんなの、ゼロ距離に決まっている。
 許されるのならその細い身体を掻き抱いてぎゅっと抱き締め押し倒したいくらいだ。離れられないようにしてしまいたい。
 ……けれどいきなりそんなことを言っても、引かれるだけじゃないか。嫌がられないか。そもそもそんなこと、望まれてはいないだろう。
 最悪の結果、必要とされなくなったら。そう思うと不安で、口を噤んだ。
「フィルさんがね、言ってたんだ」
「フィル? ……何を?」
「世の中、言わなきゃわからないことばっかりだ……って。自分の気持ちは、伝えないと、って」
 ここにいない彼に、見透かされたようだった。フィルの笑顔が思い浮かんで、なんとなく複雑な気持ちになる。
「だから、僕、言うって決めたんだ。
 ……あのね、藍。僕は、藍との距離、近い方が嬉しいよ」
「……近くて、いいのか?」
「いいよ」
 肯定に、ずい、と顔を近付ける。間にテーブルがあるので、密着するほど近くではないが、鼻先が触れそうな距離だ。
 驚いたのか静はぱっと目を開き、一瞬身体を強張らせた。が、それもすぐ解れる。身を委ねているのが触れてもいないのにわかって、なんだか胸の奥がじんとした。静の言葉に、偽りはない。
「俺は」
「うん」
「いや。俺も、近い方がいい。……ずっと、抱き締めたいと思っていた」
 意を決して想いを口にすると、再び静が目を開く。
「……そうなの?」
「……引いたか」
「どうして? ……嬉しいよ」
「……そうか」
 受け入れてもらえたことに、藍はほっと安堵する。
 いいなら、これからはもっと近くでいいのだろうか。距離なんてなしで、隣を歩いていいのだろうか。……だったら、嬉しく思う。
「……ねえ、藍」
「ん?」
「抱き締めて、って……お願いしても、いい?」
「……いいのか?」
「うん。……僕は、『アリス』じゃなくて、藍が欲しいんだよ。……前から、ずっと」
 ああ、なんだ。
 本当に、気持ちなんて言わなければ伝わらないのだな。
 そのことを、藍は痛感した。
 思わず笑うと、静がびっくりした顔で藍を見る。
「僕、変なこと言った……?」
「いや。望みが、同じだったから」
 藍は静のことを抱き締めたいと思っていて、だけどそれは自分が求められている『可愛い兄弟姉妹』の範疇を超えると踏みとどまっていて。
 けれど静が求めていたのは藍自身で。
「最初から言えていれば、お互い不安にならずに済んだのかもな」
 呟いて、席を立つ。椅子に座ったままの静を抱きかかえると、ベッドに運んで正面に座り、ぎゅっと強く抱き締めた。